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参拾伍



「玲海堂学園」の部活申請も、他の学校と同じで、担任教師と保護者の承諾が必要だ。

 神楽坂先輩から部活申請用紙を貰ったが、正直入れるかどうか自信がない。

 リリアーヌ先生は兎も角、黒川さんが男子しかいない部活を許可してくれる可能性は限りなく低い。聞くのも怖い。泣きそう。


 結局、迎えの車の中でも、部活の事を一切口に出来なかった。

 本当は後藤さんのいる場所で言った方が楽だが、車の中で銃やナイフを突きつけられたら、彼にも迷惑がかかってしまう。

 黒川さんはそんな私の心情も知らず、ただ淡々と今日学校であった事を聞いてきた。適当に受け流していると怒るので、こちらにも意識を向けておかなければならない。


 闇に覆われた屋敷につき、部屋で着替えていると、黒川さんが唐突に話を振ってきた。


「サリン、『黒川組』が表面事業も発展させていると知っていますか?」

「表面事業...? それって、ヤクザの仕事以外に、何かやっているんですか?」


 私の言葉に、黒川さんは深く頷いた。


「今時暴力だけじゃヤクザも生きていけませんよ。インテリヤクザが多いです。まぁ、クスリや武器の売買もしていますが...私は様々な事業に手を伸ばしています。食品、衣料品、本、電化製品ーーまぁ、大手企業も傘下に置いていますから、簡単なのですがね」

「す、凄い...」

「そうなんですよ。もう少し裏世界に手を回せば、警察は完全に私を捕まえられなくなります。フフッ...日本経済が一瞬で崩れますからね」


 黒川さんが日本の裏世界のトップに立てば、警察は手が出せなくなる。

 黒川さんは大物芸能人や政治家ともパイプがあるらしい(後藤さん情報)。


 普通の刑事の正義感からしたら、黒川さんはどんな事をしても捕まえてやりたい存在だろう。しかし、上層部がきっとそれを許さない。


「無駄に正義感を持った連中が、サリンに手を出さないかが心配です。出来るだけ、学園の外に出ないようにしてくださいね」

「分かりました」


 そもそも出る気も機会もないしね。


 着替えが終わったので、私は黒川さんの機嫌が良くなるように努め始めた。

 何とか、何とか許可をもらいたい。部屋の片隅で埃を被っている新しい竹刀と防具が可哀想でならないんだ。


 なので、体を張って、精一杯の下手っくそ演技でもしてやろう。プライドなんてとっくの昔に捨てました。これは、これは剣道のためなんだ。


「く、黒川さーん、今日、何だか寒いですねー」

「そうですか? 今日は比較的暖かい気候ですが。冷え性でしたっけ?」

「そ、そうなんですよー! 実は私、結構な冷え性で...きょ、今日は早めに寝れたらなぁって」


 私はさり気なく・・・・・ベッドに座る黒川さんの横に行き、体をくっつけた。

 そこ、笑うな。これはあくまでも、仕方なく・・・・やっている事なのだから。

 黒川さんは始めは嬉しそうな顔をしていたが、徐々にその顔も曇ってきた。


「サリン、何か頼み事があるのなら、はっきりと言って構いませんよ。まぁ、こうやってすり寄ってくる方が、私としても嬉しいのですがね」


 やっぱりバレてた。

 でも怒っている様子もなく、私の頭を撫でてくれた。

 心を読む能力が是非ほしい所だが、今私が一番欲している物は黒川さんのサインだった。


 足早に鞄から書類とペンを取り出し、黒川さんに渡す。彼は申請書をマジマジと見つめていた。


「部活の申請書です。...サイン、お願い出来ますか?」

「...『剣道部』ですか、構いませんが...この学園で剣道をする令嬢がいるとは到底思えませんね。そうでしょう? ...男子だけの部活を許可するのは、悩みますね」


 悩む、という事は、許可を貰えないわけではない。

 私の心の中に、希望が泉のように湧き出てきた。泉っていうレベルじゃない。温泉みたいな勢いだ。

 すると、再び彼は口を開いた。


「では、一つだけ交換条件。あ、やっぱ二つ」

「はい」

「まず一つ目、寝る時は、サリンも抱きついてきてください。私ばっかりじゃつまらないです。そして二つ目、もっと多くの分野の勉強をしてください。サリンは今のままでも十分頭が良く、私も感嘆するレベルですが、全てに於いて全人類がひれ伏すような天才になってください」


 無茶言いますな黒川さん。

 全人類がひれ伏すレベルになれるかは分からないが、善処はしよう。


 黒川さんは私が頷くと、スラスラと書類にサインした。我慢が出来なくなり、私は黒川さんに飛びつく。


「黒川さん大っ好き!! ありがとうございます!」


 剣道を許可してくれるだなんて、神様が君臨してきたかのような気分だ。

 黒川さんは、まさかもう抱きついてくるとは思っていなかった様子で、不意をつかれたようだったが書類を置き、抱きしめてくれた。あぁ温かい。


 私は目を閉じて、この喜びを抑えた。久しぶりにまた、試合が出来る。新しい技も覚えよう。

 高校のハードモード剣道に置いていかれないように、今のうちに準備をしておかないと。


「やるからには、頑張ってくださいね」


 *


 リリアーヌ先生の承諾も貰って、部長の神楽坂先輩に書類を提出。

 これで私も、晴れて剣道部員だ。相変わらず周りの私へと敵対心は強い。剣道部に入った事により、尚更「女らしくない」だの「馬鹿らしい」だのと罵られた。


 それでも私は、笑顔で居続けた。

 放課後になれば、先輩達が待っていてくれるから。楽しい時間が待っているから。


 和宏さんは兎も角、ジャパニーズプリンスは私がいじめられている原因が自分達だという事に気がついたらしい。

 カースト状態が目に見えて分かる現状。ジャパニーズプリンスは私に容易に手を出すわけにもいかなくなった。話しかけると、よりイジメが酷くなる。彼はそう考えたらしい。


 和宏さんはちょくちょくこちらを見てはウズウズしているが、毎回ジャパニーズプリンスが止めている。

 完全にクラスで孤立した私を見て、イジメの主犯である麗華さんは喜んでいるようだった。


 しかし、そんな私が部活で楽しんでいる事を知って、何やらまた企てを始めた。

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