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「あれ...黒川さん?」

「修くん、来てたんだね...犬飼さんは...」


 修くんは私を見つけると、小さな声で話しかけてくれた。

 まさか、私がこんな場所にいるとは思わなかったのだろう、目を見開いて驚いた表情を浮かべている。

 そんな彼を尻目に、私は女性陣に躊躇なく飛び込んだ犬飼さんの方を見る。何十人といる巨乳のホステスの群れに顔を突っ込み、「セクハラですよ」と笑われながらも抱きつこうとはっちゃけている。

 これが、醜い大人の姿なのか。


「ホント、馬鹿兄貴ですよ」

「もう〜犬飼さんったら何処触ってるんですかぁ」

「キャッ、えっちぃ〜」

「黒川さんは幸せ者だな! こんな可愛い人達にいっつも囲まれて!」


 その割には、奥の席に取り残されているホステス達が虚しく見える。

 自分の売り上げを上げるためには、黒川さんのようなお金を持て余した人間に気に入ってもらう必要がある。まぁ、黒川さんは女性にスキンシップをされてデレデレするタイプじゃないから無駄だろうけど。

 それにしても、犬飼さんはただの変態だったんだね。

 え? いや、別に偏見の目を向けてるわけじゃないんだよ? 黒川さんも変態だし。


「隣良いですか? 黒川さん」

「「どっち?」」

「さ、サリンさんの方で...」


 修くんは、ホステスの中に飛び込む程の煩悩は持っていないようだ。うん、君はまだ純粋な少年だね、私は嬉しいよ。

 珍しく友達が出来たってのに、そいつまで変態だったら私は泣く。

 桜桃サクラさんは微笑むと、気を使ってくれたのか、私の隣から退いて席を外した。修くんが彼女のいた場所に座ると、私は彼にこう言った。


「ねぇ、ずっと敬語で『黒川さん』は、兄と区別がつかないし...同い年なのに敬語はちょっと...だから、修くん、私の事サリンって呼び捨てて。タメ口も使ってよ」

「え、でも...」

「私、友達がいないんだ。だから少しでも誰かと仲良くしたい...お願い」

「っ...オーケー、分かった」


 修くんは優しく微笑む。

 嬉しい。本人公認の友達。ボッチ卒業万歳。

 周りのホステスや犬飼さんは、私と修くんのやり取りに気づいていないが、黒川さんはだけは、真顔で私をジッと見つめてくる。


「ねぇ黒川さぁん、何か作りましょうかぁ?」

「...あぁ」


 まぁ、視線は気づいてるけどさ...いつもの事だし、気にしていられない。

 ただ私はこの時、その視線に込められた意図を汲み取る事が出来ていなかった。


「ねぇサリン、サリンはどうして此処に?」

「分からない。何か連れて来られた。ホントは来たくなかったんだけど...本に釣られたんだ」

「本って...今日学校に来てなかったけど、具合でも悪かった?」

「あはは、そういう事にしておくよ」

「そ、そう...?」


 修くんは一瞬心配そうな顔を見せたが、彼も黒川さんの視線を察知して体全体を強張らせた。

 やっと気が付いたのだ、この幻想の中に紛れた殺意に。


「ぼ、僕ちょっと...そ、外の空気吸ってくる」

「え...? い、行ってらっしゃい」


 修くんは声を上擦らせながら立ち上がり、そのまま急ぎ足で店の外へ飛び出していった。

 途端に、私と黒川さんの間で、何とも言えない気まずい空気が流れる。

 彼は私の事をジッと見つめているが、私はその視線が怖くて、碌に目を合わせられない。


「ねぇサリン...私の事、ガン無視ですか?」


 黒川さんの小さな声は、私の耳にハッキリと届いた。

 周りのホステスの笑い声や犬飼さんの自慢話はノイズとなり、時が止まったような感覚さえする。


「視線くらい、合わせてくださいよ」

「...」


 此処まで言われたら、これ以上無視を続けるわけにはいかない...な。

 私は恐る恐る顔を上げ、黒川さんの顔色を伺う。怖い表情をしているかと思いきや...いつも通りの朗らかで優しい笑顔だ。怒られるわけじゃないんだ...良かった。

 だが、その笑顔は見かけだけ。腹の中は真っ黒だ。


「私がサリンをこの場所に連れて来た理由は...何だと思いますか?」

「くろか...犬飼さんの女好きっぷりを私に見せ付けるためですか?」

「うーん...若干見せてみたかったのもありますが、違いますね」


 黒川さんは苦笑して犬飼さんを見る。

 ヨダレを垂らしてデレている犬飼さんは、ある意味で狂気を感じた。未成年に見せる絵面じゃないよこれ。


「彼は気にしないで良いですよ。私の目的は...サリンに『ヤクザ』とはどんな仕事をしているのかをちゃんと教えるためです」

「別に結構でーー」

「『チェリー』は、黒川組の店の一つであり、みかじめ料...所謂上納金を組に払っているんです」




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