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参拾肆



 明日から、学校が始まる。


 待ちに待っていたはずの高校進学ーーしかもあの有名な「玲海堂学園」だ。なのに、行きたくない。


 勉強は好きだ。

 学校も好きだ。

 人も好きだ。


 けれど、誰かが傷つくのは耐えられない。

 自分が手を下す事も、誰かが手を下す事も。和宏さんを傷つけた私の体は、震えていた。その震えに黒川さんが気がついていないはずがない。でも彼は、何も言わなかった。


 黒川さんに、学校であった事を話してはならない。

 でないと、彼が何をするか知れたもんじゃない。

 どんなイジメに遭っても、どんなに嫌な事があっても、どんなに傷ついてもーー私は固く口を閉ざして笑っていなければならない。

 でないと、また誰かが傷ついてしまう。涙を流してしまう。血を流してしまう。


 誰も傷つけないためにはーー私は一人でいなければならない。


 また誰かを傷つけてしまわないように、私は一人にならなければならない。耐えなければならない。


「サリン、どうしたのですか? そんな暗い顔をして」


 忌まわしい記憶しかない、穢れた部屋。

 私はこの部屋が嫌いだ。

 迸る鮮血、呻き声、熱い涙、声にもならない苦痛が、まるで今も尚その感覚に襲われているかのように、鮮明な記憶として蘇る。鮮血の百花繚乱が、頭にこびりついて離れない。


 私はこの心の痛みの連鎖に耐え切れず、目を閉じてギュッと拳を握る。

 声に代わりに出るのは、細かな震えだった。黒川さんは眉をひそめて、私の手を取り、そのまま強く抱きしめる。



 ーー嗚呼、なんて温かいんだろう。



 いつもは何もしないのに、今日は何だか違った。

 この温かさが愛おしくて、離したくなくて。


 黒川さんの白いシャツにしがみつき、優しさにすがった。


 私はわがままだ。

 けれどそんな私の頭を、彼はずっと撫で続けてくれた。


 *


 翌朝の私は気分は、酷く爽快で憂鬱だ。


 黒川さんの仕事場に行く途中で降ろしてもらうので、学校に着くのは比較的遅めの時間帯になる。

 遅めと言っても、ホームルームが始まる二十分も前だが。

 それでも、この学園の生徒達の登校は早いらしい。そんなに早く来て、何かする事はあるのだろうか。


 私は黒川さんにお礼を言うと学園内のロータリーで車を降り、靴箱に向かった。道中は、誰にも会わない。

 出来るだけ、人の接触は避けたいので、非常にありたがい。


 靴箱まで来ると、やはり生徒の大半学校に入っている事が分かる。

 外靴を脱いで自分の上靴を取り出すと、その重さに違和感を覚えた。

 中を覗いてみると、そこには画鋲が敷き詰められいる。それらは尖り光る先で私を見つめ、嘲笑っていた。


「これ、イジメの始まり?」


 まぁ、画鋲程度なら...ね。

 取り出せば良いだけの話だから。でも、この画鋲の後処理がなぁ...どうしよう。


 とりあえず画鋲を全て手持ち袋に入れ、靴に足を入れた。

 このままじゃ、外履にも何されるか分かったもんじゃないね。


 外履も袋に入れ、私は早足で教室へと向かった。



 画鋲...どうしようかな。

 リリアーヌ先生に渡しても良いけど、事情を話したってイジメ自体がどうにかなるわけではないだろうし、面倒だ。後で燃えないゴミにでも出しておこう。


 教室に入ると、大勢の生徒の視線を浴びた。

 それを全て無視すると、私は自分の席についた。

 和宏さんもジャパニーズプリンスもいたが、話しかけてはこない。うん、静かな方が良い。


 私は荷物を片付けると、椅子に座って本を読み始めた。



 それから、日を重ねる毎に私に対するイジメは酷くなっていった。

 始めは画鋲だったり荷物隠しだったりの可愛いものだったが、段々、私の私物を壊したり、ゴミ箱に捨てたり、屋上から投げ捨てたりもし始めた。勿論教師も見て見ぬふり。仕方なく、私物は常に持ち歩く事にした。


