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睦拾

「人は醜く、美しい生き物である。醜さも美しさも罪を生む。だからこそ、生きる価値が存在するのだ」


これは、私の好きな小説の主人公の言葉だ。正直何を言っているのかはよく分からない。

ただ、人として生きるのが疲れた時は、私はこの言葉を思い出す。誰にだって罪はある。罪を犯した事のない人間なんて存在しない。その罪を背負って一生懸命生きるからこそ、人ってのは前を向いていられるんじゃないかと思う。だからと言って、どうなるわけでもないけれど。


いくら頭が良くたって、いくら人に嫌われたって、私の口から出るのは拙く幼い言葉ばかり。周りを守るだけで精一杯だから、きっとすぐ近くしか見れないんだ。

何も分かっちゃいない自分が恥ずかしくて、何も知る事の出来ない現状が怖くて。だから今私は、俯いて廊下を歩く事しか出来ないのだろう。


「サリン...具合でも悪いか?」


マッツーが退散してくれたので、私と聡は再び大広間へと向かう事にした。


「いや...私は本当は、全く黒川さんの事も自分も状況も分かってないなぁって」

「...分からなくて良いさ、んなもん」

「非凡なはずなのに、特に当たり障りのない平凡な毎日。同じ日々が何度も何度も無駄に流れて、かといって刺激が欲しいわけでもなくて。このまま変化のない時を過ごすくらいなら、時間なんて止まれば良いのに。...という詩を唐突に思いついた土曜の午後」

「無駄にカッケーなおい」


私の人生は既に当たり障りしかない気がするけれど。詩ですから詩ですから。

刺激なんていらない。かと言って退屈な平凡が欲しいわけでもない。ワガママで中立した、叶うはずのない願い。そんな世界なら、もう止まってしまっても構わない。

突然暗くなる私を見て、聡は小さく顔をしかめる。若干の不信感を抱いたのか、それともただ単に「何だコイツ」と思ったのか。


「お前って情緒不安定だよな」

「...そうかな?」

「あぁ。深く考えこんだり、落ち込んだり、泣いたり...鬱?」

「...分からない」

「今『プチ鬱』ってのがあるらしいぜ。...まぁ、気にしないのが一番だ。お前は今のままで良い。何か他愛のない刺激が欲しかったら言えよ。出来る範囲でなら、何かしらしてやるからさ」

「ありがとう」



大広間にやってくれば、猿渡さんやメイド、使用人達が慌ただしく動き回っているのが見えた。漫画やアニメでしか見た事のないような異風景が、目の前に大きく広がっている。金持ちって凄い。

猿渡さんは執事の中で一番上の、所謂『執事長』らしい。故に使用人達に指示を出し、テキパキと人を動かしている。聡明だけじゃ何も出来ないだろう。ああいう、人を動かせるような人望と能力を持った人はとてもかっこいいと私は思う。私は、人を動かせるような器じゃないから。


聡は時期社長、ランスは王子。両者、人を引っ張る役目を将来担う事になるだろう。彼等だけでない。「玲海堂学園」に入る生徒は皆、リーダーの素質を磨くために集まった。カーストがある以上到底、切磋琢磨出来る状態じゃないけれど、それでも必死に頑張っている。

そんな中、私は一体何をしているのだろう。目標も夢も持たず、ただ今を生きているだけ。


「そんな人生、つまらない」と、心が問いかけてくる。


「ならば私は、何を成せば良い?」私の問いに、心は静かに答えた。


「未来を見ろ。前を向け。後ろばかり振り返り、下ばかり向いていたら、誰だって前なんて見る事は出来ない。何がしたい? 何を守りたい? お前の見たい世界は何だ?」


「私はーー」


何も見たくない。




揺すられる感触で、私は心の世界から目を覚ます。横には、心配そうな顔をした聡と一人のメイドさん。気がつけばその場に座り込み、行き交う人混みの中でただ呆然と力無く息をしている。

少し前までの記憶がない。メイドさんは「失礼します」と言って、私の額に手を当てる。


「かなり熱い...ですね」

「本当だ、夏風邪か? さっきも階段から落ちそうになったし...帰るか?」

「いや、絶対出る」


風邪なんて何年振りだろう。言われた通り、少し体が火照っている気がする。メイドさんは冷たく濡れたタオルを私の額に当ててくれた。


「少しお休みしましょう。そしたら、巴様のパーティの時には熱が下がっているかもしれません」

「そうされてくれ。俺の部屋を使って良いから」

「畏まりました。...黒川様、お立ちになれますか?」


そう言って、ショートカットの可愛らしいメイドさんは私の肩に触れる。体はまだ限界までは達していない様子で、どうにか支えられて立つ事なら出来た。顔をよく見てみると、前に私にジュースをくれたメイドさんだ。

気の利く優しい人なのか、面倒くさがりもせずに私を支えてくれた。自分の仕事もまだあるだろうに、良い人だ。


「じゃあ、俺は猿渡にお前の事を伝えておく」

「ありがとうございます、聡様」

「いや。じゃあサリン、ゆっくり休めよ」

「...うん」



ちなみに私も夏風邪になりました。二週間くらい治らなかったからキツかった...。

インフルエンザも少し流行ったんですが、残念ながら私はかかりませんでした。


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