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「暇だなぁ」


 くだらないバラエティー番組を見ながら、私は腹筋を繰り返す。

 あまりやり過ぎると体に良くないから、そろそろ筋トレも終わりにしないとな。

 何時間か経ったが、黒川さんはまだ帰ってこない。テレビも相変わらずつまらない。テレビ局もっと頑張れよ。クイズ番組ならまだしも、何でこう、平日のお昼は海外の探索やら街中の美味しいお店紹介なんだ。私は興味ないんだよこういうの。

 面白そうなドラマも録画してないし、どうしよう...。

 仕方ない、我等が救世主に助けを乞おう。


「後藤さん! ちょっと構ってください!」


 テレビをつけっぱなしで立ち上がり、私は部屋のドアのぶを捻った。

 が、いくら捻ってドアを前後に動かそうとした所で、出口は開かない。なるほど、後藤さんの言っていた「あれ・・」というのは、鍵の事だったのか。外側からガッチリ鍵がかかっている。


「...酷い、拷問だ...」


 暇こそが一番の苦痛だ。

 私はずっと動かないと気が済まないので、ぶっちゃけ部屋の中に缶詰は辛い。私に剣道と読書以外の趣味があれば良かったのだけどね...今度、パソコンでもいじってみるか。


「私テレビ好きじゃないんだけどなー。もう...寝るか。うん、寝よう」


 私は周りに音がある方が眠りやすいから、テレビはつけっぱなしで良いよね。

 私はベッドに横たわり、深呼吸をした。黒川さんの匂いがして、心なしか落ち着いてくる。確実に洗脳されてんな、これ。

 そういえば、黒川さんの抱き枕になってから、無性に目覚めも眠りも良くなってきたな。最初こそはストレスが溜まっていたけど、今はそうでもないし。


 ...やっぱり、人肌が近くにあると、安心するのかもしれないな。

 そんな事を考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちてしまった。


 *


「あぁ、私のサリン、ただいま」


 声がする。

 誰かが優しく私の頭を撫でた。感覚はあるが、眠りからは覚めない。


「ホント...何も知らない無邪気な笑み、私は其れを壊したくないのですよ? サリン」


 私の額に口づけが落とされた。


「ただ、今はゆっくりお休みなさい。君はまだ、何も知らなくて良い。私の腕の中で眠り、手を中で踊るのです。あぁ、本当に可愛い子だ...」


 ベッドの中に、誰かが入ってくる。


「穢れない無垢な天使...堪能させてもらいますよ?」


 *


 目を覚めした時、真横に黒川さんがいた。

 いや、突然目の前に美形がありゃ皆さんも驚くでしょうが、仕事で帰ってこないと思っていた人が隣で寝息を立てていても驚く。

 時計をチラッと見ると、夜の九時になっている事に気がついた。一体どれだけ寝ていたんだ。寝すぎだ私は。


「こんな時間...また眠れるわけないな」

「それなら...行きますか? ヤクザのたまり場」

「...起きたんですか」


 ベッドの中でチャーミングスマイルを見せつけてくるのは、黒川さんだ。

 今日はヤケに寝るのが早いと思っていたら...まさか起きていたとは。それにしても、「ヤクザのたまり場」だなんて、聞くだけで頭痛がしてくる。


「え? 何処って? 『チェリー』ですよ、前にも話しませんでした?」

「っ...嫌です。というか、黒川さんも私をそこに行かせるの、嫌がってたじゃないですか」

「気が変わりました。大丈夫、サリンは私が守りますし、犬飼もいますから。どうせ、暇なんでしょう?」

「まぁそうですが...」

「じゃ、行きましょ行きましょ」


 確実に何かを企んでいる顔だった。


 *


「サリン、帰りに本たくさん買ってあげます」

「はい着いて行きます! さぁ行きましょう!!」


 といった調子で、本というエサに釣られ、私は車に乗った。

 仕方がないんだ。私はこれから一ヶ月程、「暇」という悪夢に苛まれる事になる。それを救う光を掴まなければ。そのためなら、私は吝かではない。


 妙に似合った黒い笑み...やはり、何か企んでいるのだろうか。

 しかしそんな言動も見えず、車の中では、私の左腕を抱きながら鼻歌を歌っていた。よりにもよって演歌だ。珍しい。


「黒川さん、嫌な予感しかしません」

「大丈夫です。あ、そうだ。一応私サリンの兄ですからね。『チェリー』にいる間は、兄上でも兄様でお兄ちゃんでも...そんな感じでお願いします。とりあえず黒川さんはNGですよ」

「じゃあ...兄上で良いです」

「あぁ、良い響き」


 頗る機嫌が良いらしい。

 気味が悪い程笑顔だ。彼のこんな表情を見たのは、一体何ヶ月振りだろう。

 すると、後藤さんが助手席から顔を覗かせた。今日は彼は運転をしないようで、ドライバーの席には知らない黒服の男性が乗っている。


「相変わらず、サリンちゃんが好きですね。組長は」

「お前は黙っておけ。俺の楽しみを邪魔するな」

「はいはい...その点でも、相変わらずですね。失礼」

「え...?」

「どうかしましたか? サリン」

「いえ...」


 黒川さんの口調...凄い変わってない?

 いや、聞き間違いかな? でも...。


 *

 

 さて、車は、銀座繁華街の近くで停まった。

 黒いリムジンが突然現れたせいか、若干人の目が集まっている。助手席から後藤さんが外に出て、後ろの黒川さん側のドアを開けた。

 手慣れた様子で、その姿はベテランの執事のよう...まぁ、後藤さん、色々やってるからな。

 黒川さんは無言で外に出ると、私に笑顔で手を差し出してきた。


「さぁ、お手をどうぞ」

「ホント、どうしちゃったんですか?」

「大丈夫。サリンは可愛いけども、私が居るので絡まれはしませんよ。ね?」

「はぁ...」


 私は黒川さんの手を取ると、リムジンの外に出た。

 冬の銀座の冷たい空気が、長い黒髪を靡かせる。まだそれ程寒くないと思っていたが、どうやら夜はお昼以上に気温が下がるらしい。物凄く寒い。暖かい服を着てきて良かった。

 服と言えば、黒川さんも後藤さんも、いつもスーツだな...。


「後藤、とりあえず周り警戒しておけ」

「分かりました、組長」


 後藤さんはいつも以上に目つきを悪くし、周りの一般人にガンを飛ばし始めた。

 こんな強面のヤクザに睨まれて、怖くない人間なんていないだろう。

 あっという間に人がいなくなってしまった。


「さて、行きましょうか」

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