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睦拾伍

 



「何の用だ、鳳翔」


 私が口を開く前に、聡が立ち上がって麗華さんを睨みつける。今思えば、麗華さんが私に直接話しかけてきたのは初めてだ。遠くから見てきたり、取り巻きが色々とやらかしたりという事はあったが、麗華さんとの直面は初めて。

 麗華さんは驚いた顔をして聡を見つめた。まさか口出しされないとでも思っていたのだろうか。


「まぁ西園寺様、わたくしは黒川さんを心配しているというのに...そんな言い方はあんまりですわ」


 上目遣いなのに加え、少し涙を浮かべている麗華さんはとても妖艶で美しく見える。それでも聡は揺れるわけがなく、力強く言い返す。


「...今までサリンは、散々お前等に酷い目に遭わされてきた。さっさと失せろ」

「そんな...フラット様は、そう思いませんでしょう?」


 一体何をしたいのか、麗華さんはランスにまで熱い視線を送り始めた。しかし、金髪の美青年は今までのような笑顔も、困った素振りも見せず、ただ毅然とした表情で冷たく言い放つ。


「うるせェよ。何がしたいかは知らないが、僕は醜いものには興味ないんでね」

「ら、ランスぅー...」


 ランスちゃん! 私ランスちゃんをそんな言葉言うような子に育てた覚えはありません!

 ていうか何ですか何ですか、何の戦ですか。別に私、もういじめられてなんかないからね?! 普通に心配して話しかけてきてくれただけかもしれないんだからね?! 君達これ以上私に友達出来なかったらどう責任取ってくれるんですか?!

 やっぱ人って分からないわ。麗華さん自身は正直何もしてないんだから、無駄に攻撃して波紋を広げるのは止めておくんなし...。


「あぁ、ごめんねサリンちゃん。僕、綺麗なものが大好きだからさ。心も見た目も、宝石みたいに綺麗なサリンちゃんを傷つける悪魔はさ...許せないんだよねー」

「い、いや...もう良いかr」

「フラット様! 私が悪魔だとでも?!」


 麗華さんが悔しげな顔をして叫ぶ。ランスは感情のない目のまま大きく二回頷くと、私の頭に唇を落とす。


「嫉妬してる? サリンちゃんに。そりゃあそうだよね、悪魔はどう頑張っても天使にはなれない」

「おーいランス君ー? 君何を呆けた事を...」

「そうだぞランス、サリンにキスしたなんて知ったら、組長が何してくるか」

「いや、良いじゃんキスくらい。海外じゃ恋人じゃなくても普通にするよ。日本人は本当にシャイだなぁ。シャイシャイだなぁ。ねぇサリンちゃん」


 私に同意を求めないでください。ほら...クラスの人とか若干引いてるよ。うわァこの人ヤバい、とか皆思っちゃってるよ。

 とりあえずこのまま放置するわけにもいかないので、半笑いのまま頷いておく。私の守るようにして立つ二人の前にいる麗華さんの怒りは、恐らくオーバーヒート寸前だろう。今まで散々「やれ麗華それ麗華」と人に崇め奉られてきたのだ。このまま言われ放題では、高いプライドが理性も知性も越えて吹っ飛んでしまう。

 本来ならば、戦闘モードの聡と黒川さん状態のランスを放っておくわけにもいかない。

 ...しかし、狼相手に仔猫がどうこう出来るわけがない。恐らく「良かれ」と思って守ってくれているのだろうから無下にも出来ない。かと言ってこのまま麗華さんに罵倒が浴びせられるのも見るに堪えない。

 もう嫌だよ私...早くお家に帰りたい。早くこの場から立ち去りたい。


「黒川 佐凜! 貴女...何処まで私を愚弄するつもりなの!」


 そこで私に矢先を向けないでもらいたい鳳翔殿。私、正直貴女には何もしていません。あ、兄ですか? その節はちゃんと謝りますんであんまり突っ込まないでいただけると...。


「好い加減見苦しいぞ」

「さ、聡...もう止めて」

「はァ? サリンお前...こいつ絶対お前に悪い事しようとしてるからな?」

「そうだよ、聡の言う通りだ。このままにしておくといつ暴れ出すか分からないから、今の内に心ごと全部へし折っておいた方が良いって」

「君が一番危険だから! 危険思想に侵されちゃってるから!」


 あぁ...止めた所でこうなる事は分かっていた。このまま窓から身を投げたい。


「別に私、そんなにいじめの事だって気にしてないし...今は何もないし」

「「いや、俺(僕)等が嫌なの」」

「どれだけ親友に過保護なんだよ! もう良いって言ってるでしょーが!」


 *


 とりあえず「麗華さん騒動」は必死の説得で落ち着いた。リリアーヌ先生がビクビクしながら教室に入ってきたからでもあるだろうが、私はクラス内での対立なんて望んでない。やっといじめがなくなったっていうのに、今度は戦でもおっ始めるつもりですか...貴方達...。

 麗華さんは席がすぐ近くだから、物凄く辺りの空気が不穏なんですが...あぁ、そうですか。私の意見は皆さんガン無視ですかそうですか。


 すると、昼休みに入った途端聡とランスが私の手と髪をいじり始めた。


「いやマジで髪がツヤツヤ...何のシャンプー使ってるんだ?」

「分からない。そういうのは基本黒川さんに任せてるし」

「サリンちゃんって、いつ見ても綺麗だよね...肌も白くて触り心地良いし、爪も綺麗」

「ど、どうもありがとーございまーす」


 何だかおかしい、この人達。あれですか、病み上がりの私を喜ばそうとでもしてるんですか? 甘いな、っていうか、私別にこんな事されても嬉しくないんですけど。


「サリンちゃんさ、こんな狭い国に閉じ込めておくには勿体ないって絶対に。僕の国で一生暮らそうよ。綺麗なものがいっぱいあるよ」

「いや、私結構愛国者なんで。アイラブジャパニーズなんで。我が愛しき日本なんで」

「それなら俺の屋敷でずっと暮らせば良い。不自由はさせねェよ」

「何なの君達、今日絶対におかしいよ」


 こんな黒川さんっぽい事言う友人じゃなかったはずだ。いや待てよ...もしかして、洗脳された? 可能性ある! 物凄くある! 黒川さん洗脳とか十八番そう!

 せ、洗脳ってどうやって解けば良いんだ...水ぶっかけるとか? いや、古典的過ぎる。キスするとか? いや、誰も死んでないしな。


「絶対に、おかしいって!」


 夢かなぁ、夢だったりしないかなぁ、夢オチだったら良いなぁ...!!

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