玖拾弐
「え、ランス、明日国に帰るの?」
「うん...母上が倒れられたみたいで。すぐに戻らないと。元々、夏休みの時も体調があまり優れてなくて...」
翌日、ランスから聞かされたのは、衝撃の言葉だった。
「僕、明日国に帰る事になったんだ」
と。
元々妾の子らしいランス。今の時代に妾なんているのか...と、感心している場合ではないな。
日本人の母親は、元々持病を持っており、先日それが悪化して倒れたという報せが届いたそうだ。実の母親が倒れた...心配だろう。
「大丈夫かな...ランスのお母さん」
「分からない。...死んじゃう、かも」
震える声で零した一言が、酷く悲しく聞こえた。
死んでしまう程重い病なのか...。早く国に帰った方が良い。久しぶりに会った矢先、またランスに会えなくなるのは寂しいけれど、仕方がない。
「あぁ...ランスがいなくなったら、静かになるな。この教室も」
「僕そんなに騒がしくしてないんですけどー」
「女子が騒ぐんだよ」
そういうと、聡は教室の前に固まっている女子陣を一瞥する。
まぁ、ランスが笑えば彼女達がキャーキャー言うし、ランスがため息をつけば彼女達がキャーキャー言う。確かにうるさい。
金髪蒼眼で金持ちなんて、乙女ゲームでしか見た事がない。そもそも乙女ゲーム自体した事がないけど。
「モテ男め。さっさと国で婚約者見つけてこい」
「えー、僕はお嫁さんにするならサリンちゃんが良いなー」
「はは...」
レイチェル王女からの立ち直りが恐ろしい程早いな。
失恋って、男の方が引きずるってよく聞くんだけど...まぁ、潔いのは良い事だ。
全く...私がイケメン耐性のないただの女子だったら、確実に今ので陥落していたよきっと。存在自体が二次元みたいな存在だからね、ランスは。
「帰ってくるのは、お前のペースで良いからな」
「うん...母上の容態が落ち着いたら戻ってくるよ。聡やサリンちゃんとは、一日でも長く一緒にいたいから!」
「嬉しい事言ってくれるなぁ」
「この天然誑し...まぁ、ゆっくりで良いからな」
*
ランスが国に帰ってしまった。
ランスのお母さん、大事じゃなきゃ良いんだけど...。
「やっぱり、ランスがいなきゃ静かだな」
明朝の教室。
いつも通りの日常なのに、ランスがいない。
麗華さんやその取り巻き達は、いつもは横目でこちらを見てくるけれど、今日はもうそんな素振りもない。夏休みに入る前の揉め事から、一切こちらには関わらなくなってきた。
イジメももうない。
私も、終わった事を後から復讐しようとまでは思わないしね。
聡やランスは精密な復讐計画を立ててくれていたけど、どんな形であれ、もう麗華さんとは関わりたくないので、すぐに断った。断られて妙に残念そうだった二人の顔が、今でも頭に浮かぶ。
「そうだね。ランスは私達のムードメーカーだから」
「そういえば、部活辞めたんだってな」
「うん。この左手じゃあね、もう何も出来ないよ」
まだ回復はしていない。
包帯を外せば、そこにはまだグロテスクな傷が残っている。痛みは薬のおかげで大分軽減されているが、ずっと薬に頼っているわけにもいかない。
「お前、あんまり無理すんなよ?」
そういう聡こそ、何だか疲れた顔をしている。
「聡も...何かあった?」
「いや、俺はそんな、悩み事とかはないからさ。あったとしても、サリンにゃ及ばないさ」
「聡も無理しちゃダメだよ」
聡まで学校を休んだりしたら、私、本当のボッチになっちゃう。
笑いながらそう言うと、俺も同じだと返された。
聡やランスと出会って半年。
学園に入学してから半年。
色々な事があったけれど、とても長く感じられた。
友達だ、親友だ、なんて言って笑いあった日々が、遠い昔のようにも感じられる。
「まだサリンと出会ってからあんまり経ってないんだよなぁ...その割には、三人共何十年も付き合ってる仲みたいだ」
「そうだね。学園生活が楽しいのも、二人のおかげだよ」
もし聡やランスがいなかったら、私の学園生活は、カースト制度に苛まれるだけの苦しいものになっていただろう。
「本当、ありがとね」
「何だよ改まって。そんな事言われたら...」
「え?」
「いや、何でもない。そうだサリン、今週末、またウチに遊びに来ないか? 巴も会いたがってるし」
「良いの? 行きたい行きたい!」
巴ちゃんに会うのかぁ...楽しみ。
恐らく、あの殺し屋メイドはもう聡の家にはいないだろう。私を殺した気だったろうしね。覚えている人もいないかもしれない。
あの時は毒薬騒動でパーティを楽しんだり、巴ちゃんとゆっくりお話をする事が出来なかったから、楽しみだな。
あ、その前に、黒川さんの許可を取らないと...ハァ、面倒くさい事になりそうだな。




