肆拾玖
一先ず、黒川さんの愛の話はこの場で切り上げる。
少し人がやってきたからだ。あまり聞かれたい話ではないし、ヤクザの家の子だという事は出来る限り隠しておきたい。
総合一位、五科目三位。
微妙なランクだが、きっと黒川さんは褒めてくれるはずだ。
というか、私は五科目で満点を取ったランスを心から褒め称えたい。
総合で上位に入れなくても、五科目でそんなに取れるというのは凄い。絶賛レベルだ。
さて、問題は私が賭けに負けた事。黒川さんに今度の休み、遊びに行っても良いか頼まなければならない。
「ねぇ聡、今度の休み、聡の家で何かあるの?」
「んー? 妹の誕生会が開かれるんだ。父さんが娘を溺愛しててさ、無駄に豪華なパーティにしてるんだ。父さんにサリンの事話したら、是非連れてきてくれってさ。あぁ、次の土曜日な?」
「ちなみに、妹さんの名前は?」
「巴だ」
「聡に似た可愛い子だよ」
日本らしい素敵なお名前。
もし行くならプレゼントも用意しなければいけないはずだ。あぁ、これは早くあの人を説得しなければ...。
「明日、良い返事待ってるぜ。まぁ無理するなよ? お前が死んだら元も子もない」
「そうだね。頑張る」
しかし、放課後迎えの車に乗っても中々言いだす事が出来ない。
賭けの件は口にしない方が良いだろう。これは、先にテスト結果を伝えておいた方が良いかもしれない。
走行中の車の中、私は自分から切り出した。
「そうだ黒川さん、今日テスト結果が貼り出されていたんですが...」
「おや、どうでしたか?」
「七科目総合一位の691点でした」
「えぇぇえ!!」
黒川さんが反応するよりも先に、運転している後藤さんが声を荒げる。
黒川さんは少し顔をしかめるも、何も聞いていないふりをして言った。
「凄い。流石サリンです。私でも一位は難しかったですよ。やはり、私の自慢の妹です。頑張りましたね」
「ただ...五科目は497点で三位だったんですよね」
「おや、少し残念ですね。しかし、総合で一位を取る方が難しいですよ。次回は両方一位を目指して頑張りましょう」
「はい!」
奨学金を獲得したい方には悪いけど、私は情なんかに乗って一位の座は譲らない。
私だって満点じゃないんだから、力づくで奪って結構。必ず取り返すから。次のテストでは、絶対に二冠取ってやる。
さぁ、このまま自然な流れで許可を取ろう! 私のトーク力が試される!
「そうだ黒川さん、今度の土曜日、私の友達の妹さんのお誕生会が開かれるそうなんですけど...行っても良いですか?」
「...友達?」
黒川さんの顔色が少し変わった。
あぁ、これは危ういかもしれない。
「妹の誕生日...そうですね...ちなみにその妹さんの名前は何と?」
「西園寺 巴ちゃんです」
「西園寺...あぁ、あの会社ですか。まぁ良いですよ、女の子の誕生会くらいなら許可しましょう。贈り物は大丈夫なのですか?」
「それが、大丈夫じゃないんですよねー」
あの後巴ちゃんの好み等を一応聡に聞いておいた。
基本的に贈り物なら高級品でも一般的な物でも何でもウェルカムなようで、色は白とピンクが好きらしい。
年齢は十二歳という事で、そのくらいの年齢ならば洋服類よりも、ネックレスやイアリングといった装飾品の方が良いかもしれない。
また、出かける機会も増えるだろうからバッグ等も。
というか、巴ちゃんが女の子で良かった。男の子だったら、きっと黒川さんは許可してくれなかっただろうな。
「サリン、サリンは知らないかもしれませんが、一応お小遣いを月に十万円あげているつもりなのですよ?」
「”つもり”ですか...」
「えぇ。いくら貯まってると思いますか?」
「う、うーん...大体20ヶ月くらいですから、二百万? うわー...」
「正しくは21ヶ月と14日、2時間36分12秒コンマ0.3ですね。まぁ二百五万?」
黒川さんは時計を見ながらそう言う。何故コンマ単位まで...しかも時間も答えられるだなんて、彼はもしや初めて出会った日や時間も覚えているのだろうか。
というか、百万単位ですか...。
「えぇそうですね。私とサリンの感動の出会いは、10月3日の夕方6時35分4秒コンマ0.7でした」
怖い、怖いよ黒川さん。しかも顔見て心を読まないでいただきたい。
「私を甘く見ないでください? サリンとの思い出は全て頭に記録してあります。それはもう、非の打ち所のないほど完璧に」
「そ、そーですかー」
「というわけで...後藤、『Vuistand』へ迎え」
「承知いたしました」
『Vuistand』...ヴィスタンドって言うと外国の高級ブランドのアクセサリー店。
