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ヤクザの組長に身売り的な事をしたが、どうやら立場は妹らしい【連載版】  作者: カドナ・リリィ
Bad Ending 〜暗闇から逃れる術を、もう彼女は知らない〜
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睦拾玖

 



 携帯を見たが、後藤さんからは既読も返信もない。

 すると、ピピピッと私の脇に挟まった体温計が鳴る。取り出して見てみると、「38.7度」だ。朝は微熱だったのに...明日休まなきゃいけないかな。


「かなり熱が高いな。保護者に連絡を入れないと...いや、この時間に電話出るか? 君のお兄さん」

「分からないです」


 きっと学校からの電話なんて出ないだろうな。仕事中だったら申し訳ないので、黒川さんにも一応熱が上がった、というメールを送る。黒川さんは基本的に仕事中は携帯の電源を切るから、きっとしばらくは気付かないだろう。


「もう寝ていろ。無理は禁物だ」


 そう言うと桂先生は私の額に冷えピタを貼り、ベッド周りのカーテンを閉めた。

 テストが近いのに勉強が出来ないのは至極残念でならないが、無理して熱が上がりすぎるのも嫌だ。教科書のパラ読みもしない方が良いだろう。...あぁ、また勉強の出来ない日が出来てしまった。私に紙と鉛筆と問題集を恵んでくれ神様よ。

 瞳を閉じると、何故だか黒川さんの顔が浮かび上がってくる。あぁ、こうやって風邪引くと人肌恋しくなるんだよなぁ...一人って寂しいんだよなぁ...。

 黒川さんは悪魔みたいな人だって聞いたけれど、実際そうも思えない。確かに私以外には態度が怖いし威圧感も出しているけれど、二人になると優しい兄だ。それに物凄く温かい。熱出してんのに温かくなるのはあまり意味がないかもしれないが、精神的には楽になれそうだ。


 ピロン♪と携帯が鳴ったので、虚ろな意識の中でスマホを開く。すると黒川さんから、


『すぐに行きます! それまで辛抱していてください(´Д` )』


 という返事が。仕事中だから後数時間は気付かないと思ったが、案外すぐに返信が来た。仕事中にすみません黒川さん...。

 脳内で彼に対する謝罪を唱えながら、私の意識は空の彼方へ飛んで行った。


 *


 気がつくと私は、家のベッドの中にいた。黒川さんの匂いの染み付いた枕をギュッと抱きしめ、薄暗い部屋の天井を見上げた。まだキツいな...。額に貼られた冷えピタも、緩くなってきている。クーラーは少し高めの温度で設定されているようで、過ごしやすい温度だ。

 私は重い体を持ち上げて起き上がる。近くの椅子には黒川さんの黒いジャケットがかけられており、奥の簡易キッチンからは人の動く気配がしている。


「黒川さん...運んでくれたんだ...」


 枕元の明かりをつけると、黒川さんがキッチンから出てきた。私が目を覚まして起き上がっている姿を見るや否や、黒川さんは形相を変えてすぐさま私を抱きしめる。


「サリン! 心配したんですよ! あぁ...目が覚めて良かった...」

「お、大袈裟ですよ黒川さん」

「これだから行かせたくなかったんです。退院した直後に学校に行く事はないでしょうに!」

「すみません...ご迷惑をおかけしてしまって...お仕事中、でしたよね?」


 私が謝ると、黒川さんが悲しそうな顔をする。


「迷惑なんて、かけてなんぼってものですよ。どんどん頼って、どんどん迷惑かけてください。サリンは何でも一人で出来てしまいますからね。迷惑をかけられると嬉しいです」


 裏世界を支配する者だとは思えないほど、優しい微笑み。

 まさか「迷惑をかけて欲しい」と言われるとは思わなかったが、ある意味で黒川さんらしいかもしれない。もう高校生だから頼り続けるわけにはいかないと思っていたが、黒川さんからしてみればそうもいかないようだ。まぁ...やっぱり家族だからかな。

 お父さんは仕事詰め、私もバイトと勉強...前までは私が頼ると父の重荷になってしまうから、何でも一人でやってしまうようになった。まだそれが残っているのかもしれない


「お粥作ったんで、食べてくださいね。持ってきます」


 スタスタと笑顔でキッチンに戻ると、今度は湯気を立てるお粥をお盆に乗せて持ってきた。近くの椅子を寄せて私のすぐ近くに座り、一口分スプーンで掬って息で冷まそうとする。


「あの...私、自分で食べれますよ?」

「今日くらいやらせてください。一回『あ〜ん』という奴をやってみたかったんです」

「随分乙女な夢ですね」

「今度はサリンがしてくださいね。はい、あ〜ん」


 何か不本意だし変な気分だが、黒川さんの機嫌が良いのは確かだ。私は黒川さんがスプーンをこちらに向けるので、口を開けてお粥を食べる。私には二本の腕という便利なものがあるんだがね。

 にしても、まさかかの有名な「あ〜ん」を要求してくるとは。機嫌が良すぎて正直気味が悪いぞ黒川さん。今朝の聡とランス然り、今日は碌な目に遭っていない。


「今日は色々と疲れたでしょう? ゆっくり休んでください。サリンの苦しむ顔も中々そそりますが...出来れば笑顔でいて欲しいんでね」

「分かりました...あの、明後日期末テストなんですけど、勉強s「ダメです」


 勉強したいと言おうとすれば、すぐさま黒川さんに遮られる。先生方に期待されてるから成績落とすわけにはいかないのに...。今回賭けはしていなくとも、聡とランスに負けたくないのもあるが、やっぱり勉強がしたい。


「明後日? ...行かせませんよ、学校なんて」

「...は?」

「夏休みに入るまで、学校も部活も行く事を禁止します。毒はまだ完全に抜け切れていませんからね。成績ですか? そんな心配しなくとも、教師陣は分かっていますよ」


 マジですか黒川さん。私の競争心を鎮火しようってんですか。

 しかし機嫌が良くても黒川さんは黒川さん。私の学校に行きたいという言葉を聞き入れてはくれず、結局夏休みに入るまで私はベッドの中だった。


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