 この可愛らしいイジメの主犯は、1-Aの女子リーダー格でもある鳳翔 麗華ホウショウ・レイカさん。と、その取り巻き。


 麗華さんは和宏さんの事を好いており、あの鳳翔グループのご令嬢様だ。

 和宏さんに懐かれ、その好意を蔑ろにしれ蹴り飛ばした私に敵対心を抱いているようだ。まぁお嬢様らしいといえばお嬢様らしいイジメを仕掛けてくる。


 痛みには慣れたが、メンタルは強いわけではない。

 これでもガラスオブハートだ。


 故に、黒川さんと一緒に過ごす時間がとても待ち遠しい。優しい言葉をかけてくれる黒川さんが、この学園に入ってから大好きになった。



 勿論、学校なのだから「部活」がある。

 勉強は楽勝だから、イジメを耐えれば学園生活はすぐに終わる。黒川さんは快く部活を許可してくれたので、私は剣道部を探す事にした。


 中学校の頃とは比べものにならないほど大きな武道館。

 武道系の部活は、剣道部、柔道部、弓道部があるが、どの部活にも女子はいない。まぁ、いない方が好都合。黒川さんは嫌がるだろうけど。


 放課後、私は剣道部に見学に行った。

 とても背の高い男子達が袴と防具を身にまとい、竹刀を振っている。

 その剣捌きは力強く、何か光るものがあった。流石高校剣道。中学校とはレベルが違う。


 まだ面をつけていないから、部活の人達の顔がよく見える。流石お金持ち学校、イケメンの多い事多い事...くそっ。


 私が覗いている事に気がついた先輩がおり、彼は笑顔で駆け寄ってきた。あらイケメン。絶対に碌な奴じゃない。こらそこ、偏見とか言わない。


 黒髪の侍といった風貌の先輩だ。私は彼にお辞儀をする。

 すると彼は顔を高揚させて、他の剣道部員に呼びかける。


「ヤバイ! 可愛い子が来た! 誰の妹?!」


 あ、あれ...?


 他の部員は竹刀を止めて、私の方へと走ってくる。

 止めろ止めろ、この部活絶対に碌な奴がいないぞ。


 そんな私の心も彼等はつゆ知らず、黒髪の先輩が自己紹介を始める。


「俺ッチは! この剣道部部長の神楽坂 浩司カグラザカ・コウジだ。んで、お嬢ちゃんは誰の妹? 凄い可愛いじゃん!」

「アー...私は誰の妹でもないです。剣道部があると聞いたので、見学にーー」

『よっしゃああああ!!』


 突然、剣道部員が歓声を上げる。やっぱり帰ろうかな...。

 そんな興奮気味の部員達を、神楽坂先輩は諌める。


「静まりたまえ諸君。お嬢さんが怖がるでないかぁ。それで...え、名前とクラスは?」

「黒川 佐凜と言います。クラスは、1-Aです」

「まさかの格上クラスか...」


 神楽坂先輩はOh...と頭を抱え、私の顔をジッと見つめた。


「き、君...剣道部に入ってくれるのかい? こんな女っ気のない部活に、華を咲かせてくれるのかい?」

「ぜ、善処します...」


 しかし、私のクラスを聞いてから部員達は声を潜めて作戦会議を始める。

 本当に学年最高峰のA組生徒を自分達の部活に入れても大丈夫か、こんな場所に良い所のお嬢様をぶち込んでも大丈夫かーー大丈夫です、私剣道大好き。


「まぁとりあえず、部長の俺ッチと話をしよう。ええっとー...部室にどうぞ」


 私は一礼して武道館に足を踏み入れた。


 武道館には各部活に二十畳ほどの部室が用意されている。かなり快適な環境で、部活に取り組めるわけだ。

「玲海堂学園」は部活動に積極的に取り組んでおり、いずれも好成績を残しているらしい。


 剣道部の部室は清潔感を保っており、荷物も少なかった。床は畳で、何だか懐かしい匂いがする。

 神楽坂先輩がお茶を出してくれたので、ちゃぶ台に座って話を始めた。


「まずは、サリンちゃん剣道した事ある?」

「はい。幼い頃から、剣道を嗜んできました。一時期竹刀を手に取らなかった時期はありましたが、今は大丈夫です。バリバリ大丈夫です」

「んー、編入生の子だよね? 俺ッチ、君を見た事ないよー」


 神楽坂先輩は頭をかきながら畳に寝転がる。


「えぇ。今までは普通の中学校に入っていて...高校から、この学園に」

「ふーん。でもAは凄いなぁ...俺ッチの家も突然成功してさ。それでもCなんだぞ」

「そうなんですね」

「そうそうっ」


 それから学園の剣道部の業績やら、練習メニューやらを見せられて、いかに自分達の部活が素晴らしいかを力説された。

 元より剣道は好きなので、共感できる部分は多々見つかった。

 神楽坂先輩含む「玲海堂学園」剣道部の人間にとって、女の子で剣道というのは非常にレアらしい。レアモンスターらしい。


「それで! 入ってくれるかい? 俺ッチ達の剣道部!」

「はい。勿論です!」


 この学園に来てから初めて、楽しみな事が出来た。

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