肆拾捌
丸一日のテスト。
実力が発揮されるこの限られた時間は、多くの生徒の気力を削り、ストレスとプレッシャーが重荷となってのしかかる。
しかし、この時間は却って好都合だ。
黒川さんに耐えるための予行練習になるし、自分の限界が試される。難関な問題を解く事で自分の隙が見える。やはりテストは私にとって利点が多い。
予想していた通り、やはり内容は難しい。
たかが高校のテストだと馬鹿にしていれば痛い目を見るだろう。
この学校はお金があれば入れるが、玲海堂カーストという名の拘束がある限り、勉強が出来ない=学園内での自分の地位を落とす事になる。
私は現在、玲海堂カーストの上位にいるだろう。
それはランスや聡が助けてくれているからであって、同時に多くの生徒(女子)の反感も買っているはずだ。
麗華さんもあまり目立った行動はとらないが、きっと自分に恥をかかせた復讐を考えているだろうね。
まぁ、相手が相手だからなぁ。
テスト中は、教室がピリピリと張り詰めている。
緊張感と殺気が立ち込めており、あまり良い気分ではない。リリアーヌ先生は少し怖がっている。金持ち怖い。
ただテストが終わった後の空気は、まるで毒ガスを抜いたかのように清々しく綺麗だった。テスト中窓を閉めないでいただきたかった。
「終わったぁ〜!」
全てぼテストから解放され、ランスは仰け反りかえって喜びの言葉を口にする。
本心がすぐに口に出るのは、ランスの短所であり長所でもある。子供らしい一面は疲れた生徒達の口元を少しだけ和やかに変えてくれた。
放課後になると、ランスと聡はすぐさま私に駆け寄ってきた。
「サリン、どうだった?」
「何が?」
「テストだよ。テ〜ス〜ト〜」
「あぁ。そうだね...フランス語が九十点台前半かな。難しかった」
「殴って良いか?」
「ごめんなさい」
多分二問くらいケアミスしちゃったんだよなぁ。
「僕はフランス語楽勝」
「あぁ、お前の国はフランス語も使ってるからな」
「正直あんまり覚えてないんだけどねー」
英語圏の人が日本で英語のテストを受けても七十点くらいって言うらしいからね。
しかしランスはちゃんと母国の言葉も復習しているようで、ついでにヨーロッパ内の言葉も学んでいるんだとか。まぁフランス語はラテン系だから、ラテン語が出来たら簡単だろうけど。
ランスの国もカナダみたいに二つの言語を使っているのね。
一部の地域だけだろうけど、知らなかったな。
「ランスは、いつか国に帰るの?」
「うん。寂しいけど、二十歳になったら帰ってこいって言われてる。そうすりゃ馬鹿も治るだろって言われた」
「不憫だねランス」
「俺もそう思う。まぁ馬鹿が治る云々は半分冗談で、ただの留学なんだけどな」
「だと良いけど」
本気で言われていたら可哀想な限りである。
「それでも、今回は五科目で勝負だからな。国語、英語、数学、化学、地理」
「国語と英語と数学は余裕。少し心配なのは地理かな」
「俺は化学と地理と数学がイー線いってると思うな」
「僕は全滅だよきっと...」
「俺が教えたんだから大丈夫だって」
クマが出来るまで勉強していたんだ。
よっぽど頑張ったのだろう。ランスの苦労は聡の口から私の耳に入っている。
毎日苦手を潰し、復習、反復を繰り返して勉強していたそうだ。一見してハードではないが、聡の行うこれは誰がどう見てもルナティック。私だって嫌さ。
だから、それを耐えたランスはきっと良い点数が取れているはずだ。
ただでさえこのAクラスで上位に入っているんだから。
*
テスト結果? そんなの翌日に分かるに決まってるじゃないですか。
うちの学園の生徒数はそれなりに多い。
教師も助手も多い。生徒数が多いからって、早くテスト結果を返せないわけなんてない。
テスト結果...というより、廊下に結果が貼られるのだ。学年順位、クラス順位、総合順位、の三つのランキングが。
点数は後で返ってくるが、まず重要なのが総得点だ。これで私達の勝負が決まる。
人の少ない掲示場所に三人で行き、表の中から自分の名前を探す。まずは学年七科目総合得点順位。
一位・黒川 佐凜 691点
二位・西園寺 聡 676点
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十二位・ランスフォード・フラット・和宏 668点
よし、総合トップだ。聡に15点も差をつけられた。
「...お前バケモンか?」
「ノー、あいあむ一般ぴーぽー」
「あぁ、やっぱり十二位か...」
「気を落とすなよランス。お前凄いぞ。前ランクから十五も上がったじゃねぇか」
「...あ、確かにそうだね。父上褒めてくれるかなぁ」
「きっと褒めてくれるよ」
あの難易度だったが、私的には案外良い点数だ。これなら五科目満点は難しいかもしれないが、確実に全て九十点以上は取れているはず。
さぁ、次は五科目だ。
一位・ランスフォード・和宏・フラット 500点
二位・西園寺 聡 498点
三位・黒川 佐凜 497点
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「「「...はぁ?!」」」
三人同時に驚きの声を上げた。だって、まさかランスが満点を取るだなんて思っていなかったから。確かに五科目で満点を取って、他の二科目で84点ずつくらいとったらこのくらいの点数か。
「ランスが...満点...凄いじゃねぇか!」
「う、うん! やった!」
「凄いよランス! 勉強した甲斐あっての賜物だね!」
「ありがとうサリンちゃん!」
まさかの三位か。いや、これはランスと聡が私よりも努力を重ねた結果だ。甘んじて受け入れよう。あれ、って事は...
