肆拾睦
「でもさ、僕と聡がサリンちゃんとお父さんを保護すれば、安全なんじゃないの? 一応ヤクザだから警察に追われてるんでしょ? 傷つけられたなら、ある程度協力もしてくれると思うし...」
ランスは自分の考えを述べてくれる。確かに私もそんな事を考えた時期があった。誰か、絶対に裏切らない力のある人に保護してもらう、父とどうにかして亡命する等。しかし、
「黒川さんは、今や裏社会のドン的存在。国際的に手を広げているから、国内権力も思うがままなの。勿論警察の幹部にも繋がりのある人が大勢いる。経済界も政界も芸能界も...あの人を敵に回したら、どんなに強い人でも、待ち受けるのは『死』のみ」
「物騒な事言うなぁ」
聡は笑っているが、本来なら笑い事ではない。父はなんて組織に借金してしまったんだ。そして私は、なんて人の妹になってしまったんだ。
黒川さんは私が妹になってから数年で、今の地位まで上がり始めた。最初は日本最恐のヤクザグループというだけだったのに、今や裏社会を牛耳る悪魔。闇の帝王と言っても過言ではないその姿は、常に恐れられている。ドンなだけあって知る人こそ少ないが、裏社会の頂点は黒川さんだ。
だからこそ、出来れば二人には関わって欲しくなかった。
「二人には、出来ればイジメ問題だけに協力して欲しいの。私の家の事情は、もう仕方のない事だから...忘れて?」
「...分かった。でももし何かあったら、絶対に関わるからな」
「お、オーケー」
*
それから、「★イジメ撲滅大作戦★」が始まった。先日も説明した通り、聡とランスが私からくっついて離れないという状態を続ける何とも簡単な作業でございます。まぁ周りの女子の殺気に耐えれば良いんだけど、若干彼女達に悪い気もする。純粋に二人が好きなだけの人もいるだろうに、私だけが占領してしまって。
二人は「親友だから」の一言で済ませられる事かもしれないけど、私にとっては少し重い立場かもしれない。友人が出来たのは嬉しい。だって初めての友人だ。でも、突然「親友」と立場を突きつけられて、正直動揺している私もいる。
聡もランスも良い人だ。私の事を想って親友と言ってくれるのかもしれないが、まだ出会ってそれほど時間は経っていない。まぁ、不満なんてないけどね。
「そうだサリン、近々『中間テスト』があるだろ? 勉強してるか?」
「え、そうだっけ?」
「何忘れてるんだよ優等生。まぁ、お前の事だからノー勉でも平気そうだけどな」
「いや、流石にノー勉じゃ点数取れないって...」
学校の優等生は、大方の人がノー勉で点数取れると思うかもしれないが、実際そんな事はない。人の何倍も毎日勉強して、その成績を保っている。決してノー勉なんて無謀な事はしない。
「じゃあサリン、ランスに勉強教えてやってくれ。俺は今回、お前を越さなきゃならない」
「え、それなら嫌だ。ランスの勉強教えて成績下がるくらいならランスの成績下がっても良い」
「サリンちゃん、酷いよそれ...」
「よし、じゃあゲームしようぜゲーム」
聡は唐突に変な事を言い出した。
「ゲーム?」
「そう。この三人の中で、一番テストの点数が悪かった奴は、一日だけその他の二人に絶対服従」
「...え、何下心丸出しのゲーム考案してるんだよ聡ぃ」
ランスが露骨に嫌そうな顔をする。自分が一番下になるとでも思っているのだろうか。しかし、三人共頭の処理能力は大差ないだろうから、必死に勉強すれば高得点狙えるとは思えるけどね。
「下心か...」
「私絶対勝つから。五教科満点取ってやるから」
「いや、流石にそれはサリンでも無理だろ...」
「入試は満点だった」
「入試と中間はレベルが違うからな? ウチのテスト半端ないからな?」
一度先生に過去問題を見せてもらった事はあるが、確かに難しい問題ばかりだった。聡の言う通り、入試とはまるで比べ物にならない問題量と難易度。先生方の試行錯誤した後が所々に見られる。しかし、解けない問題ではない。
聡かランスの何方かを一日中好き勝手に出来る権利なんていらないけど、こういうゲームには乗ろう。案外面白いかもしれない。
「私は乗る、そのゲーム。勉強しながら、何をやらせるか考えておくね」
「余裕だなサリン。でも今回俺は、このテストに自信があるんだ。それを言うなら、ランスの勉強も教える。二人でお前を超える点数を取って、絶対服従だ」
「良いよ聡。楽しみにしておくね」
この私の余裕の態度は、一体何処から湧いてくるのか...例えるならばそう、勉強をあまりしていない時に限ってテスト直前に湧いてくる「これイケんじゃね...!」みたいな感情。抑えられない気持ちの高ぶりのせいで、高慢な台詞が飛び出してしまった。嫌な思いをしていなければ良いのだけど...。
「よーしランス! 今日は早く帰ってサリンに負けないように勉強するぞ!」
「そうだね。勝ったらどうするの? 命令してキャッキャウフフするの?」
「んなわけねぇだろ...」
しかし二人も本気なようだ。これは、余裕ぶっこいていられないわね。




