伍拾参
「よし、じゃあ俺の家族に会いに行こうぜ」
「良いね、是非お会いしたい。聡の家族か...楽しみ」
息子がこんなに良い人なんだから、きっと聖人君子のような人達に違いな...いや、黒川さんの傘下だったな。
お父さんは会って話した事はないけれど、授業参観の時に見かけた。黒川さんと話したそうだったが、彼の殺気と校長先生に阻まれて無理だったようだった。どんな人だったかな...。
「碌な奴がいないぞ。まぁ、母さんや妹はマトモだ。しかし父さんは...うん、俺あれ嫌い」
「し、そうなの?」
「自分勝手で、利益しか考えていない。正に『金の亡者』さ。金を手に入れるためだったら何でもする。
『金の亡者』という言葉を聞くと、かつての自分を思い出してしまう。自己利益のためではないが、借金を背負っていた際の私は僅かなお金でも、手にするためだったら何でもした。本当は剣道をやっている場合じゃなかったけれど、剣道は本当に好きだから。
多少ながらの共感も聡のお父さんに抱いてしまう。愛の大きさは私の父とは違うかもしれないけれど、何だか私に似ているな。
「...どうした?」
「ううん、何でもないよ」
*
聡のお父さんは、通常ならばまだお仕事をするらしいが、私がくるという事で今日は早く切り上げてきたようだ。何だか申し訳ない。
プレゼントはいつ渡せば良いか聞いたら、もう渡して良いとの事だったのでプレゼント袋に包まれたネックレスを持って私は場所を移した。
今家族三人は談話室にいるようで、聡に案内してもらう。これからお付き合いのある人達かもしれないし、ちゃんと挨拶はしておかないといけないな。
聡は堅くならないで大丈夫だぞと言ってくれたが、緊張するもんはするんだよ。ヤクザ系のお仕事の方には、犬飼組長や修くんくらいしか会った事がない。元よりあまり仕事の人物に接近させたがらない人物がすぐ側にいるので、仕方がない事だとは思うが。
「巴はな、可愛い物が大好きなんだ。サリンは可愛いから、きっと懐いてくれると思うぞ」
「何そのサラッとイケメン発言。それだからモテるんだなー、勘違いを起こさせるから」
「...俺だって、誰にでもこんな事を言っているわけじゃないんだからな。お前こそ勘違いするな」
ソーデスネソウデスネー。
まぁ聡は女友達がいないらしいし、基本ランスとか私以外にはサバサバしているからそういう優しい言葉はかけないか。ランスだったら平然と「君可愛い〜♡」と言って老若男女関係なく陥落させそうだけど。
「聡とランスって凸と凹すぎて、私の入る隙間ないよね」
「そうか? ...まぁ、確かに正反対だけどお互いピッタリだからな。サリンはデカ四角だろ。俺等の周りを覆う感じの」
「で、デカ四角っすか...」
「デカ四角っすね」
何その某上からブロックが降ってくるゲームみたいな奴。私がデカ四角?
「だってサリンは、誰にでも平等に優しいだろ? 必死で誰かを守ろうと必死で...俺もランスも、知らず知らずに守られてるんだ。だからデカ四角」
「その『だから』が分からないんですよ聡さん」
「俺もよく分からなくなってきたよサリンさん」
...さて、私がどんな図形かは置いといて、どうやら談話室についたようだ。これだけ屋敷が広いと移動も無駄に時間がかかるから不便だ。
途中でパーティの準備をしているメイド軍団に出くわしたが、物凄く可愛かった。メイド服って可愛いよね。コスプレの需要があるの何となく理解出来るよ。というか、リアルメイド初めて見た。良いなぁメイドさん。
ショートカットのメイドさんは、私を見ると笑顔でジュースをくれた。果汁100で無駄に美味しい。
「そういえば、メイド達をジッと見てたけど...ああいうの好きなのか?」
「女の子ですから。可愛い物は好きです。だからヤクザなんてスプラッタ的なのはもう嫌です」
「だろうな。入るぞー」
聡は談話室の両開きの扉を少しノックしただけで、返事も待たずに全開にしてしまった。中には、呆然とした表情でこちらを見つめる三人の仲睦まじき家族。
