肆拾伍
イジメには様々な種類があるだろう。
肉体的苦痛、精神的苦痛、または両方。
何れも相手を貶め苦しめるに十分効力のある代物だ。
私の場合は、あの校舎裏に呼び出された以外では後者。私が剣道をやって、ある程度の力を持っている事は皆重々承知だからだろう。
精神的苦痛...陰口、落書き、物品破損、私物破棄、ガビョウ等。
大した事ではないので気にするまでもないが、今の内に収集をつけておかないと、後が不味いかもしれない。ただでさえ聡にも迷惑をかけているのに...もうこれ以上誰にも傷ついてほしくない。
肉体的なイジメの対処法は私にとっては簡単だ。
ただ抵抗すれば良いだけ。
しかし精神的なイジメの方は、相当神経を尖らせないと解決出来ない。
そもそも行動の意思が私にあるわけではないからだ。故に、私と聡は学年でも人気のある人に強い協力を仰いだ。
「え、僕に協力してほしいの? 良いよ良いよ。サリンちゃんのお願いなら、聞き入れないなんて事ありえないね」
「良かった。ありがとうランス。あ、そうだ。今度から親友増えるからな?」
「どうも、新しい親友の黒川 佐r...って、そういう紹介の仕方なの?」
「おぉ、今日からサリンちゃんと仲良く出来るのか」
和宏さんは大はしゃぎだ。
曰く、日本に来てから友人という友人が出来ず、本当に仲が良く心が通じ合える相手は聡だけしかいないようだった。
それは、和宏さんが顔が良いから、金持ちだからと近づいてくる人間ばかりで、心からの友情を感じられる人間がいないのが原因らしい。
王子でも不便はするんだね。
「で、僕はサリンちゃんのために何をすれば良いの?」
「サリンは今、鳳翔達からイジメを受けてる。だからランスと俺はずっとサリンと一緒に行動して、少しでもイジメと考えられる動きがあればすかさず非難しろ」
「了解。...でも、何でサリンちゃんイジメられてるんだい? こんなに可愛くて頭も良いのに」
「嫉妬って怖いよな、それが原因だよ」
褒められてるんだよね?
黒川さんの影響で、もう褒め言葉なんて全く心に響かなくなってしまった。
可愛い、も頭良い、も毎日しつこいほど言われています。
「え、可愛くて頭が良かったらイジメられるの?!」
「そう、イジメられるの。人間って理不尽」
天然なのか、お馬鹿さんなのか。
本当の兄弟にしか見えないが、ただのお笑い寸劇のようにも感じる。わざとじゃない分怖い。
あと、本当今回のイジメは理不尽だと思う。
原因が、私が聡よりもテスト結果が良かったからだからね? 小学生でももう少しマシな理由つけるよ。
「サリンちゃん可哀想に...うん、僕が協力するよ」
「ありがとうございます和宏さん」
「ランスで良いよ。敬語も使わないで」
「う、ん」
和宏さん...もといランスは、爽やかな笑顔で語りかけてくる。
あぁ、その清々しいイケメン顔が怖い。
「そういえば、ランスは何処かの国の王子なんでしょ? 何で日本にいるの? 留学とは聞いたけど」
「馬鹿は勉強してこいって言われた」
「頭が悪いわけじゃないんだがな...その...抜けてるんだ」
「だろうね」
日本に来たからその天然が抜けるわけでもなかろうに。
あれから、偉大なるジャパニーズ文化に触発されて、少しは落ち着くとでも考えたのかな。
確かヨーロッパの「バセムカル王国」第三王子。確か自然豊かで酪農が盛んな美しい国だったはずだ。
そんな国の王子様が日本に留学しているなんて知られたら、マスコミ所の騒ぎじゃないでしょうに。
「ねぇジャパニーズプr」
「だからそれで呼ぶな。折角サリンが言わなくなったと思えばお前まで言うのか」
「だって面白いから」
「あぁ、私もまたジャパニーズプリンスって呼ぼうかな」
長文の呼び名が懐かしく感じてきた。いやでもさ、あだ名の方が友人っぽくないかな。
「いくら友人でも親友でも、変なあだ名をつけるのはいただけない」
「あれ、聡もエスパーだったの?」
「顔に書いてあるんだよ。お前、組長に考え読まれないように無表情だったんじゃないのか?」
「いやいや...あの人は無表情でも心を読んでくるから」
そういえば、今まで滅多に笑わなかったな。黒川さんの妹になってから、自分でも笑顔を見せる機会が減ったと感じられる。
この学園に入学してからは尚更、剣道をやっている時以外では口角等一切上がらなかった。でも今は、二人と話しているだけで自然と笑みが零れ落ちる。
一体何年振りだろう。人と話して、笑って、楽しいと感じられたのは。この二人の前ならば、喜怒哀楽の変化が大きくなる。黒川さんの前では自制されていた感情が、表に姿を現わしつつある。
「ど、どうしたサリン、何でこっちを見て微笑んでるんだ」
「うーん...こんなに人とお喋りして楽しかったのは久しぶりだなと」
「なら、毎日楽しい会話しようぜ」
「そうだよ。僕等もう親友! でしょ? サリンちゃんも、ジャp...聡と同じでずっと一緒にいようね」
「おい、さりげなくジャパニーズプリンスって言おうとしただろ。絶対しただろ」
「えー何の事だか分からない」
ずっと一緒...とても嬉しい言葉だ。でも、本当にずっと一緒にいられるのかな。私も折角出来た友人と離れたくないけど、きっと黒川さんは邪魔をしてくるだろう。これからも仲良くしていきたいとは思うけど、ずっと親友でいられるのかな。
「不安なのか? これからが」
「んー...まぁね。私と二人が下の名前で呼び合えるほど親しくなったと知れば、黒川さんは邪魔してくるかもしれない。私も二人と一緒に過ごしたいよ。でも、それが壊れてしまう日がいつか来るかもしれない」
「え、”黒川さん”ってもしかして、この間の授業参観に来ていたイケメンの人?」
「ランス、ちょっと説明してやる」
聡は、恐らく彼が知るであろう私の情報を全て洗いざらいランスに話した。いつかは分かってしまう事だから、私も自分が本当は黒川さんの妹ではなかった事や借金の事も追加で説明した。
二人の説明を聞く度に、ランスの目には大粒の涙が溜まる。
少し抜けてる分、聡と一緒でとても良い人だ。感受性豊かで人の気持ちに寄り添える美しい心の持ち主。
こんな純粋な人、今の世界に一体何人いるだろうか。それが王子ならば尚更。利用されてしまわないか不安だ。
「サリンちゃん...可哀想だよおぉ...」
「ランス、泣いてもどうしようもならないからとりあえず黙ろうか」
「だってそうでしょ? お父さんの借金を返すために自分を売っただなんて...それに追加で嘘のお金まで請求するなんて...あの男、悪魔じゃないか!」
屋上で誰もいないから良いが、ランスは泣きながら私に抱きつき、まるで何かから守るように優しく頭を撫で始めた。
「サリンちゃん、絶対に僕と聡が守ってあげるから安心して」
「ううん、気持ちは嬉しいけど、私はもう黒川さんの事を怒っていないし...下手すればお父さんも二人も殺されてしまう。私は今も幸せだから、大丈夫だよ?」
「じゃあ、もし何かあったら絶対に言ってね。怒鳴り込みに行くから」
「お、オーケー...」
ありがとうランス、心配してくれて嬉しいよ。




