参拾参
入学式が終わり、私達一年生は音楽に乗せられて、ホールを出た。
何故だか吹奏楽部ではなく、本場のオーケストラが演奏をしている。てっきり生徒達が演奏しているものだと思っていたが、流石お金持ち学校。
普通の高校のイメージと重ねてはならない。
もう私は「マトモ」な世界にはいないのだ。
そんな思いつめたような私の様子を、ジャパニーズプリンスは心配そうに見ていた。彼は見た目は高嶺の存在であり、一見すると目つきが悪いが、優しい人だ。
教室まで戻ると、リリアーヌ先生は私達を席に座らせた。
「ハーイ皆さん、この学校の校則は、『生徒手帳』を事前に渡しているので、確認しておいてください。そして、この学校にはある特殊な”制度”がありまーす」
先生は楽しそうに言う。生徒手帳はある程度読み込んでいたが、若干甘い事以外は他の学校と変わりがなかった。「制度」とは何なのだろうか。
「それは、『玲海堂カースト』です」
リリアーヌ先生の言葉で、私の血の気は一瞬にして失せた。今彼女は何と言った? 「玲海堂カースト」? 確かに学校には格差がある所もあるが、このお金持ち学校もそうなのだろうか。しかも、教師公認のカースト制度だなんてーー
「クラスによって、ランクは分けられます。皆さんは『A』ランク。つまり、学年での最高峰です。要は、好きに人を蹴落として結構というわけです」
「先生、それは『イジメ』になるのでは? 一定の生徒が権力を持つと、あっという間に学校が...」
「西園寺くん、これは、貴方達のためなのですよ。将来皆さんは、日本を担う大切なエリートとなります。綺麗事だけでは何もできないのですよ。この学園は、そんな人生を縮小した場所です」
知らなかった。学園の評価も高いし、パンフレットにもそのような供述はなかった。しかしクラスの多くの生徒達が、その事を理解し、何の疑問も持たず飲み込んでいるのが不思議でならない。
「人を蹴落とすもイジメるも、皆さんの自由です。我々教師は放任主義なんです。手助けなんて、命が危険に迫らない限りはしませんので、ご注意を...そろそろ、終業です。明日から、どうぞ宜しくお願いしますね」
チャイムが学校に鳴り響いた。まだ状況が上手く掴めなくて、私は一人で頭の中を整理する。この学校の制度...
「1、クラスによって生徒のランクが分けられる」
「2、イジメも蹴落としもオーケー」
「3、それ等は教師達も許容する」
うん、どういうこっちゃ。
「ねぇサリンちゃん、この学園、変な制度があるねー。中等まではこんなのなかったんだけど」
もう自由に帰って良いと分かると、和宏さんはすぐさま私のもとへやってきた。
何故私に言う! その可愛らしい取り巻き達に言ってくれ!
「そ、そうですね...では、私は失礼しmーー」
「えー、もう少しお喋りしよう! お願い〜」
「...いえ、遠慮しておきます。怒られますので」
「何で僕と喋ると怒られるの?」
和宏さんはムッとした表情を見せ、立ち上がった私の腕を掴んだ。
取り巻きの女子達は腕を組み、後ろから私に憎々しげな視線を送ってきていた。ジャパニーズプリンスはすぐに仲介に入る。
「おいランス、彼女が嫌がってる。止めてやれ」
「...聡、僕と話すのが嫌な人間はいないって、この間言ってたじゃないか」
「この間の撤回。やっぱりいるわ。本当すまん」
ジャパニーズプリンスは、私に向かって頭を下げる。はぁ、我儘な幼馴染を持って大変ですね。
「別に良いです。...離してください」
和宏さんは、腕を掴んだまま私にウルウルした瞳を向ける。
一体この表情に、何人の女達が堕ちてきた事か。あぁ、考えるだけで寒気がする。
私は我儘な人間が嫌いだ。嫌悪の対象であり、生理的に受け付けない。
例えるのなら、そう...リビングなどの出没する黒い「G」。あれだ。世の自己主張の激しい方々には申し訳ないが、私の中では「G」とそれは同等の価値だ。
いつまで経っても彼は私の腕を離す気配がないので、流石の私もキレる。
和宏さんの腕を今度は私がガッシリと掴み、剣道で鍛えられた圧力で圧迫した。彼は一気に表情を変え、痛みに襲われた。これだけでは懲りないだろうと思い、私はそのまま蹴飛ばしてやった。
案外彼は軽く、やすやすと机と椅子を巻き込んで、数メートル先まで滑って行ってしまった。先生がいなくて良かった。
他の生徒達は恐怖を表向きに顔に表し、取り巻きの女の子達はすぐさま和宏さんに駆け寄った。
ジャパニーズプリンスも急いで彼を容態を確認した。
「く、黒川 佐凜! いくら何でもやりすぎだ!!」
ジャパニーズプリンスはそう叫ぶ。和宏さんは気絶しているだけのようだっだ。
「これが『玲海堂カースト』じゃないんですか? 弱い者が堕ちて、強い者が君臨するのがこの学園じゃないんですか? 金持ちだろうが関係ない。...私に関わるな」
私は一瞥して、教室を去る。久しぶりに怒りが湧いてきた。
久しぶりにあんな重低音の声を出したよ。
後藤さんに空手もある程度教わっていて正解だった。明日からの学園生活が危険に陥りそうだったが、仕方ない。
私ならきっと、一人でもやっていける。
これは、私が悪いのかな? カッとなって手を出してしまった。
あぁ、普通私が悪いか。まぁ、もう恐いものなんて、失うものなんて何もないから、どんな金持ちだろうが一向に構わない。
私の人生を終わらせてくれるなら、どうぞご自由に。
「サリン、挨拶、良かったですよ」
何故だか、黒川さんの笑顔で愛おしく感じた。




