伍拾弐
金持ちという生き物は不思議なもので、見栄でも張りたいのかヤケに豪華な屋敷を建てる。背は低くとも横に長い...まさに肥えた奴だ。黒川邸も同様。いや、あれは業者を間違えただけだったな。
大凡一年と半年間黒川さんの加護下に置かれてはいるが、平民生活十三年。簡単に思考が通常運転を終えるわけがない。今まで貧乏だった私にとっては、まるで世界が違うもの。
当たり前だった日常はもう目の前に存在しなくって、また悲しくなってきた。
だからこそこんな屋敷は見慣れていないし、こんな服装も違和感満載。誕生日パーティ兼社交な場も初めて。早く聡とランスに会いたい。
「どうしたサリンちゃん。屋敷に驚いているのか?」
「まぁ...そうですね」
「そうか...」
後藤さんはきっと、色々やっているから見慣れているのだろうな。黒川さんと同じくらいの年齢で此処まで信用されているだなんて...幼馴染とかだったのかな?
屋敷に一歩近づけば、待機していた執事らしき男性がこちらに一礼する。モノクルをつけた英国風の初老の男性だ。
「黒川様でございますね。私は西園寺家執事筆頭の、猿渡と申します。聡様が今か今かと、二時間ほど前からソワソワしておりますので、どうぞこちらへ。あぁ、お連れの方もご一緒に」
「いや、俺はただの運転手。これ以上干渉するつもりはない。もう帰るな。楽しんでこいよ。あぁ、あれ渡すの忘れるな」
「...はい」
あの”不思議な袋”の事か。出来る限り関わりたくない。執事の猿渡さんに渡しても良いだろうけど、直接渡さないと後が不安だからな。
「では黒川様、こちらへ」
「分かり、ました...」
執事の方についていくも、やはり一人は心細い。しかしこのドキドキは何だろうか。久しぶりに許された自由。見慣れない景色。...とっても、楽しみだ。
黒川さんなんて忘れても良い一日。邪魔されなければ良いのだけど。
「聡様は、大層黒川様の事を気にかけているご様子で。今まで異性のご友人はいらっしゃらなかったものですから。皆、とても喜んでおります」
「そうなんですか...聡には、本当に感謝してます」
「それはそれは」
西園寺邸の門を抜け、大きな扉の中に入る。大勢の使用人達が一斉に頭を下げ、少々気分が悪い。人に敬われるのは好きじゃない。寧ろいないように扱われた方が動きやすい。これはもう、今まで蔑ろにされてきた故の性というか何というか。
皆さん好奇と興奮の目を私に向けてくる。何だか居心地が悪いな。やはり、聡が異性を自ら招待するなんて珍しいようだ。
黒川邸とさほど変わらぬ豪奢な廊下。忙しげに使用人の行き交うホールを抜ければ、そこにはたくさんの部屋へと繋がる左右対称のドアがあった。
そのうちの一つを猿渡さんはノックする。
「聡様、黒川様がご到着されました」
『おぉ、来たか!』
中から聡の嬉しそうな声が聞こえる。ドアが内開きが開くと、聡が顔を覗かせてきた。制服でもスーツでもない私服だ。こう見ると、普通に男の子だな。
「やぁサリン」
「う、うん...こんにちは」
「よーし、猿渡、下がって良いぞ」
「畏まりました聡様」
猿渡さんは一礼すると、すぐさまその場から立ち去った。優秀な執事ですね。
「入れよサリン」
聡が手招きをするので、私は笑顔で中に入った。本棚がたくさんある、広い部屋だ。机やベッドも置いてあり、どうやら聡の部屋のようだ。黒川さんの部屋よりも物が多い。これが普通の、高校男子の部屋というものか。
壁にはいくらか芸術的なポスターや賞状が貼ってある。完全に優等生の部屋だ。間違いない。
「あれ、ランスはいないんだね」
「あぁ。あいつは、時間通りにくるだってさ。何かあるらしいぜ」
「そうなんだ」
「まぁ座れよ」
そう言うと、座り心地の良さそうなソファを指差す。
「ありがとう聡」
「おうよ」
ウキウキした様子で聡は私にお菓子を差し出してくる。香ばしい香りのクッキーだ。一つ口に放り込んで見れば、とても美味しい。
「うーん、おいひい」
「だろ? 俺もこれ好きなんだ」
「それで...何で私、早く呼ばれたの?」
「あ、うん。それな...まぁ、お前ウチに来るの初めてだし? 家族にも紹介したいし? 色々二人きりで話してみたかったしな」
「そうだね。ありがとう」
*
他愛のない会話が続く。いつもならこんなに長い時間二人きりで話す機会なんてない。学校でも一緒にいられる時間は長くないし、お喋りなら尚更。
それにしても、聡ってかなりお喋りさんなんだね。マシンガントーク感パナいです。
「聡はいいなー、こんな大きなベッドで一人...」
「あぁそうか。お前の場合は...うん、あれか。抱き枕状態だったな」
「『普通に買えよ雑貨屋とかで』...っていつも思う」
「変態だな」
「うん、変態だよ」
露出した至る所を愛撫してくるからねあの人は。昨日はファッションショーと称した数時間にも及ぶ記念撮影が行われたからね。
それを聡に話せば、ニヤリと笑って「俺も見てみたいな」と言ってきた。よし、こいつも同類認定確定だ。お前は黒川さんと同類だ、異議は認めん。イケメンには碌な奴がいないって事が、これで立証された。
「じょ、冗談だからサリン...ジワジワ俺から離れるのだけは止めてくれ。地味に傷つく」
「えーだって変態さんなんでしょ聡も」
「いや違うって。ほんの冗談!」
「どうだかー!」
私は笑いながらベッドに横たわり、そのままゴロゴロと何度も動き回った。聡は半笑いで言う。
「お前本当に警戒心ないのな」
「え?」
「いや...男と部屋で二人きりだぜ? それなのにベッドでくつろぐとか...」
「...聡は変な事とかしないでしょ? 黒川さんも、まぁ...。だからこうやってゴロゴロできるの」
「そういうお年頃なんですがね」
聡を信用しているからやってるんですから。確かに非常識だとは思うよ、人のベッドでくつろぐのは。でも、友人ができたからには一度はしてみたい事じゃないか。生憎女友達はいないから...はい。そういう事です。
「俺、今夜このベッドで寝るのか...」
「あーーごめん...聡。ちょっと調子に乗りすぎた。いくら何でも、異性だからね」
「いや、別に嫌じゃないから良いぜ。ただ、スカートが捲れそうだから気をつけてほしいくらい」
「ごめん...」
相も変わらずgdgdで申し訳ない。




