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弐拾捌

 


 それから私は、何らトラブルに巻き込まれる事なく平和な学校生活を送った。

 黒川さんも、学校内のコミュニケーションは許容してくれるようになり、友達は出来なくても話す事は出来た。石井先生はあれから行方不明だ。だが彼等も、私をまた誘拐しようなどという動きもみられなかった。

 そして、結局誘拐の理由と、後藤さんが何をしたかは分からず仕舞い。


 ところで...私はこの頃、現実的な内容について真剣に悩んでいる。

 それは「受験」についてだ。

 もう私は中学三年生。あれから滅多に休まない真面目な生徒で安定している。が、


「黒川さん、貴女は二年生の時に一ヶ月以上も休んでいる。まぁ、いじめだとかそういう問題もあるだろうけど...これだと公立の受験は難しいわ」


 生徒指導の先生は、私に現実的な言葉を突きつける。

 黒川さんに「警察にサリンの事がバレたから一ヶ月学校を休め」という理不尽な要求をされた時の奴か。


 そう、もう義務教育の時代は終わる。永遠にこのままでいられるわけがないのだ。


「でも、成績はとても良いわね。期末も満点でしょう? 三流や二流になるかもしれないけど、そこら辺の高校なら主席で入れるわよ。...黒川さん、貴女、将来の夢は持っていないの?」

「えっ...?」

「だって空欄になってる」


 先生は、事前指導のアンケートを手でヒラヒラと振った。私は目線を下に落とし、小さくつぶやいた。


「...夢なんてないです」


 どうせ、就職さえもあの人は許してくれない。絶対にヤクザ関係につかせるか、ずっと監禁だ。

 夢なんて、元々なかったし。

 今までの私は『今』を生きる事に必死だった。未来を夢見る余裕なんてなかった。今も勿論ーー


「そうね...まぁ、生きて行く過程でそれは見つければ良いわ。貴女は家庭の問題もあるから...私も出来る限り応援するわ」


 私はこの先生が大好きだ。

 私のために相談事を聞いてくれたり、辛い時に寄り添ってくれたりした。事情は詳しく話さなくたって、的確なアドバイスをくれたし、何といっても心優しい女性だ。


 私もすっかり身長が伸びーーと言いたい所だったが、何故か160㎝止まりだった。

 もう成長期は終わってしまったようだ。しかし、身長の高い黒川さん曰く、「それくらいが丁度腕の中にすっぽり入る」という事なので、まぁ良いだろう。無理に伸ばそうとも思わないし。剣道もこれくらいが丁度良いし。


「ありがとうございます...」

「そうだ、貴女何でプール授業に出ないの? 体育成績5だけど...」


 プール授業は正直出る事が出来ない。腕に黒川家の紋章が刻まれている。私の学校は基本、水着の上に何かを着てはいけないので、どうにも隠せないのだ。

 それに、黒川さんが嫌がってたし。


「まぁ良いわ。個人的な問題だものね。でも、泳げなきゃダメよ?」

「大丈夫です、クロール程度なら完璧...」


 将来海に行く事もないだろうけど、私は一応泳げる。


「先生、今の私がいける最高の学校は何処でしょうか?」

「この近辺だと、やっぱり『神楽坂第二付属高校』になるでしょうね。あそこなら、将来的にも心配ないし、入学規定も甘いわ」


 *


「神楽坂第二付属高校」やその他の高校のパンフレットをもらって、私は家に帰った。

 三年生なので、もう部活はない。かなり寂しい。


 銃で撃たれた肩も痛まなくなり、ようやく平穏がドアをノックし始めたのだ。もう邪魔されたくない。


 聞いた話によると、「神楽坂高校」は全国から優秀な生徒をかき集めている様子で、『とりあえず頭良くて校則守れていれば良いよ☆』というような学校だ。故に、頭の良いヤンキーやギャルもゴロゴロいるだろう。黒川さんはそんな学校、許してくれるかな?


