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ヤクザの組長に身売り的な事をしたが、どうやら立場は妹らしい【連載版】  作者: カドナ・リリィ
Bad Ending 〜暗闇から逃れる術を、もう彼女は知らない〜
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捌拾壱

 



 ーー黒川 真人視点ーー


「あぁ、邪魔が入った...」


 俺を呼び止めたボーイも、レオ・フライアーノも、周りの客人達でさえも憎たらしい。折角の休暇なのに、何故取引なんざしなきゃならんのか。

 ヤクザである身、仕方のない事だとは思うが、まさかあのタイミングで呼び出されるとは思わなかった。後藤がいるからある程度の危険からは守られるだろうが、まだ、一緒にいたかった。まだ、サリンと話していたかった。何故こうも邪魔が入るのか。


 日本へのヤクや銃の密輸は簡単だ。日本は航空での警備は厳重だが、船では荷物チェックなどほとんどされない。

 だから、イタリアに来てまで仕事をする必要はないのだ。そもそも、この頃裏商売には力を入れていないし。故にイタリアとは縁切りをしても良いが、互いに秘密を握り合っている現状がある。良好な関係を保つ他生き残る術はない。

 俺はサリンと一緒にいられるのなら、地位も金も身分も、全て捨てたって構わない。あの子に不自由ない暮らしをさせてやりたいだけなんだ。好きな勉強をして、好きな学校に行って、好きな仕事に就いてーー見えない鎖に繋げたまま、好きな事をやらせてやりたい。


 俺はボーイの案内に従って、カジノから出た。

 首領の部屋は最上階にあるらしい。こんなにもサリンと離れなければならないなんて...拷問に等しい。サリンが学校に行っているだけで息の詰まるような思いをするというのに。


 エレベーターに乗り込み、静寂を残したまま最上階を目指す。どうせならこんなボーイとじゃなくて、サリンと狭い密室で二人きりになりたい。イチャイチャしたい。抱きしめてキスをしたい。あ、想像したら鼻血が...。


『どうかされましたか、ミスター・クロカワ』

『...いや』


 顔を片手で覆う俺の気配を察したのか、ボーイが振り返って状況を確認してくる。慌てて鼻血を拭き取り、いつもの冷然の仮面を貼り付ける。

 我々の世界では、悪こそが正義。無関心こそが骨頂。甘い顔をしていれば舐められる。


『こちらです』


 案内されたのは、ホテル最上階の部屋。予約を取る事の出来ない最上のスイート。

 サリンは今頃何をしているんだか。あのレオ・フライアーノにセクハラされていそうで不安だ...。

 ボーイは部屋のドアをノックして何かを呼びかけると、扉を全開にして俺を中へと誘った。


『おぉ、マコト、久しぶりだな』


 中に入ると、白いスーツ姿でワインを飲んでいる、白ひげを蓄えた強面の老人ーーイタリアンマフィア首領のランベルト・フライアーノ。美しいものを好む自己愛性主義者だ。


『あぁ、久しぶりだなランベルト、元気そうで何より』


 名前で呼び合う仲言えど、決して完全に信用しているわけではない。互いに探り合い、詮索しあう仲だ。


『座ってくれ。うち一番のワインを用意した。1985年ものの赤ワインだ』

『美味そうだ。是非いただこう』


 ランベルトの指すソファに座り、彼からワインを受け取った。鮮やかな赤色をしたワイン。あぁ、サリンの血も、こんな色をしていた。

 いくらイタリアンマフィアの首領言えど、取引相手にクスリは盛らない。特に変な匂いも見当たらないし、ワインも開けたてのようだ。


『我々の取引が、これからも好調である事を願って』

『乾杯』


 カラン、とワイングラスのぶつかる音が響く。同時に中の液体を喉に流し込んだ。赤い、冷たいワインが体中に染み渡るように流れていく。

 確かに美味い。やはり本場のワインは違う。だが、サリンの血の方が、ずっと美味だ。


『どうだマコト、自信作だぞ?』

『あぁ...美味い』

『何処か上の空だぞ、何か気がかりでもあるか?』

『お前の息子に絡まれているサリンが心配でならないんだ』

『噂の妹か』


 ”噂の妹”...そう、サリンの存在は今、裏社会でもトップに近い者達だけが把握している。裏社会を牛耳る反社会的組織のトップの唯一の愛する人。それは恋人でも妻でもない、妹。


『随分と優美な娘らしいな。わしの息子が気に入らないはずがない』

『厳重注意をお願いする。でなきゃ、殺しかねない』

『これは、恐い恐い...闇の帝王と呼ばれるマコトが溺愛する妹。相当美しいのだろうな』

『当たり前だ』


 人は、美しいものを手に入れると喜ぶ。

 人は、美しいものが壊れると悲しむ。

 人は、美しいものが奪われると怒る。

 人は古来より、美しきものを尊ぶ癖がある。現代では特に、裏の人間はその癖を強く持つらしい。金も権威も地位も、全てを手に入れて尚求めるのは”美しいもの”。


『全てを手に入れたというのに、今度は全てを捨てたくなる。そんな気にさせるのはいつも、美しいものだ。マコト、お前がそれで、身を滅ぼさなければ良いが』

『ランベルトこそ』

『わしは平気だ。これでももう年だしな。美しいものを追うのは疲れた』


 ランベルトはため息をつき、手元のワインを飲み干した。

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