「「サリン(ちゃん)の負け!」」
二人して指を指される。そうだ、五科目の点数で勝負をしていたんだ。
七科目トップよ?とか言っても五科目では三位だよ私。
仕方がない。勝負を受けたのは私だし、ドヤ顔していたのも私だ。
これは努力を怠った当然の報いなのかもしれない。
しかし二人が黒川さんのような無理難題を突き付けてくるような人でない事を知っているので、とりあえず私は安心して負けられた。
「悔しい...」
「ん? あの減らず口はどうした?」
「余裕ぶっこいてたよねサリンちゃん。まぁ総合では圧倒的にトップだけど」
「次は絶対に負けないんだから」
「さぁて、今度の休みは俺の家来いよ〜」
「そうだね。三人で何かしようか」
「勝手に予定を決めるな! 私だって、試合とか黒川さんとか色々あるんだから...」
三人で何かするというのは魅力的だ。
友達と遊んだりというのも今まではなかったから、今からでも楽しみ。
しかし、私には現在黒川さんという越えられない壁が存在している。
相手が女ならともかく、両方男だ。あの人はちょっとやそっとじゃ許可してくれない。いかにして遊びにいく許可が取れるかなんだよなぁ...。
「組長か...えー、そりゃあお前が頑張るしかない」
「んな無茶な...同級生の男子の家に遊びにいくなんて言ったら、殺される」
「愛されてるんだねサリンちゃん」
「組長のそれは、愛なんかじゃないだろ」
聡はため息をつきながら言う。
「サリンを自分以外の誰の目にも触れさせず、自分だけのものにして閉じ込める。それって...サリンの事全く考えてないだろ。気持ちも感情も全て無視している。ただのワガママだ。あの人は何一つ不自由しないはずなのに...何でそんなにもサリンに拘るんだろうな」
「おっしゃる通りで。別に私じゃなくても良いだろうに」
「うーん、そうなのかなぁ」
ランスは首を傾げながら私を顔をまじまじと見つめる。
顔に何かついていますかね。聡が「どういう事だ」と聞くと、ランスはいつものゆったりとした調子でつぶやいた。
「サリンちゃんはね、普通の女の子とは違うんだよ。初めてサリンちゃんを見た時ね、僕物凄く悲しい気持ちになった。だって、目に光がない。あの時のサリンちゃんは、確実に何かに心を蝕まれていたんだ。サリンちゃんの身の上話を聞いた時ね、サリンちゃんのお兄さんがサリンちゃんを離したくない理由が分かったんだ。
サリンちゃんもお兄さんも、愛が欲しいんだなぁって。サリンちゃんはお父さんがいたけれど、他の人はサリンちゃんをあまり気にかけてくれなかったでしょ? きっとお父さんと別れた時、物凄く悲しかったんだなって思った。だって、唯一の心の拠り所がなくなっちゃうんだよ。お兄さんの方は、小さい時から愛を受けてなかったんだろうなって思った。だからあれほどまでに残虐になれる」
黒川さんの残虐さ、他人への無関心さが愛の枯渇故の事だった?
確かに幼い頃から虐待を受けたり、いじめられたりした子はサイコパスになる傾向が強いという。
黒川さんの幼年期は、それほどまでに愛を向けられなかったのだろうか。
「愛を失った者同士、お互いに無意識に求めてるんじゃないかな。サリンちゃんだって、お兄さんの事が大事でしょ? お兄さんもサリンちゃんの事が大事。まぁお兄さんの場合は、唯一愛を向けてくれる人ができたって事で執着しているようだけど...。お兄さんの目、とても冷たいんだ。まるで、ガラス玉で出来ているみたいに。でもサリンちゃんに向けられる目だけは温かかった。人としてのぬくもりを帯びていたんだ。本当、サリンちゃんは愛されてるよ」




