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「金出しやがれオラ!」

「さっさと財布出せば良いんだよ!」

「ほれほれほれ、泣いてんじゃねぇよ!!」


 こんな光景を日常としていたのは、一体何ヶ月前の話だっただろうか。


 ある日の、部活帰りの事。

 冬場で日が落ちるのが早く、すっかり外が暗くなってしまったため、早く帰れるようにいつもとは違ったルートに家に向かった。

 あまり人通りが多くないので、この道は好きではない。


 そんな帰り道の途中で、私は、ある光景を見かけた。


 高校生くらいの男子五人組が、一人の男性を蹴っていた。男性は道に転がり、大きな紙袋を胸に大事そうに抱えながら、高校生等の暴行に耐えている。


「す、すみまぜん...」

「謝ってねぇでさっさと金出せやオラ!!」

「このオタク風情が俺等に逆らってんじゃねーよ!」


 こんな光景を見るのは、正直我慢ならない。

 度の過ぎたカツアゲを受けている男性が、ヤクザに殴られていたお父さんと重なる。

 此処は人目がない。人からお金を巻き上げるのには、絶好の場所なのだろう。私だって怖いよ此処。絶対危ない人等が彷徨いているもの。黒川さんが、この道を使うなって言っていた理由が、分かる気がする。


 暴力は好きじゃないけど、仕方がないな。

 私は背中の竹刀鞄から、竹刀を取り出した。防具や竹刀は、出来る限り毎日家に持ち帰る事にしている。重いけど、毎日綺麗に手入れをしたいし、昔、学校に防具を置いていて、壊された経験があるから...。

 さて、とりあえず、たかが男子高校生に負けるわけがないので、腹を括って声を出そう。


「何やってるんですか?」


 一応背中に竹刀は隠しておく。平和的に解決が出来るかもしれない。

 が、不良相手にそんな事が出来るはずもなく、私は彼等に睨まれる。


「あ゛? 何だよお前」

「何だ、誰かと思えばただの中坊か。可愛い顔してるな、俺等の相手してくれんのか?」

「弱い者イジメはいけませんよ」


 ありがちな台詞を吐くと、不良が男性を蹴った。


「うわー、この子ヒーロー気取りかよ」

「厨二病なら他所でやってな」

「人をいじめちゃいけませんよ、って、小学校で習いませんでした? ダメですよ、そんな事したら」


 我ながら、不良の神経を逆なでするような言葉を言ったとは思う。

 彼等は私の発言が気に食わなかったらしく、一斉に殴り込んできた。だが、相手が素手ではなく、竹刀という武器を持っている事を忘れてはいけない。


 適度な距離を保ちつつ、竹刀に突かれてバランスを崩した不良の急所を蹴り上げる。

 バカにしてんじゃねーぞ!とその他も殴りかかってきたが、同様の事を繰り返した。今の時代、不良もこんなものか。

 まぁ、闇雲に殴ろうとしたら、躱されるのは当たり前だよ。


 さて、最後は...


「大丈夫ですか?」

「あっ...!」


 壁に背中をついて、ヘタッと尻餅をついている男性は、私を見ると声にもならない驚きを見せた。

 身体中に擦り傷や痣が見える。余程長く暴行されていたのだろう。可哀想に。


「怪我は...ありますね。ちょっと待っててください」


 私は、学生鞄を漁ると、救急セットを取り出した。

 剣道をやっているから、怪我をする事、させる事がどうしても多くなる。


「お名前は?」

「な、波角 竜太ナミカド・リュウタです。あの...」


 私は波角さんを観察してみる。

 前髪が長いせいで目がよく見えないが、全体的に、何処にでもいそうな細身の男性だ。


「ありがとうございました。おかげで助かりました」

「いえ、こちらこそ」


 とりあえず、足の傷を消毒しないと。随分手酷くやられたようだ。

 まったく...一人の大人に対して、子供がこんな事するかな、普通。とりあえず、この近所の高校の制服と一致していたから、一応通報はしておこう。


「貴女は?」

「私は黒川 佐凜と言います」

「サリンさんですか。本当にありがとうございました」

「いえいえ...さて、終わりましたよ。立てますか?」

「はい」


 波角さんは、大きな袋をまだ大事そうに抱えながら立ち上がった。今まで前髪のせいでよく見えなかったが、かなり整った顔立ちをしている。


「波角さんって、綺麗な顔をしてらっしゃいますね」

「あ...ありがとうございます」


 すると、私が袋を見ている事を感じたのか、波角さんはこう言った。


「『魔法少女ミリカちゃん』のフィギアなんですよ、知ってます?」」

「知ってます。可愛いですよね、ミリカちゃん」


 しばらく波角さんとお喋りして、私は波角さんを彼の家の近くまで送り届けた。また不良がやってきても面倒だ。

 此処、かなりの高級住宅街だけど、波角さんてお金持ちなのかな?