向かい同士に置かれたソファに腰掛けている少女が、笑顔で立ち上がって叫ぶ。
「まぁお兄様! そちらの方がサリンさんですの?!」
少女は私に駆け寄ってきた。淡いピンク色のドレスを着た可愛らしい少女だ。この子が巴ちゃんだね。
「初めまして巴ちゃん。私は黒川 佐凜だよ」
「初めまして! 西園寺 巴です!」
やだ可愛いこの子。私も妹が欲しかったな。こんなに可愛い妹がいるなんて聡が羨ましい。
すると、同じくソファに座っている、でっぷりとしたアザラシのような男性が私に声をかけてきた。
「おぉ、君が黒川組長の妹さんの...」
「いつも兄がお世話になっています」
お世話になって...いるのかな? 寧ろ逆な気がする。黒川さん絶対に聡のお父さんの事良く思ってないからね。参観の時も軽くあしらわれていたし。
「サリン、あれが父さん。こっちが母さん」
聡が面倒くさそうな顔で両親を指差す。碌な奴じゃなくても一応両親なんだから、「あれ」とか言っちゃダメでしょうに。
一人掛けの椅子に優雅に腰掛けているのは、きっと聡のお母さん。物凄くグラマーな体型で、まだ二十代ではないかと思えるほど綺麗な人だ。そりゃあイケメン息子と可愛い娘が生まれますな。
「こんにちはサリンさん、私は西園寺 雅といいます」
「黒川 佐凜です」
「聡、素敵なお嬢さんと知り合ったわね。お母様、鼻が高いわ。もう一人、娘ができたみたい」
透き通るような凜とした声にゆっくりとした口調。大和撫子というのはきっと雅さんの事を言うのだろう。
桜桃さんも物凄く美しい女性だ。雅さんと並んだらきっと日本中の男達が虜になるだろう。是非、二人でタッグを組んで黒川さんを堕としていただきたい。人妻でも私は構いません、あの人の興味を別のものに変えてやってください。
「ねぇ聡、私ね...もう一人、娘が欲しいんだけど」
「そういう遠回しなプレッシャーは止めてください」
「あらあら、照れ屋さんね。うーん...孫も欲しいわ。十人くらい」
「規格外な願望も止めてください」
聡が完全に真顔になっている。何も聞かなかった事にしておこう。
「お姉さまって呼んでもよろしいですか?」
巴ちゃんが私の服の袖を引っ張りながら言う。私は彼女の頭を撫でながら笑顔で答えた。
「勿論。良いよ」
「やった! 私、前からお姉さまが欲しかったんですわ。愚兄じゃなくて」
「愚兄...」
「聡、妹に慕われるような兄にならないと」
「あれはもう手遅れですわ」
流石兄妹。嫌いな人は「あれ」扱いですか。しかし、そういう所も兄妹だなと思える。私には兄弟がいないから分からないけど、やっぱり似てるものなんだね。
「手遅れかな?」
「えぇ。学校でもずっとぼっちでしたわ。ランスがいるからまだしも」
確かに聡がランスや私以外と一緒にいる所や、話している所はいままで一度も見た事がない。必要最低限、親友以外と接触しない人だ。
「お、俺は...別に周りと仲良くする必要なんてないし、友人関係なんて作ってもどうせ上部だけだ。それに、ランスやサリン以外、誰も俺の本質を見てくれようともしないさ。皆が近づいてくるのは、俺が『西園寺』だから。お前も分かってるだろ?」
「さぁ? 私さっぱり分かりませんわ」
「おまッ...はぁ」
何かを言おうとするも、相手が妹故に聡は言葉を飲み込んだ。表情的にもキレる寸前だ。
「だからお姉さま、私物凄く嬉しいんですわ。愚兄は顔と頭は良いけど刺々しくて、恋人なんて一人もできなかったんですもの」
「恋人...?」
「いつか、私の本当のお姉さまになってくださるんですわよね?」
「あ、いや...私と聡はそういう関係じゃないから」
何を勘違いしているんだこの子は。聡、君も否定してくれ。
しかし聡はソファに顔を埋めたまま動かなくなってしまった。
「えぇ?! だって愚兄ったら、家に帰ってきたらお姉さまの自慢話ばかりするんですわ。だから私、お姉さまと会うのが楽しみで楽しみで仕方がなかったんですの」




