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伍 

 


「く、黒川さん...いや、誰でも良いからとりあえず助けて...」


 こんにちは、こんばんは、サリンです。

 波角さんが黒川さんを殴りに行くとか言いやがり、部屋を出て行ってから、体感一時間。恐らく、家になんて乗り込んでいたら、危ない人達にフルボッコにされている頃だろう。


「あぁ、私が黒川さんを必要とする時が来るだなんて、予想外」


 この際、助けてくれるなら誰でも良い。

 手足や首について拘束器具が、どうにも取れないんだ。下手に動くと骨に当たって痛いし...ハァ、まぁ、来ても来なくても良いけどさ別に。

 波角さんが私を酷い様に扱うとは思えないし、それに、黒川さんに抱き枕にされずに済むし。

 いや...もう慣れたけど、やっぱり心臓に悪いんだよね。一応男の人だからさ、ちょっと怖いっていうのもあるし...それに、あの人の抱きつく力が強すぎて。初日なんかは体が筋肉痛に襲われた。


「...監禁、辛いな」


 黒川さんは、私を拘束したりなんかはしなかった。

 休日は家の中でしか動けないけど、平日は学校にだって行かせてくれるし、手錠や首輪をつけたりもしない。部活も基本的に自由だ。

 一応...優しいんだよね、あの人。

 独占欲は強いけど、ちゃんと私の気持ちも考えてくれる人だから。


 だから...あまり嫌いではない。恨んでいるわけでもない。

 私と父を、不幸のどん底に突き落とした人物ではあるけれど、今の生活も悪くはない。それに、父も、新しい人生を歩んでいるはずだ。


「波角さん、大丈夫かなぁ...」


 自分の身よりも、波角さんの方が心配だ。

 正直、人を監禁しているとは言っても、根は良い人だ。もし黒川さんにこの事がバレたら、確実に殺されるよね、波角さん...一応忠告はしたのだけれど。


 *


 このまま誰も来なかったら餓死するかなーなどと考えてしばらくすると、部屋のドアが大きな音を立てて開いた。

 殺気立った様子の”彼”は、私の姿を見つけると、顔を高揚させる。


「サリン! 無事ですか?!」


 部屋に入ってきたのは、息を切らした黒川さんだった。

 慌ててベッドに駆け寄り、私を抱きしめる彼。不安な気持ちが一気に晴れ、不本意ながら嬉しく感じた。


「大丈夫? 何もされてませんか?」

「はい...」


 ...ま、良いか。黒川さんはすぐに私を助けに来てくれたんだし。

 やっぱり良い人だな、黒川さんは。


「それにしても、どうしてこの場所が?」

「ん? そりゃあ、あの男に拷m...無理矢理吐かせたに決まってるじゃないですか」


 さっきの良い人発言、撤回しても良いですか?

 今、拷問って言いかけたよね、この人! 拷問...拷問したんですか黒川さん!


「ちょっと待ってください。今拘束器具を外しますから」

「あの、波角さんは?」

「あぁ、あの馬鹿なら返り討ちにして今病院ですね。自業自得です」

「病院...」


 黒川さんは頷くと、ポケットから鍵を取り出して手錠や足枷を外し始めた。彼の瞳は硬く冷たい。

 波角さん...一体、どんな拷問を受けたんだ...無事だと良いんだけど。


「私のサリンをこんな目に遭わせて、ただで済むと思ったら大間違いですね。後、彼の父親の会社とも話をつけました。謝罪として、組の傘下に入ってもらいます。いやぁ、バレたら逮捕ですね」


 波角さん、うちの兄がすみません。本当にすみません。

 と心の中で病院にいる波角さんに平謝りをしていると、体に取り付けられた拘束器具が、鉄の音を鳴らしながら外れる。まだ少々手首や足首に器具の感覚が残り気味で、気持ちが悪い。

 ただ問題は、


「よし、外れました。もうこれで良いですね」

「あの...首輪は?」

「え? 私的には、その背徳的な首輪は良いと思うのですが...」

「外してください。私は嫌です」


 ただでさえ抱き枕なわけで、私はペットにまで成り下がりたくない。無機物から生き物に昇進したわけだから、成り上がっていると言えるか...? 

