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「というわけで、しばらく学校は休んでください」


 黒川さんのお願い(命令)。

 私は逆らうわけにはいかない。え? 何でって? そんな事したら殺されるに決まってるじゃないか。


「か、構いませんが...しばらくってどのくらいですか?」

「うーん...一ヶ月くらいですかね」

「...黒川さん、私が勉強するのを妨害したいんですか?」

「いえ...というか、貴女は勉強しなくても頭良いでしょう? 犬飼野郎の弟のように、脳筋ってワケじゃありませんし。...あぁ、怒ってる顔も可愛いですね」


 彼は優しさ微笑むと、私の頭を撫でた。

 そりゃあ、中学の勉強の内容はどうって事ないけど...そんなに休んだら進学に影響します黒川さん。今時、中学で一年に十日以上に学校を休んでいると入学出来ない高校もあるしね。

 さて、そんな事より波角さんは無事かしらね。

 いくら誘拐されたとはいえ、黒川さんがした事と比べりゃ天と地の差だろう。面と向かってきちんと謝りたい。まぁ、自業自得といえばそうなのだけどね。


 これからどうしよう...。


「おや、やっと私を愛おしく思ってくれるようになったんですね」

「どうしてそうなるんですか」


 どうやら、私の心の声が漏れていたようで。

 全く...黒川さんの耳は、自分の都合の良いように聞こえるように改造してあるんですか? 何で今の言葉から「愛おしい」なんて感情が湧いてくるんだよ。一回頭をハリセンか何かで叩いてやろうかな...いや、確実に病院か天国行きになる。


「おやぁ、妹に愛されるのは嬉しいものですね」

「そーですかそーですかー...っ」


 急に抱きついて来ないで欲しいな。

 こっちには心の準備というものがあるんですよ。あまり恋愛事や異性には興味がないけれど、美形に突然近づかれると不覚にもドキッとしてしまう。

 黒川さんがそんな事を考えてやっているのかは知らないが...ハァ、好い加減慣れなきゃな。


「昨晩出来なかった分、ゆっくり癒させてもらいますね?」


 今度黒川さんに、等身大の抱き枕を買ってあげよう。


 

 *



 私の目が覚めた頃、私の隣に黒川さんの姿はなかった。

 起き上がって時計を見ると、午後一時になっている事に気がついた。一体何時間寝てしまったのだろう。

 すると、近くのテーブルの上にコピー用紙が置いてあるのに目がつく。何か書いてあるな。どれどれ...


「黒川さんからだ...『急用が出来たから仕事に行って来ます。今夜は大丈夫。愛しの黒川さんが貴女をギュッとd』...うん、もう良いや」


 私は何も見なかった。そう、何も見なかったんだ。

 寝巻きから私服に着替えて部屋を出ると、ドアの傍に後藤さんが立っていた。居眠りでもしているのか、目を閉じ、腕を組んだまま壁にもたれかかっている。

 起こさないようにそっとドアを閉めたが、その音に気がついて起きてしまった。流石番犬。寝ていても音に敏感なのか。


「んー...おぁ、久しぶりだなサリンちゃん」

「はい、お久しぶりです。というか、後藤さんはずっと私の後つけてますよね?」

「まぁ、な。でも面と向かって会うのは久しぶりだ」

「そうですね...」


 私がため息混じり呟くと、後藤さんは口角を吊り上げ、親指で部屋を指差した。


「随分とイチャイチャしてたようだな?」

「忘れてください」

「そ、そうか...」


 後藤さんは苦笑いをする。久しぶりに、後藤さんとお喋りでもするか。


「何された?」

「そうですね...抱き枕にされましたね...」

「それだけか?」

「えぇ。まぁ...逆らったら父も私も殺すって言ってますが、抱き枕程度ですよ。要求されるのは」

「フッ、そうか...組長らしいな」


 廊下に流れているのは静寂だけ。

 銃声も、騒ぎ声も、悲鳴も聞こえない。もしや、ずっと此処で警備をしているのだろうか。人を通らず、立っている事しかやる事がないなんて...随分と精神的にダメージのある仕事だ。

 後藤さんはイライラしているのか、立ったまま貧乏揺すりをしている。


「どうかしたんですか? 後藤さん」

「いや...別に。少し俺もストレスが溜まってるだけだ。俺も組長のようなストレス発散n...あ、悪い」


 誰がストレス発散だ。

 まぁ、人間は抱きしめ合うだけでストレスが半減するっていうから、あながち抱き枕の効果は高いのかもしれない。良いでしょう、後藤さんにも市販の抱き枕を買ってあげます。ウサギさんの抱き枕を。

 私の苦労も知らずによくそんな事が...とも思ったが、後藤さんも後藤さんで、疲れているのだろう。


「そうだ後藤さん、今日も剣道をs」

「ダメだ。組長から、お前はこの部屋から出すなと言われている」

「え、でも、出てますけど」

「ヤバイ、あれ・・し忘れてた...」

あれ・・?」


 後藤さんは笑顔で私の両肩を掴み、そのまま無理矢理中に入れた。

 特に抵抗はしなかったけど...え、出るなと?


 あぁ、学校にも行っちゃダメだし、部屋からも出ちゃダメ。じゃあ私は一体何をすれば良いんですか。

 竹刀は触れない、勉強も飽きた、部屋に置いてある本も何度も読んでしまった...テレビ見ながら、腕立て伏せでもするか。

 クイズ番組でもやってると良いけど。


 私はため息を吐いてテレビをつけた。一体、今日何回目の吐息だろう。


 この家が、何者かに見張られているとも知らずに、私は呑気に床に腕をついた。

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