英国が世界に誇る、美しき店だ。世界各国に進出しているが、日本にあるのか。
って、
「今から向かうんですか?」
「えぇ勿論。買い物は早く済ませた方が良いでしょう?」
「制服ですけど...」
「私もちょくちょく顔を出しているので大丈夫です」
曰く、ヴィスタンドの社長さんはマフィア関係の方でもあるそうで、黒川さんのお友達らしい。
故に日本店の警護もーー決して無償ではないがーー引き受けているようで、時々黒川さんも足を運ぶとの事。
まぁ私が宝石に興味がないと知っているので、買い物はしないらしいが。
車が停まったと思えば、私は窓から見える景色に圧倒された。
此処は日本有数の高級店の揃うまさにセレブのための通り。金持ちしかやってこない五つ星ホテルや店が多く立ち並んでいる。
特にヴィスタンドはシンプルではあるが、他の店とは違う空気が感じられた。
選ばれた者しか立ち入る事の出来ない領域。
私が入店して良いのだろうか。いや、この制服を着ている時点で資格はあるのかもしれない。
「サリン、今夜は涼しいですね」
「そうですね。このくらいが丁度良いです」
「では、その西園寺の娘へのプレゼントを選びましょうか」
店へ入るドアを開けると、チリンチリンという凜とした鈴の音が店内に響いた。
『いらっしゃいませ、お客様』
店員一同が頭を下げる。
すると、その中の一人...ブロンドの髪にエメラルドグリーン色の瞳を持った妖艶な女性が話しかけてきた。
「お久しぶりですねミスター・クロカワ」
「そうだな。此処に来たのは半年ぶりだ」
「ミスター? そのお嬢さんは?」
女性は私を見て首を傾げる。
この店の黒い制服は、彼女のスタイルの良さを何倍にも増して引き出していた。黒川さん、この人を好きになってくれませんかね。
「俺の妹だ。黒川 佐凜」
「Oh,It`s a very cute girl!!! 初めまして、ミス・サリン・クロカワ? 私の名前はシンディー・ウェイドです」
「初めまして...」
すると、黒川さんは私の頭を撫でながら店員達に言った。
『今日はサリンの友人の妹へのプレゼントを買いに来た』
確かに店員は日本人だけではない。
ほぼ外人だ。ヴィスタンド自体が英国発なので、恐らく英国人だろう。シンディーさんは流暢な日本語を話すが、他の人はそうとも限らない。
では、私も出来る限り英語で話そう。
何をプレゼントしようかな。
巴ちゃんの顔も性格も好みもほとんど分からないが、女の子は大方ネックレスをプレゼントすると喜ぶんじゃないかと個人的に思う。
それもお金持ちじゃなくても買える物でも喜ぶという事は、金額よりも見た目や使い道重視の子なのだろう。
思った事を何でも気にせず口に出すランスでさえも「聡に似た可愛い子だよ」と言っていたので、私はお姫様みたいなフワフワした妹さんを想像する。
というか、そうであってほしい。
「ミスター・クロカワ、少し今年の報酬についてお話があるのですが」
「...分かった。サリン、選んでいてくださいね?」
「分かりました」
シンディーさんと黒川さんは店の奥に行ってしまった。
後藤さんは車の中で寝ている。職務怠慢だぞあの人。
”報酬”とか言いながらも、きっとみかじめ料なんだなと思いながら、私は色とりどりの美しいアクセサリーの並ぶガラスケースを見て回り始める。
『ミス・クロカワ、何かお探しのアクセサリーはございますか?』
茶髪の可愛らしい雰囲気の若い女性が話しかけてくる。
本場の人と話せるのは貴重な体験だ。
『えぇ。ピンクか、白の...ネックレスが良いですね。でも、あまり派手じゃないものを。あります?』
『勿論ございます。ご案内いたしますね』
茶髪の女性の胸元を見ると、「Judy」と書かれていた。ジュディさんか。
ジュディさんは笑顔で私を店の真ん中へと案内した。
そこのケースを覗けば、私が想像した通りのネックレスが展示してあった。
薄い優しいピンク色をしたモルガナイトを中心に、そこから点々と真珠が散りばめられている可愛らしいネックレスだ。
「素敵...こんなのプレゼントされたら、誰だって喜ぶね」
その後もピンク系、白系のネックレス類を見せてもらったが、これに及ぶ魔力を持ったネックレスはなかった。
560ドルと少しお高いが、二つの宝石が入っているのできっと妥当な額なのだろう。見分ける力なんて皆無の私の瞳が不甲斐なく感じる。
「私はサリンに買ってあげたかったです」
「私はつける機会なんてないですから、結構ですよ?」
今更だけど、クレジットカードって素晴らしい機能だよね。
カードをシュッてすれば日本円で56万円もの買い物が終わるんだよ。
現代技術半端ないです。




