漆拾
すみません、昨日更新し忘れました。
夏は好きじゃない。何たって暑いし。
私は三百六十五日黒川さんに抱き枕にされているわけで、夏はクーラーをつけていても暑いもんは暑い。逆にあんな体が密着してるのに、暑くならない方がおかしい。そもそも抱き枕にする事自体がおかしい。同じベッドで寝るのもおかしい。兄妹なのに部屋が同じなのもおかしい。
この間、せめて手を繋ぐとか、暑くならない具体策を提示したのだが、笑顔で却下されてしまった。何が良いんだ、人を抱き枕にして。
「あー、学校行きたかったー」
「何でそんなに行きたがるんですか? 勉強は家でも出来るでしょう?」
「そりゃあそうですけど、自学と専門の人に直接教えてもらうのとは違うんです。友達もいますし」
「へぇ...友達、ですか」
あ、この人絶対に変な事考えてるわ。
まぁ友達と言っても聡とランスしかいないんだけどね、と悲しい事も言えず私は微笑で誤魔化す。仕方ないでしょ、話しかけようとしても逃げられるんだもの。聡とランスもさ、実は私と「一緒にいれば女子が近寄ってこないZ」みたいなノリなのかも。実際そうだし。
「そうだサリン、今年の夏は、旅行に行きましょうか」
「旅行、ですか?」
「えぇ。イタリアに行きましょう」
まさかの海外。でも私イタリア語なんて喋れないぞ...ボンジョルノぐらいしか言えないぞ私は...。それにパスポートも持ってないし、正直今まで関東圏から出た事すらない。
「それはまた、どのようなご心境で」
「実はイタリアンマフィアとも取引をしているんですがね、少し前に『カジノ』がリニューアルされて、招待されてるんですよ。今後のためにも足を運びたいのですが、サリンを一人でこの部屋に置いておくわけにはいかないし、快眠も出来なくなる。だから手っ取り早くサリンも一緒に連れてくんです」
イタリアンマフィアですか黒川さん。いや、正直日本のヤクザよりも怖いんですが。
聞くと、イタリアで一番の勢力を誇るファミリーのボスからの招待らしい。胃が痛い。もう胃潰瘍なって病院送りになりたい。マフィアと馴れ合うなんてメンタルが保たない。
「サリン、心配しなくても大丈夫ですよ。ただ遊びに行くだけですから」
黒川さんはそう言っているが、それは私の心象を知らないからだ。まず、人生初の海外旅行がマフィアのボスからの招待ってどうよ。嫌だよ。不名誉だよ。
勿論イタリアには行ってみたかったが、残念ながら私は美しい景色よりも自分の命の方が大事だ。一歩間違えれば殺されてもおかしくないのに、そう簡単に「はいそうですか行きます」なんて言えない。ヤクザの怖さもまだ理解出来ていないお子ちゃまな私には無理な相談だ。
「で、でも...」
「本当は嫌ですけどね、サリンと離れるのはもっと嫌なんで。本買ってあげますから」
「よし行きます」
かなり前に、まとめ買いをした本を読み終わってしまったんだ。補充が欲しい。本不足で困っていたから丁度良かった。や、でもイタリアはなぁ...。
「私は仕事で時折いなくなったりしますが、後藤もつけるので安心してください」
「はい。どのくらい滞在するんですか?」
「二週間くらいですね。その間は、カジノで豪遊していて構いませんよ。大儲けも大損もサリン次第です。あらかじめお金は渡しておくので、破綻なんて事はあり得ませんしね」
元貧乏人からすれば、カジノなんて金をドブに捨てるような犯罪行為である事は間違いない。お金を遊び感覚が賭けるなんて...セレブのする事は分からん。普通に遊べ普通に。
カジノって言っても私ポーカーくらいしか出来ないけどね。やっても勝てるか分からないよ。
「パスポートも取りに行かないとですよね...」
「何を言っているんですか。既に私が取ってますよ。あ、偽造でも何でもありませんよ。ただあまりサリンを外に出したくなかったので、知り合いに頼んだだけです」
「そ、そうですか」
もしや...とは思ったがもう取っていたんですね、準備が良いです黒川さん。
その日、黒川さんが仕事に出かけたので、私は自分の携帯を漁る。メールアドレスの登録は黒川さんと後藤さんしか許されていないが、メールを送る分には問題ない。
聡の携帯のメールアドレスを入力し、本文を書く。
『聡へ 何も言わずに学校を休んでしまってごめんなさい。黒川さんに軟禁されてたんです。それで、夏休みの一時期は黒川さんの知り合いのマフィアの招待で、イタリアに行く事になったの。生きて戻ってこないかもしれないので、ランスにも言っておいてください』
送信、と。
あー...生きて帰ってこれるかな。




