参拾捌
一週間の期間を終え、私は再び学園へ向かった。
私と麗華さんの取り巻きが揉め、相手が謹慎処分となって事は、学園中に知れ渡っていた。
しかし、イジメの露見は彼等にとって痛くもかゆくもないようで、教師陣も「だから何だ」という姿勢らしい。
正直、学園に戻った所で何をされるか分からない。
面倒な取り巻き達は一ヶ月はいないが、その間もイジメがなくなるわけじゃないだろう。
けれど、黒川さんは私を必要としてくれているから、その程度はまだ我慢出来る。ただこれ以上エスカレートしようものなら、流石にキツイけれどね。
一週間振りの制服を身につけ、私は黒川さんの車を降りた。
黒川さんと離れるのが何だか名残惜しいが、これは仕方のない事だ。
靴を履き替え、教室まで歩いて向かう。
よし、此処までは異常なし。
今日はいつもよりも早い時刻だけど、人が見えない。この学園の生徒は、大方早くに登校しているのに。
クラスの前まで辿り着くと、何やら教室から騒ぎ声が聞こえる。
何か事件でも起こったのだろうか。
覗いてみると、一番後ろの席に、大勢の生徒達が囲んでザワザワと言い争いをしている。
って、あれ私の席じゃんか。
「西園寺様、そんな事をなさる必要はございませんわ!」
「その通りよ! あの女の事なんだから...」
「良いから退け。ランスにでも遊んでもらえ」
「え、僕?!」
和宏さんが女子達を連れて、人混みから出てきた。
本当に、何が起こってるの?
このままこの場所に佇んでいても仕方がないので、私は人混みの一番後ろの人の肩を叩く。
「あの...私の席なんですけど。邪魔」
「げッ、黒川佐凜...?」
私は慌てて人混みをかき分け、一番真ん中までやってきた。そこでは、ジャパニーズプリンスが私の机の前に立ち、何かをしている。彼は、イジメなんてしないと思ったのに...。不意を突かれた私は、遠慮しがちに彼に話しかける。
「何をしているのですか、西園寺さん」
「く、黒川か...えーと...来るな! 此処はお前の席じゃなあーい!」
ジャパニーズプリンスは私の机を上から抱きしめ、大声で叫んだ。
日本の王子のような容姿と雰囲気の人間が、よくもまぁこんな醜態をさらせたものだ。
苦笑も怒りも湧いてこない。とりあえず、呆れて小さくため息をつく。
「私の席です。...退いてください」
「ダメだ! 此処は違う! お、俺の席だ!」
テンパり方が普通じゃない。
周りの男子もそんなジャパニーズプリンスに引いているようで、口角を上げヒクヒクしていた。
すると、ジャパニーズプリンスの突っ伏して机の空いた部分に、黒いペンのようなモノで何かを書いたような跡がある事に気がついた。
机の足元には花瓶が置かれ、枯れた花が入っている。
それだけを見て、私は全てを悟った。
まだイジメは続いている、という事に。それももっと陰湿な。
「あからさまな隠し方は結構です、西園寺さん」
「黒川...その...」
私は無理矢理ジャパニーズプリンスを引き剥がし、机の様子を確認した。
そこには黒い油性ペンで、「死ね」「自殺しろ」「お前なんて必要ない」「消えろ」ーー消えかかった誹謗中傷が殴り書きされている。
ジャパニーズプリンスは、油の染みたハンカチを持っている。
もしかして、彼はこれを消してくれていたのだろうか。
「...構いません。西園寺さん、わざわざ申し訳ありません。しかし、もう結構です」
私はそう言い放つと、床の花瓶を持ち上げ、教室の一番前にあるゴミ箱にそれ毎捨てた。
和宏さんやそれに絡む麗華さん達は、驚いた顔をゴミ箱を見つめる。
きっと、落書きされた机の上に、枯れた花入りの花瓶が置いてあったのだろう。
それを見て、私が来る前に消してしまおうとするジャパニーズプリンスは、本当に優しい人だ。
麗華さんがこれをやったのだろうか。
本当に私を大事にしてくれるのは、黒川さんだけだ。
*
この日の放課後。
部活に行こうと荷物を纏めていると、ジャパニーズプリンスに呼び止められた。
どうやら、一人で屋上まで来て欲しいとの事らしい。
正直この間の事もあったので行きたくはなかったが、ジャパニーズプリンスも人の目を憚って話しかけてきていたので、断ろうにも断れなかった。
ジャパニーズプリンスの根が、物凄く優しい人だという事は前から知っている。
それでも、この間のような事がないとは言い切れない。人って、そんなもんだから。
私は荷物を背負って、人気のない道を通り、屋上へと辿り着いた。
この学園の屋上は、基本人は訪れない。
無駄に標高が高いからでもあるし、立ち入る必要がないからでもある。
しかし、男女の告白の場として活躍しているとの事。
一度、青春っぽく屋上でお弁当を食べてみたいとも思うが、私は学食を食べているので、此処に来たのは初めてだった。
ジャパニーズプリンスは腕を組んで屋上の柵に乗せ、そよ吹く風に髪を靡かせながら、麗しく風景を眺めている。
彼の信用度を落とすのは、そんなイケメンさだ。
「あぁ黒川、来たか」
「ご用件なら、なるべく早く済ませてください。誤解を避けたいですし、早く部活に行きたいです」
「確か剣道部だったな。そうだな。早く済ませる」
そう言うと彼は手招きをする。
私は不信感を抱きつつも、ゆっくりと足を滑らせて近づいた。
後一メートル程度だといういう所で、ジャパニーズプリンスはニコリと笑う。
「黒川、お前...黒川真人の妹だろう?」
「...」
「沈黙は正解という事で良いのか? えーっと、俺がそれを知ってる理由ね...まぁ、今西園寺財閥が黒川真人の手中にあるからだな」
黒川さんは確か、日本の大手企業を既に支配下に置いていると言っていた。
ジャパニーズプリンスの家の会社は、黒川さんの傘下なのか。
しかしそれでは、私を呼び出す理由にはならないだろう。
「何で私にそれを言うの?」
「何だか俺の父上が、俺とお前との縁談を考えていてな。勿論、あの黒川真人が承諾するはずがないが...」
「そうですね。私も嫌です」
「...地味に傷つくな」
イケメンは碌な奴じゃないんだよ。
いくら良い人でも、信用するにはまだまだ材料が足りなさすぎる。
「それで、何だって言うのですか」
「お前に協力する」
「は?」
「正直、お前がイジメられているのは、見るに堪えない。黒川だって辛いだろう? だから、鳳翔とその取り巻き達へと報復を考えtーー」
「貴方は幸せで良いね」
本当、優しい人。
だけどそれ以前に、彼は私の事をよく分かっていない。
ジャパニーズプリンスがいくら私の事を心配したとしても、私の気持ちも考えも分かっちゃいない。
だから私はただ笑って、憎たらしく彼を見下ろした。
「普通だったら私も、報復するよ。仕返しするよ。でもしない。何故だか分かる?」
「そ、そんなの、黒川が弱いからjーー」
「デリカシーもないのね。...それも分からないで、私を助けようだなんて、大したモノね。流石、恵まれたお坊っちゃま」
こんな感情のない笑みを浮かべたのは、久しぶりだ。
「ーーやっぱり、私の理解者は黒川さんだけだ」




