玖拾睦
漠然とした記憶だけが、頭の中を巡り続ける。
大切な記憶。
取り戻したかった記憶。
今はそれさえもどうでも良い。
私は左腕に巻かれた包帯を見た。
この記憶も、いつか消えて無くなるのだろうか。いや、私の体に深く形付いて残ったこの傷は、消える事はないだろう。
私は、瞳を閉じて、自分の姿を思い浮かべた。
私も、記憶のように、いずれ消えて無くなるのだろうか。
私は、誰かの中に生き続ける事が出来るだろうか。いや、それも所詮記憶だ。いつかは消えて無くなってしまう。
私は多分、自分の存在の価値が欲しかったんだと思う。
だから、誰かを守るために自分を犠牲にしようと思えるのかもしれない。
綺麗事だね。ただの自分勝手だ。
自分の存在を認めて欲しいから、自分の生きた証が欲しいから、私は自分を捨てる事が出来る。
...優しさでも、何でもない。
私は多分、誰かに依存したかったんだと思う。
この人のために、あの人のために、と、自分から線を引き、人から距離を置いてきた。
でも私は、決して一人ぼっちになった事はなかった。必ず隣には、誰かがいた。
その隣の人に嫌われないように、突き放されないように、私は、出来る限りに努力はしてきた。
私は一人では生きる事が出来ないから。
私は、自分のために生きようとは思えないから。
「人のために生きる」
とても立派で、偉大な事だと思う。
でも私にとってそれは、ただの綺麗事だ。
私は、人のために生きてきた。隣の人のために生きてきた。
私はそうやって、自分を守ってきた。これが私の生き方だ。
でも、この生き方をして、自分が報われた事はない。
いつも物事は悪い方向へと進んでしまう。何故だろう。
私の大切な人達。
黒川さん、後藤さん、聡、ランス...私は、彼等に依存している。
もう、疲れた。
シッカリと握っていたつもりだった大切なものは、とうの昔に無くしてしまった。
もう、良いや。
「なぁ、サリン」
私の名前を呼ぶ声。
私は、虚ろな目を、目の前にいる人間を向ける。
視界がぼやけてよく見えない。視界が滲んで、よく見えない。
「死んでくれよ」
ようやく、視界が澄んできた。
そして、目の前の人物の豹変した姿に、私は唖然とした。
「ようやくお前を殺せる」
聡が、私の親友がーー私に銃を向けている。
もうそろそろでバッドエンドは終わります。
短くてすみません。




