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参拾睦



 私は剣道をする際、いつもお父さんのお手製だった竹刀を使ってい。そこら辺の林から竹を伐採し、出刃包丁で削いだ完全ハンドメイドな竹刀。しかし、その頑丈さと美しさは剣道家としては息を飲む出来栄えだった。

 剣道は部活の中でも特にお金のかかるもので、防具、袴、竹刀、木刀ーー普通でも十万近くするのが現状だ。故に私の防具は完全にお古だった。

 剣道が大好きだったお父さんの知り合いの奥さんが、私にお下がりをくれたのだ。毎日手入れをしているので、若干の傷はあれど輝いて見えた。


 けれど、黒川さんは私に新しい防具と竹刀を買った。

 前の家の残り香があるのが我慢出来ないらしい。


 前使っていた竹刀や防具はどうなったかは知らない。

 きっと、勝手に処分されたんだろうな。


 まぁ...良いけど。



 さて、今現在私は、非常に困っている。



 *


「アンタ、目障りなのよ」



 そう、私は、クラスの女子勢力に呼び出しを喰らっていたのだ。



 この学園に入って、約一ヶ月が経とうとしていたある日の事。

 高校のハードな部活にも耐え、勉強も楽々と、友人はいないながらもそれなりに充実した日々を送っていた。

 私の一日の中で、言葉を交わらせるのは、黒川さん、後藤さん、先生方、部活の先輩くらい。他の人達は、権力のある女子生徒に睨まれている私に近づこうとさえもしない。

 

 まぁ、人と関わりを持たない方がお互い安全だから、特に気にしていないんだけどね。



 私は入学式以降は特に問題を起こしていなかった。

 一見して、模範的な優等生。しかし、私はクラスの女子リーダー格麗華さんの取り巻き達に、昼休み呼び出されていた。



 場所は体育館裏。

 漫画やらアニメやらでは、「告白」という青春の思い出の一ページになるが、現実リアルでは嫌な予感しかしない。

 あの人達が私に愛の告白をするとも思えないしね。

 だが、行かなかったら行かなかったで文句を垂れそうなので、私は体育館裏に行く事にした。



 現在クラスのカースト状態は明確。一番上が王様で、麗華さん達とすると、一番下が下僕で、私だ。

 A組は学校内でも特に権力が強いのに、私のその中で最下層。


 まぁ悲劇のプリンセスだなんて気は毛頭ない。しかし、本当にこのような状態なのだ。

 私が和宏さんを蹴った意味ね、うん。


 ジャパニーズプリンスはそれなりに私に気を使ってくれているが、隣にいる空気の読めない馬鹿のコントロールはやはり難しいらしい。

 私がイジメを無視しているのも、ジャパニーズプリンスは私が涙を堪えて痩せ我慢しているのだろうと考えているようだった。

 何だかこちらが申し訳なくなってくる。



 私はそのカーストの上から二番目連中に呼ばれたわけでありますが、やはり不安が残る。

 学園は、命に関わるような事でなければ生徒達の問題に干渉してこない。弱肉強食。これが、この学園の教育法。


 さて、体育館裏に来た所で、最初の言葉に戻る。


「アンタ、目障りなのよ」


 目障り? 私は出来る限り人とは関わらないようにしているつもりだ。

 それ以外は、本を読んでいる程度か。


 麗華さんの取り巻きは一番近い人達で五人。私は体育館裏でそんな恐ろしい(笑)人達に囲まれて、力任せ以外にこの場を脱する方法がなかった。

 私は感情を押し殺し、真顔のまま答える。


「目障り? 私が何かしたでしょうか?」

「そうよ。アンタがいるから、西園寺様は学年トップの成績に入れない。フラット様は麗華様を気にかけなくなった。麗華様はご体調が優れない。全部全部アンタのせいよ!」


 取り巻きの中でも一番権力の強そうな、吊り目の少女が言った。

 麗華さんに負け劣らずの綺麗な容貌なのに、勿体無い。


 それにしても、言い掛かりも良い所だ。

 ジャパニーズプリンスが学年トップに入れないのは、私以上の努力をしていないから。和宏さんが麗華さんを見ないのは、麗華さんに魅力が足りないから。麗華さんの体調が悪いのは、健康管理がキチンと出来ていないから。

 あぁ...いざ口に出すと、私の相当性格が悪いーーみたいになってしまう。だが、個人的な原因を私に押し付けないで欲しい。


 私は、何もしていないのだから。



 本心をそっくりそのままぶちまけても良いとは思ったが、彼女達の顔を見て止めた。

 これ以上イジメが酷くなって私物が汚れるのも困るし、神楽坂先輩達にも迷惑がかかるかもしれない。


「では、私はどうすれば良いのでしょうか?」

「学園を辞めなさい。此処は、アンタみたいな成金っぽい奴の来る場所じゃないのよ。黒川なんて家名...ありきたりだけど、社交界でも聞いた事がないわ。どうせ、底辺の企業なんでしょ?」


