肆拾
この頃感じたのだけど、黒川さんの変態っぷりが日に日に増してきているような気がする。
私も一応年頃の女の子だからね? それは分かってる?
貞操の危機などは感じた事はない。
ただ扱いがおかしい。
妹でも恋人でもなく、溺愛するペットのような扱いだ。勿論人権はそれなりに守られているけれど。
もう慣れたから嫌ではない。
しかし私の年齢が年齢なので、若干の抵抗感はある。というか黒川さん幾つですか。
このままでは、私は本当にペット兼抱き枕と化してしまう。
イケメンの抱き枕なら本望だろって?
イケメンでも碌な奴じゃないんだよ。というか碌な奴でも嫌さ。
いずれにしろ、彼は私の理解者だからこそ許容出来るんだ。
あれから、ジャパニーズプリンスの接触はない。
しかし、諦めた様子も見せない。
私を心配してくれるのはありがたいけど、授業中にチラッチラ私を見ないでくれ。迷惑だし気が散る。
それにしても、授業が楽しすぎる。
書物や文字では理解の範囲が限られているが、実際に専門の人の話を聞くと、より興味と関心が湧く。
授業中に悪目立ちするとまたイジメられそうだが、私の中には「勉強欲>>>越えられない壁>>>>>イジメ」という不等号式が出来ているんだ。
玲海堂カーストで下位にいる私を、当初先生方はあまり良く思っていなかったが、同じレベルで話が出来ると知ると態度は一変。
日々の嫌がらせに耐えれば、授業も勉強も先生との会話も充実したものとなる。
高校生活って楽しいね!
さて、ある日唐突に、リリアーヌ先生が一日の終わりにこんな事を言いだした。
「一週間後に、授業参観があります。一応プリントを配りますが...保護者の方々にも忘れずに伝えておいてください」
...は?
高校にも授業参観ってあるの?
私聞いてないよ。というか、黒川さん来るの? 来ちゃうの? 来ちゃったりするの?
不味い、プリントを渡すのが怖い。
黒川さんの顔は、果たして皆さん知っているのだろうか。
いや、既に裏社会のドン的存在になってしまっているから、知らない人の方が多いかもしれない。
しかし、多くの企業を傘下に入れている故に、保護者の方はご存知かもしれない。
丁度教室で鉢合わせて、
「やぁ黒川組長、今日は良い天気ですね」
「そうですね。所で今度のチャカの取引の件ですが...」
何て話し始めたら私は泣く。
そしてその間に黒川さんを教室から出す。
まぁ彼が学園で仕事の話を持ち出すなんて事はありえないだろうが、やはり怖い。
それに、私がヤクザの妹だと露見してしまうのも怖い。
ジャパニーズプリンスは知っているけど、他の生徒はきっと、ギリギリで玲海堂に入学した中企業の令嬢だとでも思っているはずだ。
よし、この事は内緒にしておこう。
そう思った矢先、帰りの車で私は黒川さんに笑顔で手を差し出された。
「サリン、何か私に渡すものがあるのではありませんか?」
「え、な、何の事でしょうか...?」
「例えば、そうですね...授業参観に関するプリントとか」
「...」
此処まで言われたら、カマトトなんて出来っこない。
私は今の今まで忘れていたフリをして、鞄の中からプリントを取り出して渡した。
彼はそれをマジマジと見つめると、やがて私の頭を撫でる。
「大丈夫ですよサリン。来週の水曜日ですね。後藤、その日の予定をキャンセル」
「オーケーです組長」
「サリン、授業参観には是非行かせてくださいね。嬉しいでしょう?」
「え、えぇ。勿論」
私は努めて笑顔を取り繕う。
黒川さんに表面の笑みが通じない事は知っている。でも、それしか浮かばなかった。
心からの笑みなんて、この頃黒川さんには見せていないな。
うーん...先生と会話してる時とか、部活の先輩方と話をしている時とか。
そうか、黒川さん来るのか...それならそれで良いかもしれない。
学校の一人でも理解者がいると安心出来る、と思う。一時の時間だけではあるが。
さて、この授業参観の日だけは、誰も何も事を起こさないでください。
死にますよ。
「楽しみですよ。サリンの学校生活を覗けるのですから」
正直この人は、いつも私を覗いているような気がするけど。
*
さぁ、遂に次週の水曜日ーー高校生活初の参観日がやってきた。
リリアーヌ先生はそれに合わせて席替えを行った。
成績順に一番後ろの左から並べていく。進学校ではあるが、立場的にも全員の成績が良くなければないようだ。つまりは、成績の悪い者は前の席。私は窓際の一番端。そりゃあ一番テストの成績も良いからな。
となると、やはり隣は学年二位の成績を保持するジャパニーズプリンス。
その隣は、皆さん麗しの麗華さんです。
ちなみに和宏さんは、私の前の席。成績が悪いわけではないようだ。でもよりにもやって私の前になるとは...。
和宏さんも自重はしているようだったが、それでもフレンドリー(笑)な態度は変わらない。
「ねぇサリンちゃん、サリンちゃんのご両親は来るの?」
しかし、蔑ろにするわけにもいかない。
私は引きつった笑みを浮かべて答える。
「私の兄が来ます。フラットさんはどうなんですか?」
「僕? 僕の両親は来れないけど、聡のお父さんは来るんじゃなかったっけ?」
「そうだな」
「いやぁ、サリンちゃんのお兄さん、どういう人だろうなぁ。少し話してみたい」
ダメだよ和宏さん。
黒川さんと君が喋っちゃダメだよ。
もし私と君が仲が良いなんて素振りがあったら、確実に殺されるからダメだよ。君王子だけど、殺されたら元も子もないからね。
私はジャパニーズプリンスに止めてくれという視線を送るが、彼は苦笑を返すばかりだった。
「善処するよ」と言っているようだ。
しかしながら、此処でジャパニーズプリンスのお父さんが黒川さんにとんでもない事を言ったら、私諸共チリと化す可能性が無きにしも非ず。
「ら、ランス? 良いか? 黒川のお兄さんは物凄〜く怖い人だから、無闇に近づくんじゃないぞ。良いな?」
「えぇその通りです。物凄〜く怖い人だから」
「も、物凄く怖いのか...分かった、じゃあ止めとこ」
よし、第一の危険がかろうじて去りました。




