睦拾弐
「だ、誰が...誰がこんな事を...!!」
「...答える必要ありますか? でも、」
メイドの姿をした暗殺者は、仁王立ちをしたまま懐から写真を取り出す。その写真の姿はまさに、「玲海堂学園」剣道部部長...神楽坂 浩司の姿だった。
「誰だか分かりますか?」
「...部長ッ?!」
「え、部長? そうなの?! ...へぇ、部活の先輩なんですかぁ」
まさか、信じられるはずがない。
入学してからの数ヶ月間。剣道部でいつも私を支えてくれて、何かあったら慰めてくれて。私と同じで元庶民の、優しくて明るい先輩なのに。
女故に、男しかいない剣道部のハードメニューについていくのは少々困難でもあった。しかし、部長は私につきっきりで倒れない程度にしごいてくれたし、練習試合の時も全く手を抜く素振りもなかった。他の部員の方々も同様、皆で笑い合える仲なのに...それを切り盛りする部長である彼が、私を殺す依頼をするだなんて、信じられない。
「まぁ、この業界ではそんなもんですよ。ヤクザ界も財界も政界も、人を信頼するってのは馬鹿のする行為です。殺し、殺しあう世界ですから」
「そんなの...私を殺した所でメリットなんてない」
「危ない芽は、早めに摘み取っておくのが裏のセオリーなんです。ガキもジジイも関係ない。裏世界の人間にとって、邪魔者は常に排除されるべき存在」
「私はただ...黒川さんの妹って、だけ」
暗殺者はため息をついて私の頭を指差す。
「厄介なのは立場ではなく、貴女の頭脳なのでは? 私は馬鹿なのでよく分かりませんが、貴女のその天才的な頭脳は、後々自分に影響するとでも考えたんじゃないですか? ...って、ほとんど聞いてませんね」
彼女の言う通り、正直もう言葉があまり耳に入ってこない。熱や怠さは先ほどよりも勢いを増し、息をするのも苦しくなってきた。
「うーん、この調子じゃもう喋れないですね! 部屋に運んであげますよ。最期が床じゃ、嫌でしょう?」
*
頭の考える機能が麻痺し始めてくる。徐々に全身を締め付けられるような感覚に襲われ、ベッドに横たわっても、拷問を受けているような気分だ。
暗殺者は聡の部屋の明かりの調節や、家具のズレ直し、簡単な掃除を始めた。こんな状態に、何故逃げようとしないのだろう。
「折角こんな可愛らしい人を殺せるんだから、死に場は綺麗にしておかないと。西園寺 聡? あぁ、あれくらいなら簡単に気絶させられます。どうせこの顔も偽物ですし」
暗殺者の癖によく喋る。さっさと消えてしまえば良いのに。そうすれば、聡や他の人に危害が加わる事はない。
有終の美程度は飾らせてくれるようで、暗殺者はせっせと片付けを済ませる。元々小綺麗だった部屋に掃除する箇所は見当たらないが、几帳面なのか神経質なのか、家具の僅かな隙間まで掃除し始めた。
「実を言うと、男の子の部屋に入ったの始めてなんで...エロ本探しを昔っからしてみたかったんです」
生死の境を今まさに彷徨ってる人間に、そんな話をしないでくれ。
「エロ本はないけど...うわッ、こんな所に写真が...隠し撮りじゃねーか、坊っちゃま随分と変態だな」
え、何それ凄い気になる。
「こ、こっちはパンチラ...?!」
...。何も聞かなかった事にしておこう。やっぱり思春期の男子の部屋なんて入るもんじゃないんだ。
「よーし、後で目の前でばら撒いてやろう...っと、そろそろ良いですかね」
暗殺者は立ち上がり、私に向かって歩いてきた。懐に写真を入れながら微笑み、目を細める。その口元は心なしか吊り上っており、私も死期を悟り始めた。
意識は遠のいていく感覚がする。暗殺者の冷たい瞳は刃物の如く心臓に突き刺さり、更なるダメージが与えられている気しかしない。
「黒川 佐凜...生まれてから死ぬまで不憫な子ですね。神様に嫌われてるんですか? 悪魔には好かれてるっぽいですけど」
悪魔...というと黒川さんの事だろうか。私が死んだら、黒川さんは一体どうするのかな...? まずはこのメイドを雇った西園寺家を殲滅して...いや、その前にこの暗殺者は殺される、か。あの人の事だ。きっと、彼女が何処まで逃げても追いかけてくる事だろう。
その後は? ...考えるだけで、より頭痛が酷くなってくる。
「では、保っても数分でしょうから、私は失礼させていただきます。ご臨終くらいは、一人静かに」
私の人生、此処で終わるんだな。短い、辛い人生だった。