 取り巻き達はクスクスと笑う。黒川さんがこの言葉を聞いたら何と言うか。

 いや、言葉を発する前に彼女達の会社を潰しにかかるだろう。曰く、日本の大手企業は大方が傘下。彼女達の両親の会社も、その中に入っているはずだ。


 しかし私は、自分の権力を盾に使って人をイジメようなんて、陥れようなんて思わない。

 だから今は口を紡ごう。


「それは...出来ません」


 でも、学園を辞める事なんて出来ない。

 黒川さんの与えてくれた選択肢。それを途中で放棄するなんて、私には出来ない。

 黒川さんの与えてくれる優しさを、無下に捨てる事なんて出来ない。


 すると、取り巻きの一人がため息をつく。


「アンタに選択権なんてないのよ。分かってる? いくらA組でも、最底辺に、存在する価値なんてないのよ。お分かり? 毒ガスちゃん? 名前の通り、周りまで毒に侵すのね」

「ッ...」


 私はどんな迫害にだって耐えられる。

 でも、名前だけは。名前だけは、貶す事は許さない。読み方は確かに変だし、あまり好まれる単語ではない。それでも、お母さんがどうして私にこの名前をつけたのかは分かる。


 佐凜という名ーー誰かを助ける、凜々しい娘になってほしい。そんなお母さんの願いの籠った大切な名を、貶すなんて許さない。


 しかし、私の中では暴力は好ましいものではない。

 幼き日の私は、漢字も意味も願いも理解する事が出来なかったから、ただ泣きながら反撃する事しか出来なかった。

 でも今は違う。暴力とは私の中でヤクザと直結している。


 もう、人は傷つけたくないのだ。


「...話はそれだけですか?」

「んで、辞めるのよね? 学園」

「辞めません。どんなに貴女達にイジメられようとも」


 今逃げたら、全てがなかった事になってしまう。

 私の未来も、楽しさも、彼女達の命さえもーー全て泡沫となって消えてしまう。そんなの、嫌だ。


 彼女達は分かっていない。私が学園を去る事になれば、黒川さんはきっとその原因を潰しにかかる。

 そうすると、彼女達やクラスメイト、見て見ぬ振りをしていた先生方の命も危なくなる。黒川さんはこの学園のカーストには理解を示しているが、嬉々としているわけではない。

 下手すれば、この学園ごとーー


「あっそ。ざ〜んねん」


 取り巻きは嫌味ったらしく笑う。そして、徐に手を叩き、内ポケットからカメラを取り出した。


「知ってる? この体育館裏はね、教師も生徒も滅多にこないのよ」


 物陰から、数名の男子生徒が飛び出してきて、私を羽交い締めにした。

 体格からして、同級生ではない。しかし、この学校の生徒というのは確かなようだ。


 私は必死に抵抗したが、男の腕力に勝てるわけもなく、土の上に押し倒されてしまった。


「は〜い、カメラスイッチオン」


 取り巻き達も下品な笑い声が耳の中に木霊する。

 取り巻きの持っているカメラのレンズには、私の姿が映り込んでいた。


「おい...本当にヤって良いのかよ」


 私に馬乗りし、手首をガッチリと固定している生徒が言った。取り巻き達は高笑いをする。


「えぇえぇ良いわよ。好きなだけ可愛がってあげて」

「へっ、儲けもんだぜ」


 舌なめずりをする男子生徒からは、吐き気を催す下心と劣情が漂っていた。

 このままだと何をされるかーー私の心の中に残った感情は、「恐怖」、それだけだった。


「や、止めて! 離して!!」


 私は暴れるが、他の男子達に押さえつけられ、遂に少しも動けなくなってしまった。口も抑えられる。


 自分の体が小刻みに揺れるのを感じる。

 この状態から脱する事の出来ない恐怖を感じる。人を銃で撃った時とは、また別の恐怖が私をかきたてる。私に為す術などない。

 逃げる事も、助けを呼ぶ事も叶わない。


 男子生徒はニヤニヤ笑いながら、私の制服をはだけさせた。下着だけはまだ無事だが、隠された白い柔肌が露わにされ、震えは一層酷くなった。

 取り巻き達は尚、私にカメラを向けている。


「お楽しみタイムの始まりだ...」


 もう駄目だ、と私が諦めようと目をギュッと瞑ると、頭の方でボコッという何か鈍い音がした。

 全ての人間の動きが止まり、その音の主を確かめた。私はどうしてもそれが見えない。


 再び鈍い音が響いた。取り巻き達は悲鳴を上げるが、足が震えて全く動けていない。

 カメラを取り落とし、彼女等はその場にヘナヘナと倒れ込んだ。


 そして、瞬く間に私に馬乗りをしていた男子生徒は吹っ飛び、壁にぶつかって頭から血を流す。取り巻き達は逃げだそうも足が言う事を聞かず、その場で何者かに殴られてノックダウンしてしまった。

 その時、私は初めて救世主の顔を拝む事が出来た。


 それはーー



「嗚呼、可哀想に。私だけの可愛いサリン」



 優しい笑みを浮かべた黒川さんだった。

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