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ヤクザの組長に身売り的な事をしたが、どうやら立場は妹らしい【連載版】  作者: カドナ・リリィ
Bad Ending 〜暗闇から逃れる術を、もう彼女は知らない〜
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睦拾捌

 




「守りたかったんだ。今度こそ・・・・

今度こそ・・・・?」


 私は先輩に何の事か聞こうとしたが、武道館の外で人の声がした。きっと剣道部の人達だろう。もしかしたら人払をされて、様子を見に戻ってきたのかもしれない。

 誰かが入ってくる以上、もうこの話は続けられない。気になる気持ちを抑えつけ、お辞儀をしてこう告げる。


「今日は...休ませていただきます」


 不甲斐ないかもしれないが、まだイマイチ確信も決心もない。先輩が私を守りたいと言ってくれるのは嬉しいが、この申し出を受けるわけにはいかない。先輩が何かを守りたかったように、私も皆を捨てたくないから。その気持ちは変わらない。

 武道館の外に出て、鞄からスマートフォンを取り出す。残念ながら黒川さんと後藤さん以外電話番号もメールアドレスも登録者がいない。女友達なら番号を交換してもまだ許せる、とは言われているが、こちらも残念ながら女友達がいねェんだよ。時折中身をチェックされるが、その度に嬉しそうな顔をされるのは虚しい。


 大事な商談中かもしれないので、一応後藤さんにメールだけしておく。


『今日は具合が悪いので、部活は休ませてもらいました。今日はいつもより早めに迎えに来ていただきたいのですが、大丈夫ですか?』


 既読はつかない。この時間帯なら、きっと後藤さんも何かしらしてるんだろうな。

 ...あぁ、具合悪いとか言っていたら、本当に頭が痛くなってきた。そして熱っぽい。昨日のアレが完全には治りきっていなかったのかもしれない。とりあえず保健室に行こう。

 辿々しい足取りで廊下を歩く。これは本当に熱がぶり返したかもしれない。それほどキツくはないが、毒を盛られて一日休んだだけで完全回復するなんて有り得ないか。無理言って退院するんじゃなかったな。


「あ、あれ...黒川さんですか?」


 具合の悪そうな私の顔を覗いてきたのは、我がクラスの天使であるリリアーヌ先生だった。一つに結んだ赤髪を揺らし、少し怖がりながらも話しかけてくれる。


「具合、悪いですか? 一緒に保健室まで行きますよ」

「いえ、大丈夫です...」

「ダメです。今日一日、貴女の体調不良に気づけなかったのが悪いんですから」


 リリアーヌ先生が一番マトモだ。優しくて、綺麗で、少しおっちょこちょいで...皆に好かれる理由が分かる。あのイジメ好きな女子でさえ好いている。教師としてはまだまだ詰めが甘いかもしれないが、人としては高く評価出来る。私もリリアーヌ先生みたいだったら、友達がいっぱい出来るのかな。

 保健室に行き、保険医の先生とリリアーヌ先生に無理矢理ベッドに寝かせられる。退院明けに普通に動くからだ、と言われてしまった。面目ない。

 もしこのまま後藤さんから返事が返ってこなかったら、この温かいベッドでゆっくりと体を休ませても良いかもしれない。信じられない事が多すぎて、頭が混乱している。


「頭が痛い...」

「熱を測ろうか」


 保険医のカツラ先生が体温計を私に差し出す。毒は私を殺せなかったが、効かなかったわけじゃない。

 体温計を脇に挟み、隣にベッドに腰掛ける桂先生に私は話しかける。


「桂先生...刃物等で深くつけられた傷って、自然治癒で簡単に消えるものじゃ、ないですよね?」

「そうだな...深さの程度にもよるが、跡は残るな。もしかして、傷があるのかい? 良かったら、見せてくれないかい? 嫌なら無理にとは言わないし、詮索もしないけど...」

「誰にも...言わないのなら」


 もう二度と人の目に触れさせるつもりはなかったが、一度医者に見せた方が良いと思っていたので、制服のシャツの左腕部分を捲り上げる。一言言っておくが、桂先生は女性だ。長い黒髪ポニーテールにしている美しい女性だ。

 その腕に残るのは、黒川家家紋。ナイフで深く傷つけられた肌は、未だに回復せずに痛ましい傷跡が残っている。普段傷も見てきている桂先生も、思わず息を飲む程だ。一年以上経っているのにまだ残っているんだから、完全に消え去る見込みがないのは分かっているが...。


「酷いな...誰につけられた? 紋章のようだが」

「...治りますかね?」

「コラ、話を逸らすな。...でも、詮索しない約束だったな」


 怒っているのか、震える手で私の傷跡に触れる桂先生の瞳は哀愁が漂っている。


「治りようがないな。結構前にやられたものだろう? 時が経つにつれて少しばかり薄くなるだろうが、消える事はない。気になるのならば、皮膚の移植も出来るが...」

「いえ、大丈夫です。見てくださってありがとうございました」

「そうか...」


 先生は私の捲り上げた袖を下ろす。他人事とも思えないのか、あまり顔を合わせた事もないにも関わらず、目の前で息絶えた子猫を見つめるような顔をしている。


「この傷を君につけたのは、お兄さんだろう?」

「えッ...?!」

「分かる、そのくらい。あれはそういう男だ。一応この学校の大事な寄付者でもあるからね、君の兄の情報は教師陣は皆知っているぞ。カーストには手を出せないがな。君は随分と溺愛されているな。日常的に暴行を受けている様子はないのは安心したが、何かあったらすぐに私に言ってくれ。これをつけられた時は、辛かったろう...」

「...ありがとうございます」



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