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伍拾睦

 皆は、「アブラカタブラ」と聞いて、一体何を連想するだろうか。魔法の呪文だったり、手品師マジシャンの合図だったり、病気を抑えるための呪いだったり。

 魔法なんて不可視で非科学的なものと接点のない世界では、こういった夢のある言葉が流通するという。その証拠に、「アブラカタブラ」程度なら誰でも聞いた事があるだろう。

 ちなみに、私の思う「アブラカタブラ」はイケメンの忌み語であり...って、一体何が言いたいんだ。


 *


「よしサリン、折角だから将来でも語り合おう」

「随分話題が斜め下に飛んだね...」


 先ほどまで「アブラカダブラ」の話だったのに、いつの間にか話題をすりかえられた。全く関係のない将来の話。私にとって、これほど需要のない話題はあるだろうか。


「聡は何がしたいの?」


 私は特に語る事もないため、彼に話の主導権を渡す。

 例え苗字が赤城であっても、私は自分の未来の事なんて考えもしなかった。借金を返し、早々に平穏な生活を取り戻そうと精一杯だったのだ。剣道で生計立ててーなーと思った事はあるが、流石に無理がある。何か仕事をしつつの剣道ならば、良いだろうが...。


「俺か? 俺は父さんの会社を継いで...新しい事業も始めようと思ってるんだ。ホテルだとか、車だとか」

「良いね! そういうのかっこいいと思う」

「安易な感想ご馳走様です。んまぁ、いつまで経っても組長の傘下というわけにはいかないが...一度関わった以上絶対に逃げられない気がするんだ」


 あっ聡の目から光が消えた。現実を見るのはまだ早いよ。もう少し遠回りをしよう。


「正直言うと、『殺すぞテメーww』的なノリで脅されて、仕方なく協力してるだけなんだよなぁ。元々父さん金が好きだし、そういうのを言い訳に色々とやっちゃってるわけだけど...まぁそういうおかげでサリンとも仲良くなれたんだし、結果的には良かったのかもな」

「そうだね。...でもまぁ、関わりがなくても聡はどうせ私に話しかけてきてくれたでしょ?」

「流石に目の前でいじめられている所を見るのは胸糞悪い」

「デスヨネー」


 私が黒川さんの妹でなくとも、聡との繋がりが一切なかろうとも、きっと彼は私を助けようと割って入ってくるはずだ。それは少なくとも彼自身の元の性格だろうし、ランスも絡んできていたからね。

 でも、もし西園寺が黒川組と接点を持っていなかったとしたら、私は確実に彼の善意を不意にしていた事だろう。無駄に関係のない人を傷つけたくないという気持ちに走り、きっと拒絶を繰り返し続けたはずだ。そういう点では、お家の接点があって良かった。


「サリンはどうなんだ? 何か将来の夢とか...」

「この間もそういう話をしたんだけどねー。あんまりそういうのは思いつかないな。正直得意分野って言っても結構均等になってるし、やりたい事もないし」

「じゃあ、俺の秘書とかどうだ? 大歓迎だぞ」

「黒川さんが許可してくれたらね?」


 まぁ、あの人は自分の物が自分以外の手に渡るのを嫌うから、一筋縄ではいかなさそうだけども。なるほど、聡の「秘書」っていうのもアリか。


「科学者とか研究員とかどうだ?って言われたけど...そういうのはどう思う?」

「お前ならいけんじゃね? 理数系得意だろ? 新薬開発! 医療発展! どうせなら医者はどうだ?」

「患者に触れるからダメだって」

「な、なるほどな...」


 随分と理解が深まってきたようだ。


「じゃあ、やっぱり俺の秘書どうだ?! 高収入高待遇!」

「お金の使い道がありません。独り立ちは絶対に許されない」

「お前本当に未来を否定するなー」

「悪いですかアブラカダブラ」

「悪い悪い」


 *


 科学者、研究員、医者、秘書...どれも平穏な日々を送れるとは限らないが、一応視野には入れておこう。しかしながら、聡は客観的すぎる。私にも立場というものがありましてだね。黒川さんに対する配慮や理解は、前よりも良くなってきた。

 お喋りと言ってもいつかはネタがなくなってしまう。将来の話程度しか持ちネタのなかった聡は、巴ちゃん同様屋敷の案内をすると言ってきた。

 相手が聡だから、きっと滅茶苦茶に動き回るだろう。ヒールのため動き回るのはあまりいただけないが、暇よりも足が痛くなる方が良い。キツくなったら休めば良いしね。


「よーしサリン! まずは大広間を見に行こうぜ。今は丁度、パーティの準備中のはずだ。少しばかり挨拶でもどうだ?」

「良いけど...あんまり燥がないでね」

「こっちのセリフだゴラァ」


 私は驚きさえすれど、燥ぎはいたしません。


「ほら、来い来い」


 聡は笑顔を浮かべながら私の手首を掴み、談話室の外へと誘った。巴ちゃんは良いの?と聞けば、あいつなら良いと答える。妹も妹なら、兄も兄だ。いや、俗に言うツンデレという奴か。


 彼に引っ張れれて、私は慣れない足取りで階段を降りようと一歩踏み出した。聡は私の手を握ってくれているが、ヒールは相変わらず不安定だ。

 履かないくせにカッコつけるからだと鼻で笑われたが、やっぱり聡は優しいな。...ほら、ツンデレじゃないか。


「うわッ!」

「ちょっーー」


 途端、降りると同時に目眩がし、先に三段か先に降りている聡に向かって倒れてしまう。しかし、聡は当然だろという顔をしながら両腕を広げた。彼の思った通り私は完全に腕の中に飛び込んでしまった。


「おーぅ、やっぱりこうなると思ってたぜ」

「聡...」


 一歩も引き下がる事なく、聡は私を受け止める。滅茶苦茶にバランス力がないくせに、何故今だけ開花している?!


「お前軽いな。剣道してるくせに」

「貶されてんの? 褒められてんの?」

「何方も」


 いーからその手を離しなさい。

 しかし親友だからか、お互いフリーダムだからか、抱きしめられた事に不快感は感じない。ただ、今感じたこの身長差が恨めしい。何十センチメートルか上...くそっ。


「な、何で上目遣いで睨んでくるんだよ...」

「身長分けろ。十センチくらい」

「無理すぎる相談だ」

「男は良いよね! これからもグングン伸びるから!!」

「お、お前はこのくらいの方が丁度良いって...」


 160センチメートルと、178センチメートル...私は日本人女性の平均身長程度だが、もう少し身長が欲しい。牛乳を飲んで魚を食べても、もう一向に伸びる様子がない。まさか、黒川さんに悪い薬でも盛られたか?!


「大丈夫。背が伸びなくなる薬なんて麻薬くらいだ。組長はサリンにんなもん盛らねえから」

「遠回しに現実を見ろって言うな!!」



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