「ありがとうございました!」

「いいえ。お大事にしてくださいね? しばらくあの場所は行かない方が良いですよ」


 短時間ではあるが、すっかり意気投合してしまった。

 凄く優しいし、良い人だったよ。

 私達は短期間ではあるが、すっかり仲良くなった。どうでも良いけど、前髪切ったら絶対に波角さんモテるね。イケメンだよ。



「と、いう事で夜の十時に帰って来たわけです」


 家に帰ると、完全に夜遅くになっていた。

 波角さんとのお喋りに夢中になっていたのも、彼の歩調に合わせて家まで送ったのも理由の一つだ。

 

 腕を組んで、目だけ笑っていない冷たい笑みを浮かべていた黒川さん。いや、これは普通に怒られるなと思っていたら、いつの間にかベッドに押し倒されていた。

 というか、後藤さんはちゃんとついてるんですか...? 四六時中隠れて護衛してるって聞いてるんだけど。


「一応後藤にも聞きましたが、貴女から直接話を聞きたかったんですよ」


 あ、そスか。


「今日は寝かせませんよ...私の気のむくままに抱かせてもらいますからね...フフフ...」


 此処で注意して欲しいのが、「抱く」というワードが、決してやましいものではないという事である。



「うぅ...昨夜は酷い目にあったな...」


 翌日の放課後。

 私は昨夜の黒川さんの悪夢を思い出しながら、校門を出た。あぁ...体が痛い。変な場所を触られたり、説教受けたりして疲れたよ。


 今日は部活をせずに帰ってこいと言われたので、命令に従い、私は家路についた。

 家に帰ったら、勉強でもしようかな。


 人通りの少ない通りに差し掛かると、目の前に黒い大きな車が止まった。

 何事だろうと足を止めた途端、車内から複数の、黒いサングラスをかけたスーツスキンヘッド達が出てきた。


「え、あの、ちょっと...」


 もしや「誘拐?」と思い、踵を返したが、すぐさま口にハンカチを押し当てられた。

 甘い香り...これは本当に、ドラマなんかでありがちなや、つ...です、よね...。



「知らない天井だ」


 一度言ってみたかったこの台詞。

 さて、此処は何処だろう。


 気がつくと私は、全く見知らぬ場所がいた。

 とりあえず自身の状態を確認。外傷は見当たらない。一体誰がこんな事をしたのだろう。

 落ち着いて辺りを見回してみた。


 私は、天蓋付きの大きなベッドに寝かされており、天井には豪奢なシャンデリア、窓は見当たらないが、ドアならばある。

 少し小さめの王族の部屋のような雰囲気だ。

 そんな事より私は、先ほどから気になっていた事がある。


「何、この拘束器具?!」


 ごめん、変わった外傷は見当たらないって嘘だったわ。

 手足、首に拘束器具がついている。

 酷いな、何処のサディストの仕業だ? 黒川さんか? いや、でもあの人は、何方かと言うと抵抗されるのが好きなようだからな...。


「あ、起きましたか」


 何処かで聞いた声。

 気配を探っていると、背後に知らない男がいる事に気がついた。長い前髪をピンで横に寄せて止め、笑顔を向けてくる。おまけに黒川さんに負け劣らずの美形だ。

 何処かで、見た事があるような気が...一体誰だろう。


「あの、何方ですか?」


 私が聞くと、男性は顔をしかめた。


「”誰”って...覚えて無いんですか?」

「残念ながら、私は貴方に会った記憶がありません。ごめんなさい」


 いや、何で私、誘拐犯に謝ってるんだよ。

 彼も複雑そうな顔をしている。


「あの...昨日会ったばかりですよ?」

「え? 昨日?」


 昨日の記憶を辿ってみよう。

 昨日会った人と言えば、不良集団と波角さんくらい。...え、いや、そんなまさか...でも、もしかすると...


「...波角さん?」

「はい! 良かった、忘れてしまったかと思いましたよ」

「いや、雰囲気変わり過ぎですよ。まぁ、前髪を避けたら綺麗な顔をしているんだろうなとは思ってましたけど...」

「ありがとうございます」


 話を聞くと、波角さんは、弟の欲しがっていた「魔法少女」ミリカちゃんのフィギアを買って帰っていた所、不良に絡まれたようだ。


「で、でも、誘拐みたいな事をする理由なんて...」

「あります。実は僕、貴女に一目惚れをしてしまったようなんです」

「ひ、一目惚れ...?」

「えぇ。強くて、美しくて、心優しい貴女に」


 嫌、ではない。

 人から好かれるのは、寧ろ嬉しい。けれど、それが恋情ならば話は別だ。

 しかもこんな方法で、拘束までして...怖い。


「私を、どうする気なんですか? 早く帰らないと、黒川さんがまた怒ってーー」

「その黒川さんというのは、一体誰なんですか?」


 突然、波角さんの視線が鋭いものになった。

 まぁ、答えない理由もないので、とりあえず正直に言う。


「ええっと...兄です」

「兄に”さん”付けしますか? しかも、名字に」

「義理ですから」

「”また”という事は、もしかして昨日も...」

「はい。説教されてベッドの中で...いや、何でも無いです」

「べ、ベッドの中で?!」


 今彼は、物凄い勘違いをしている気がする。

 いや、もう良いや面倒くさい。今更訂正しても、きっとこの人は聞いてくれない。

 話を聞いてみると、彼は「波角財閥」のお坊ちゃんらしい。つまりは、かなりのお金持ちという事だ。だから高級住宅街に家があるのね、納得。

 ...と、そんな事を考えている場合ではない。


「ゆ、許せませんね...義理の兄という立場を利用して...」


 歯ぎしりが聞こえるぞ若者よ。そこはグッと我慢をするのじゃ。

 いや、お願いします。我慢してください。


「ちょっと、お義兄にいさんを殴って来ますね」

「え゛...駄目です! 行っちゃ駄目!!」

「へ?」

「兄は、『黒川組』の組長なんです。行ったら殺されます」


 その言葉に、彼は驚いた顔を見せた。だが、すぐに微笑んで、


「大丈夫。きっと、貴女は強制的に従わされているのですね」


 あぁ駄目だわこの男。


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