捌拾伍
はい、グダグダは此処まで。ワンちゃんごっこも終わり。
それから、後藤さんやレオが「何千ドルと普通に賭けれる奴は参加しろィ」的な事を言ってくれたおかげで、イタリアきっての富豪達が揃いも揃ってポーカー台へ。
いや、私そんなに賭け事得意じゃないんですけど...とも言えず、流れで再びポーカーをする事になった。
賭け金は、最初にやったポーカーの何千倍もの価値のあるチップ。適当に周りに合わせて言ったら、見た事もないほどの金ピカなチップが出てきた。カジノって怖い。
おまけに金の匂いを嗅ぎつけた客達が、我先へとポーカー台へ群がってきた。誰が勝つか、そっちはそっちで賭けをしている。
「ヤダ...死ぬ...怖い...」
「サリンちゃん、無理しなくても良いんだぞ?」
「いや...多分平気です」
不味い、少し手が震えてきた。静まれ、我が右手よ...。
と、念じていたらポーカーが始まった。あれ、何か良いカードばっか。ディーラーさん、ちゃんとシャッフルしてないんじゃないかコレ。
数字が連続して四枚揃っている。このプレッシャーの中で、私の強運がついに開花したのかもしれない。これは、いけるかも...。
*
ストレートフラッシュ、フルハウス、フォーカード、ロイヤルストレートフラッシュまで...イカサマなんじゃないかと思うほど、運の良いカードの数々で、幾度なくチップが私に降りかかってきた。
金持ち達が、私に不穏の視線を向けてくるが、私は何もしていない。レオでさえも困惑した表情を浮かべているのだ。イカサマをしているようには見えない。
黒川さんか後藤さんも少し疑ったが、二人は人にお金を握らせて勝たせるような卑怯な人ではないし、後藤さんに限ってはカジノは運で楽しむものだと豪語してしまっている。
一時間か二時間くらい、ずっとポーカーばかりやっていた。
我こそはと次々と挑戦者が変わっていくが、良いカードは私にばかり回ってくる。こんな所で運が良くても、私は全く嬉しくないのだが。ポーカーで良いカード出せる運持ってるのなら、もう少しマシな日常を送れる運が欲しい。というか人生が欲しい。
「やった! また『ロイヤルストレートフラッシュ』!」
『くそ...何でそんなに良いカードが...!』
最強の手札、本日二回目。
黒川 佐凜、十五歳は、此処で全ての運を使い果たしてしまったかもしれません。ロイヤルストレートフラッシュだなんて、人生で一回出るか出ないかレベルの確率なんですが如何に。
半端ない、今の私の運半端ない。今の私ならきっと、年末の宝くじでキャリーオーバーしてる十億円をも当てられるはず。そのくらい運が半端ない。
観衆達は再びざわめいた。
勝ってしまったものは仕方がない。ポーカー台に乗せられた無数のチップは、全て私の手元に引き寄せられた。
途端、誰かに肩に手を置かれた。
「サリーン、随分と稼いでますね」
「黒川さん...戻ったんですね」
「えぇ戻りました。少し酒を飲み過ぎてしまってね、私は部屋に戻りたいんですが、サリンはどうしますか? 今、かなり好調でしょう?」
「いえ、そろそろ私も止めようかなって」
こういうのは、一回味を覚えるとまたやりたくなっちゃうものだから、程々にしておかないと。ギャンブル依存症なんかにゃなりたくない。と、言いつつ既に十分味を占めている私ですが。
すると、レオが私の肩を強く抱いてきた。おまけにその状態のままこっちを向くもんだから、顔が非常に近い。
「もう行くの? 僕、もう少しサリンと一緒にいたいんだけど」
「...お前、日本語使えたのなら最初から使え」
『誰がお前なんかに日本語を使うか。死ね』
「...サリン、行きますよ。後藤はチップを金に替えておけ」
「へいへーい」
「あ、ちょっと...」
清々しいほどストレートに罵声を放ったレオを無視し、私の手首を掴む黒川さん。今までは少し酒に酔って、上機嫌だったというのに、私の肩を抱くレオの姿を見るとすぐに表情を一変してしまった。
迂闊だった...いつもの調子なら気配を察知して軽く突き飛ばす程度の事は出来ていたはずなのに、つい油断してしまった。いや、油断とかそういう問題ではないのかもしれないのだけれど...。
黒川さんの不機嫌な顔を見るのは嫌だ。でも、誰かの悲しい顔を見るのも嫌だ。わがままかもしれない。誰かを笑顔にするためには、誰かの悲しみを見なければならないのかもしれない。あぁ、何でだろう。
周りの目が全て、私と黒川さんに注がれる。
ポーカーの一件で既に注目を浴びていたのに加え、美形ヤクザの黒川さんの乱入。そりゃあ見るさ、というか嫌でも目に入るさ。
見られるのを不快に思ったのか、何も言わず、彼は私の手首を掴んだままカジノから出て行ってしまった。当然私も一緒なわけで、
「あのー黒川さん? ちょっと速いです」
大人の黒川さんに、高一の私。当然歩幅にも差があるわけで、ただでさえ身長の高い彼の大きな歩幅に、私はついていけていない。おまけに履きなれないヒールを履かされているのだから、どうにかこけないので精一杯。半ば引きずられているような形だ。
結局、ホテルの部屋につくまで、黒川さんは一言も言葉を発さなかった。
*
部屋に入ると、私はすぐさまバスルームに押し込められた。
どういうこっちゃと色々困惑していると、黒川さんが低い声で説明をしてくれた。
「早く、お湯を浴びて、あの男の汚れを落としてください。一体どれ程体を触られたか...想像するだけで寒気がします。着替えは外に置いておきますから、念入りに、ちゃんと洗ってくださいよ。話はそれからです」
あら怖い、話って何よ話って。
え、私怒られるの? 絶対怒られるよねコレ、私悪くないのに。カジノに行く前、二人きりの時に私が後藤さんの名前を呼んで怒られたのは分かるよ? けど、けどさ...私はレオに対して抵抗したし、出来るだけ距離も置こうと努力したんだよ、これでも。
後藤さん証言してくれないかな...いや、無理か。今の状況で他の人を出したらもっとキレられそう。
嫌だ怖い、バスルームから出るのが怖い。
「もう、良いや...死のう...」
殺される覚悟で、私はお湯を浴びる事にした。