 何方にしろ、私にも人権があるし、首輪は嫌だ。


「さて、帰りましょうか」



 部屋を出て、波角さんの家の外へ。

 私の閉じ込められていた部屋は地下らしい。随分と待遇の良い誘拐だったな。拘束器具以外は。今後私の誘拐を企てる輩は、波角さんのを参考にしてもらいたい。あ、拘束器具以外は。


 さて、車に乗って家に戻ってくるも、残念ながら波角さんの姿はなかった。

 病院送りというのは、あながち冗談ではないらしい。

 床に血の跡が若干残っていたのを見たが、記憶から抹消する事にする。生きているだけ良いとしよう。


 自分の部屋に戻り、着替えてベッドに入ると、黒川さんに強く抱きしめられた。

 

「すみません、今夜は少々用事があって...」

「大丈夫です。いってらっしゃい」


 正直、色々あって疲れていたので、黒川さんがいないのは好都合だ。

 一緒に寝るのが嫌というわけではない。

 けれど、今夜はこの大きなベッドを一人で堪能出来るのだ。普段、黒川さんは夜に仕事もいれないので、こんな日は珍しい。

 一体何の用事だろう...まぁ、明日聞く事にするか。



 翌日は、学校は祝日で休み。

 黒川さんは、起きた時には私の隣で寝ていたわけだが、何故だか機嫌が悪そうな顔をしている。

 おはようございます、と言ったが、ぶっきら棒に返されただけだった。

 どうしたのだろうと首を傾げていると、こんな事を言われた。


「ねぇサリン。サリンは、接客とかした事ありますか?」

「...接客? まぁ...経験はありますよ。バイトとかもしてましたし」

「うーん、流石に水商売はないですよね?」

「子供になんて事聞いてるんですか。ないですよ」

「あぁ、そうですね...まぁ、何となく聞いてみただけです」


 キャバ嬢なんて私には向かない。

 客の話を聞くのは好きだが、ドレスを着て酒をつくり、一対一で密着しながらの接客は断固拒否だ。

 軌道に乗れば稼げる職業なので、一時期は視野に入れていたが、大人の世界に足を踏み入れる気にはなれなかった。

 黒川さんがまた黙ったので、気になっていた事を聞く。


「そういえば、昨夜は何処へ行っていたのですか?」

「あぁ、んー...犬飼って人は覚えていますよね? 同職の」

「修くんのお兄さんですよね。勿論覚えてますよ」


 忘れられるわけがない。

 記憶を辿ってみれば、あの取引が中止になった日、私が警察に情報を流したのではないかと犬飼さんも疑っていた。黒川さんが私にナイフを突きつけてくる時、既に銃も構えていたし。


「彼に誘われて、銀座のクラブに行ったんです」

「へー。黒川さんそういう趣味g」

「死にたいですか?」

「すみません」


 布団の下から、何か冷たい物が突きつけられたのを感じた。

 銃を取り出すのはキレる前兆。短気な組長さんはすぐに怒る...もう少し寛大な心を持ってほしいものだ。


「そのクラブは、『チェリー』というのですが、『黒川組』の管轄内の店でもあります」

「あぁ、あれですか? 上納金とか受け取りに?」

「えぇ。そこで、犬飼さんが酔って、サリンの事をペラペラと喋りまくったんですよ...」


 あの爽やか男、何て事をしやがる。

 心なしか痙攣する口元を諌めると、黒川さんは微笑みながら頭を撫でてきた。


「それで、犬飼さんにベタベタしていたホステス達が、サリンに会いたいと言い出して...」

「はぁ...」

「犬飼の野郎が調子に乗って、今度連れて来るって言ってしまったんです。そこで本題なんですが...」

「私行かなきゃいけないんですか?」

「いいえ。絶対に行かせません。私のサリンを、あんな女共にグチャグチャにされたくありませんからね」


 「犬飼の野郎」や「あんな女共」等、少々素が漏れ出てしまっている。

 彼は犬飼さんの事を嫌っているわけではないから、きっと口の軽さに怒っているのだろう。


「実は、そのクラブに警察官が数名来ていまして...犬飼が喋っていた事を全て聞いていたようです」

「...」


 あ、そうですか。警官さんが聞いてたんですね。潜入捜査的な奴ですか。ついでにヤクザの組長を二人ほど逮捕してくれませんか?

 その時クラブにいたであろう警官に語りかけるが、返事が返ってくるわけもない。


「これはマズいです。サリンが警察につきまとわれます」

「何でマズいんですか? そんな事、前にもあったじゃないですか...」

「...犬飼が、私がサリンの事を何よりも大事にしていると大声で喋りまくったんですよ...。戸籍を弄ったとはいえ、貴女は血縁上私の妹ではない。もしサリンが警察に捕まったりしたら、私は言う事聞くしかないんですよ」


 黒川さんが泣きそうな声で言う。

 というか、血縁上妹ではないとか関係なくない? あの、犬飼さん、貴方何してくれちゃってるんですか。折角平穏が訪れたというのに...。


「というわけで、しばらく学校は休んでください」


 いや、どういうわけだよ。


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