伍拾玖
次期組長であるマッツーがこの屋敷に来ているという事は、もしかすると幹部である石井も来るかもしれない。正面衝突は絶対に避けなければならない...が、数年前のあの事件の事も気がかりだ。
後藤さんが何故私の場所が分かったのかだとか、石井と一緒にいた外国人や当麻の事も気がかりだ。しかしこれ以上詮索しても自分の身が危ない気がする。此処で私が抱いた問いを彼に投げかける。
「マッツーは何で此処に来たんですか?」
「俺か? まぁ巴ちゃんに会いに来るんが目的やったんやけど...獲物変更や」
こちらを見ないでください。
獲物って何ですか...。正直私は恋愛をする気なんて毛頭ないし、ましてやそれが黒川さんと同年代辺りの人となると抵抗感がある。今のヤクザ界は若年組長が流行っているのだろうか。黒川さん犬飼さん始め、マッツーもまだ二十代後半だろうし。
「んでさぁ聡。さっき俺が『お前のガールフレンドか?』聞いた時、お前否定せんかったやろ。つー事は...付き合っとるん? そういう仲なん?」
「あ、いやーー」
「まぁお盛んな時期やけど、お前の青春は俺がかっさらうで」
「止めろ」
「なぁサリンちゃん、俺と...どうや?」
こんな会話が目の前で繰り広げられても、私は何も言う事が出来ない。正直一番の被害者は私なのに、何故口出しが出来ないんだ。
結局、私と聡が付き合っていてもそうでなくともマッツーは獲物って言ってくるだろう。
付き合ってるといえば「青春かっさらう」と言うし、付き合ってないといえば「なら良いだろ」と言うはずだ。だからこういう人は面倒臭い。...チリとなって消えてしまえ。
「え、えーと...私、女の子の方が好きなんで、そういうのは遠慮します」
「「...えっ」」
「聡ともただの友人関係ですし、付き合ってるとかいうのはないですよ」
「そ、そないな理由があったんやな...まぁ無理に付き合えとは言わんけど...んじゃ、俺は巴ちゃんに狙いを定めとくわ! ありゃ将来良い娘に育つで! ま、俺は女の子なら誰でも良いけどな! 気が変わったら教えてくれーや!」
空気が一気に沈み込んだのを感じたのか、マッツーは冷や汗をかきながら足早にその場を立ち去ってしまった。どうやら私の言葉が気に食わなかったようで。あぁ...良かった。
対して聡は顔を真っ赤にしながら両手で顔を覆っている。私は苦笑いをしながら聡の頭を撫でた。
「聡可愛い」
「良いか? 女は何でもかんでも可愛いと言うが、『可愛い』と言われて喜ぶ男は少ないぞ」
「可愛い可愛い。物凄く可愛いねー聡君」
「見下されてる感が半端ない」
確かに男性にとっては「可愛い」と言われるのはあまり嬉しいものではないのかもしれない。男っていうのはカッコよく見られたい生き物だとこの間黒川さんが言っていた。あの人が人にカッコよく見られたいと思っているかは謎だが、実質そうなのだろう。追い打ちをかけられたように聡のオーラが淀んできている。
「サリンさ...実は異性に興味がなかったりするの?」
「...もしかして、さっき言った事本気にしてる?」
「そ、そうだよなー。違うよな...!!」
正直の告白をするのなら、もっと前からしている。そもそも人を好きになった事がないから根本から分からないけれど、同性愛者ではないと思う。
「何方かと言えば、女の子は苦手だな」
「あぁ、確かにあんまり好いてる様子もないって言うか...あっちからサリンの事を避けてるのか」
「女は怖いからね。私の事をいじめてた奴等の主犯格も女子だったし」
「...え、”だった”って事は玲海堂のじゃないよな?」
「あー、うん」
つい口が滑った。
なるだけ封印しておこうと思っていたが、聡の目が「話せ」と言っている気がする。あまり気の進まない記憶だが、多少呼び起こしつつ語るとしよう。
「私、黒川さんの妹になる前はかなり貧乏だったんだよね...五億も借金があったから、碌に服も文房具も買えないで、いつも中古だったりお下がりだったりしたんだ。だから、学校の子達も私が貧乏だって知ってて...中学に上がるまでずっといじめられてた」
「ぁ...悪い。嫌な事思い出させてしまったな。無理に話さないで良いぞ」
「ううん良いの。もう吹っ切れてるから」
過去は過去。今は今。もういじめられてた過去の私はいない。今は親友もいるし、私を愛してくれる人もいる。
前の私が弱かったとは思わないけれど、今と違う事は確かだ。未来へ突き進めば、壁は飽きるほど目の前に立ち塞がってくるだろうが、立場的にも仕方がない事。もう平穏は諦めた。
「今よりかは酷くなかったけどね、子供の考える事だから。物を隠されたり、悪口を言われたり...あ、でも一時期、皆から殴られたり蹴られたりされた事があったな。剣道を始めたらそういう肉体的ないじめはなくなったけど...」
「子供怖い。でもさ...普通それくらいでいじめるか? 友達が出来ないってのなら考えられるけど...お前の性格ならいけるだろ?」
「んー...実はそのいじめの主犯格の女の子に好きな人がいてね、でもその男子は...私の事が好き、だったみたいで...」
「あぁ...」
そう、今回と同じパターン。別に私は悪くないのに、私は何もしていないのに。特に男子とも女子とも喋らなかったから、媚びるとかそういうのはなかった。そもそも小学生の発想だ。男子を誑かそうなんて思わない。それでも主犯格の女子は嫉妬心から私をいじめた。
心配をかけたくないからってずっと黙ってて...辛かったなぁ。
「まぁ、中学に入ったら主犯格が転校しちゃったから、いじめはめっきりなくなったんだけどね。友達は出来なかったけど」
「何でお前友達出来ないんだ? コミュニケーション能力高いだろ?」
「私が知りたいよ」
エンド分岐です。
「Bad Ending」は、そのまま睦拾にお進みください。
「Another Ending」は、お手数ですが佰弐にお進みください。




