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弐拾玖

 

 試験場に行くまでの道のりは、車でざっと五分ほど。

 こういった試験の類は初めてだったので、緊張で胸がドキドキする。


 昨日も徹夜で勉強したから、きっと大丈夫なはずだ。

 とは言え、お金持ち学校だなんて気が引ける。友人が出来る確率が、もう小数点までに達してしまった。黒川さんめ。



 リムジンの中でも、私は参考書を開いて勉強をしていた。

 ただ、心臓の鼓動の速さが凄くて、全く頭に入らないんです。あぁ...緊張するなぁ。


 他人事の黒川さんはただ微笑んで、「サリンなら大丈夫ですよ」と優しく言葉をかけてくれた。一体何の根拠であってそんな事を言い切れるんだよ。

 まぁ、自信がないわけではない。


 ...私ならきっと大丈夫。


 そう暗示をかけておく事にしよう。



 服は、中学の制服を着ていく事にした。

 黒川さんはオートクチュールの特注品を着せたがっていたが、もしそんなものを着たら、後五時間はファッションショーになってしまうので断固拒否をさせていただきました。



 そして私は、試験場である「玲海堂学園」を見て絶句した。容貌はまるでお城のようだ。

 背の高い真っ白な壁に、いくつもの尖塔が立ち、扇型の窓には日の光が差し込んでいる。広大な土地を有し、清々しい噴水が真ん中に立っていた。

 その周りを私の乗るリムジンはグルリと回り、やがて止まった。


 怖くなってきた。

 試験・・が、ではなく学校・・が、です。

 何だよこの場所。私中世ヨーロッパにでもタイムスリップしたかな?


「サリン、本当は会場まで一緒に行きたいのですが...丁度急な用事が入ってしまって...本当に申し訳ありません」

「...いえ、別に良いんですよ」


 いつもなら、黒川さんは来なくても良い。無駄に整った容姿の力で、ただ人の目を引くだけだ。

 だが今日は、是非とも来ていただきたい。この魔物の巣窟とも言える学園に、一人で乗り込む勇気は私にはない。


 お嬢様とかお坊っちゃまとか、正直苦手だ。勿論良い人もたくさんいるだろう。

 でも、でもね! それでも怖いんだよ!



 私は車から降りて、少し深呼吸をした。

 高校編入だから、今日試験を受けに来る生徒は多くないだろう。だからきっと、大丈夫なはずだ。


 学園故に、小、中、高、大と、同じ敷地内に学校があるわけだが、今は授業が行われている時間帯。

 試験が終わった頃には、彼等もきっと終わっているのだろうが、出会わないようにそそくさと帰れば良いだけの話。


 人は見かけない。きっと授業中だからだ。

 時計を見ると、試験開始までまだ三十分もあった。これなら、試験会場でも少なからず勉強が出来る。


 中に入ると、私は気絶してしまいそうになった。

 豪奢なシャンデリアに校章の入ったどデカイ床、一応玄関ホールのようだったが、これは予算を使いすぎじゃないかと思う。そこにあるプラスチック板の地図を見て、私は試験会場を探した。


 ようやく見つけたと思えば、そこは五階。学園の最上階だ。気づかれないようにこっそり行こう。



 嬉しい事に、道中は誰とも出会う事はなかった。心して試験会場の扉を開けると、案外人が集まっている。

 互いに言葉を交わし、はにかむ笑顔も見えた。良かった、誰も私に気がついていない。

 ...誰も気づくなよ?


 席の一番後ろに座り、私は参考書を開いた。どのくらい経ったのかは分からないが、会場に教師らしき男性が入ってきた。容姿の良いスーツ姿の男。女子達は黄色い悲鳴をあげるが、騙されてはならない。

 イケメンは碌な奴がいない・・・・・・・んだよ! 

 私はそれを身に染みて実感してますからね!


「今から試験を開始する。適当な席につけ。あと、本も回収だ」


 彼はスタスタと歩いてくると、私の手に持っていた本を強奪した。ちゃんと後で返してくれるのなら良いのだけど。


「俺は、今日の試験官の成宮ナルミヤ サイだ。ナルミーでもサイでも先生でも、好きに呼んでくれたら良い」


 成宮先生、か。

 石井先生のような人でなければ良いのだけど。

 そう言えば、あの組とのトラブルとかは起こってないのかな? 起こってなければ良いのだけど。


 私は成宮先生の話を聞きつつ、さっきの本の内容を思い出そうとしていた。


「この学園の入学試験は、ちょっと他と違う。最初に全五科目のテストが配られて、後は時間内に全部解けば良い話だ。終わったら手ぇ上げろ。今から一時間だ。そんなに量はないから、まぁ気ままにやれよ」


 成宮先生はコッソリ、「お前等の入学は決定事項だがな」と付け足した。

 それは、恐らく彼の一番側にいた私にしか聞こえなかっただろう。嗚呼恐ろしい。

 きっとお金の力だ。


 問題用紙と解答用紙は、不正のないように先生が一枚一枚配るらしい。私は最後に配られたのだが、そのテスト用紙には水色の付箋がついていた。何で気づかないんだと思いつつ、試験開始のベルが鳴った。

 皆一斉に試験に取り掛かる。私もシャープペンシルを手にして、国語の一つ目の問題を解き始めた。


 しかし、二十分もかからずに全ての科目の問題を解き終わってしまった。

 私のあの受験勉強の日々は何だったのか。

 非常に簡単だ。この程度なら受験勉強なんて必要なかったのに。


 確かに、入学が確定している事は分かったよ、黒川さん。

 いやぁ、それにしても、入学してからの通常試験でもこんな調子だったら、学年一位とか簡単だ。


 見直しも終わったので、私は手を挙げる。すると、成宮先生は酷く驚いた様子でこちらにやってきた。


「もう終わったのか?」

「...はい」

「この付箋...」

「あぁ、分かってます。解答用紙と一緒に持って行ってくださると...」

「そのつもりだ。お前、もう寝てて良いぞ」


 先生に許可されたので、私は机に突っ伏して睡眠状態へと入りました...嗚呼、受験勉強の疲れがどっと体に押し寄せてくるよ...。


 授業終了と試験終了のベルが同時に鳴り、私は飛び起きた。

 もう少し寝ていたかったが、仕方ない。


 それより、早く帰ろう。この後はもう昼休みに入る。

 在学生が出てこないうちに、早く帰ってしまわないと。


 きっと、黒川さんは迎えに来ている事だろう。外に出たら、すぐに車に乗り込む。


 成宮先生が「今日はもう終わりだ、帰って良いぞ」と言うと同時に、先生の所で本を取り戻すと、私はダッシュで外へ飛び出した。


 今思えば、ゆっくりと歩いていれば良かったとつくづく感じる事となった。

別にイケメンを否定しているわけではないですハイ。...ごめん

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