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睦拾壱

ハッキリ言うと、もう既にエンド分岐点は通り過ぎました。

 


「大丈夫ですか? 黒川様」

「え、えぇ...何とか」


 私の名は大鳥居 喜咲オオトリイ・キサキです、とメイドさんは静かな声で言う。

 彼女は私の腕を取り、ゆっくり、ゆっくりと歩いてくれた。どうやら召集されたようで、使用人達の人集りがまとまって大広間へと向かっていく。私が大鳥居さんに謝ると、


「いえいえ。別に私は、いてもいなくても良いですから」


 先輩が全部やってくれるし、と小さくつぶやく。ダメじゃないですか...。

 あぁ、上手く思考が回らない。熱があると自覚したせいか、もっと悪くなった気がする。岩を背負ったかのような全身の重みと、体の中で何かが暴れまわっているような気だるさ。これは、風邪なんですかね?


 階段を上がるのも正直しんどいので、少し遠いがエレベーターに乗せてもらう事にした。上下する箱へと向かう道すがら、もう既に人気はなくなっている。先ほどまではあんなにも慌ただしく走り回っていたのに。静けさが逆に怖い。

 すると、大鳥居さんが話しかけてくる。


「今の時期は、流行りますよね」

「体は、結構、丈夫な方だと思うんですけどね...」

「油断してると、なっちゃうものですよ。お気をつけください。女の子ですからね」

「はは...」


 食生活には、それなりに気を使っているつもりだ。私と黒川さんの部屋には、キッチン、冷蔵庫、その他調理器具も十分整備されているので、料理なら作れる。元より父子家庭だったし、父が病気にならないようにと、私なりに工夫して料理をしていた。故に家庭科的なものは得意だし、食生活も気を使っている。一応、今でもちょくちょく料理は作るし。

 甘やかされて育ったそこらのお嬢様と違って平民経験がありますから、その程度は余裕。


「黒川様、どうぞ」


 ようやくエレベーターの所までたどり着き、中に乗り込む。西園寺家の人はーー三階建なのでーーあまり使わないらしいが、料理を運ぶ時なんかは使用人達が利用するらしい。家の中にエレベーターがあるなんて...贅沢な人達だな。


「足元にお気をつけください」


 大鳥居さんは熱のある私に気をつかい、手を取って優しく中に誘ってくれた。それにしても、流石金持ちの家だ。いくら広いとはいえ、マンションでない限り、普通家にエレベーターはついていない。

 少しふらつき、周りに全く目がいかない。ただ金の箱...という事は確かなようだ。


「黒川様、無理はなさらないでくださいね」

「え、えぇ...」


 体が、熱い。


 エレベーターの扉が閉まり、下から持ち上げられるような感覚がした。壁に背をつけ、手すりで体を支えている私にとって、振動は敵以外の何物でもない。

 こ、これはインフルエンザですか? 今何気に少しだけ流行るインフルエンザですか? 冬以外はお呼びじゃないウイルスが、体内に...。


「黒川様、着きましたよ」


 扉が開くと、大鳥居さんは再びエスコートを開始する。歩く勢いを一度失ったせいか、先ほどよりも足取りが重い。きっと、止まった車なんかを自力で引っ張ろうとする人は、こんな気持ちなのだろうな。


「さぁ、もう少し先...もう少し先で...」


 途端、全身に寒気が走った。


 熱のせいではない、気だるさのせいでもない。これはーー



 確実に、目の前の女性から感じた『殺気』だ...!


「死んでください」


 冷たい声と同時に、何か銀色に光る物が私の頬をかすめる。一早く気配を感じ取って避けるも、バランスが取れずにその場に倒れこんでしまった。

 片手に鋭いナイフを持ち、全身を殺気に満たした大鳥居さんの姿は、普通の人間のそれじゃない。私が今まで見てきたヤクザ達ともまるで違う、何かが。

 冷たい瞳で私を見下ろす彼女。正直言って、この体調では逃げるのは不可能に等しい。私は普通よりも頭と運動神経が良いだけで、黒川さんやその他の手練れのような超人的な力は持ち合わせていないし、熱がある状態で殺されそうになった時の対処法なんて知らない。考えろって? ...無理、頭が全く動かない。


「な、何で私を...」


 残り少ない体力を使い、私は大鳥居さんに問いかける。すると、彼女は少し迷った後にこう答えた。


「仕事です。一応、『暗殺者アサシン』ですから」

「殺し屋...? で、でも、何で殺す必要が...」


 もし黒川さんを操りたいのなら、殺すなんて事をせずに人質に取れば良いのに。しかし、私を殺すだなんて...何もしていないのに。


「さぁ? 冥土の土産に話してやりたい所ですが、生憎、依頼人の詮索はしない事にしてるんで」


 私を殺して得する人間なんて、果たしているだろうか。

 黒川さんがその殺した相手を知っていたら尚更、自分の命と地位が危ない。ましてや正体がバレずとも、私が死んだ所で日本経済が揺らぐわけでもないし、組の傘下がバラバラになるわけでもない。全くもって無意味な暗殺だ。

 大鳥居さん、改め殺し屋が、私の上に跨ってくる。


「どうする? ナイフで殺されたいですか? それとも高熱で死にたいですか?」

「...どういう意味?」

「私があの時に渡したジュース、」


 あぁ、聡の部屋から出た時に貰ったジュースか。


「実は強力な『人間用発熱薬』を投与しておいたんです。まぁ、この薬はまだ試験段階ですので、運が良ければ死にませんがね。私的には、綺麗な状態で殺したいんです。だってほら、こんなに可愛らしい顔が血で汚れたらダメじゃないですか」

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