 同級生達が、笑顔で前を歩いていく。お互いに進路指導の結果を言い合って、お互いに笑い合っている。

 私も、高校ではあんな友達が欲しい。黒川さんなんかに束縛されたくはなかった。

 いや、贅沢は言えないな。

 本来なら黒川さんは、私の高校進学を許すはずがないのだ。それを、私を中心に後藤さんと桜桃サクラさんの必死の説得で、どうにか許容されているのだから。


 そんな事を考えていると、車のクラクションが聞こえた。かなり大きな音だったので、驚いた振り向いてしまった。他の同級生達も、同じく振り向いた。そこには、黒塗りのリムジン。


「く、黒川さん...」


 私は苦笑を浮かべながらリムジンに近寄った。助手席には黒川さんが笑顔で座っている。

 同級生達は、このリムジンの持ち主の事を恐れ、急いで去っていった。


「どうしたんですか?」

「進路の事を一早くサリンと話したかったのですよ。どうぞ乗ってください」

「はい...」


 黒川さんは助手席から出ると、後ろのドアを開け、私を中へ誘った。

 いつもながらの紳士的な対応だったが、何だか何かを企んでいる目をしている。この目をしている時は、いつも何かしらが起こる。覚悟しておかなければ。

 私が中で座り、黒川さんも隣に座って笑みを浮かべると、リムジンは再び発車し始めた。いつもとは違う道を通ち始めた頃、黒川さんは私の膝の上に手を置き、耳元で囁いた。


「そろそろ終止符を打ちましょう、サリン」

「終止符...? どういう事ですか?」

「どういう意味って...サリン、自分とお別れする覚悟はできていますか?」

「...殺す、という事ですか?」


 私を言葉を聞くと、彼は笑顔で銃を取り出し、もう片方の手で私を抱き込んで頬を触った。


「そんなわけ。冗談ですよこれは」

「銃刀法で捕まりますよ」

「私はバレないから大丈夫です。警察にも知り合いは大勢いますからね」


 警察に知り合い...というのは冗談には聞こえなかった。よくドラマや何やらで、警察とヤクザは裏で繋がっているなどはあるが、この人はそのフィクションであるべき事を現実化してしまっている。いつもながら、とんでもない人だ。そして銃を早くしまってほしい。


「あの...それで、進路の事なんですが...」

「あぁ、どうせ『神楽坂第二付属高校』辺りを勧められたんでしょう?」

「はい。私にはそのくらいしかないので...」

「何を言っているんですか? サリンには〜私がちゃんと学校を用意しておきましたよ。あぁそんな顔しないで。普通の学校ですよ?」


 黒川さんは自分のバックの中からパンフレットを取り出した。「玲海堂学園」と書かれた、豪奢なモノだった。中をパラパラとめくると、私はある事に気がつく。


「って、これ有名なお金持ち学園じゃないですか...!」

「そうですよ。何か問題でも?」


「玲海堂学園」は、全てが全て優秀で、完全にエスカレーター式な学園だ。

 令嬢、令息様様の通う学校。庶民の私には決して踏み入る事の出来ない領域だ。本当に止めてほしい。確かに学園だが、中学や高校から入る事だって可能。とりあえず、お金さえあれば入れる理不尽さ。家からは近いか遠いか分からないが、黒川さんならきっと車で送り迎えするんだろうな。


「えっと...私は入学出来ないんじゃないですか?」

「サリンは自覚してないかもしれませんが、『お嬢様』ですよ? お金だってたくさんあります。お金さえあれば入学出来るので、ご心配なく」


 それならば別に構わない。学校に行けるのならーーしかもお金持ちの通う名門校ならば、変な奴に絡まれる事はないだろう。私の、友人が出来る確率はかなり落ちたが。しかし、黒川さんが何で共学校を選んだのか分からない。彼ならきっと、女子校を選ぶと思っていた。文句は特にない。


「わ、分かりました...受験はいつ頃ですか?」

「一月です」

「早いな...でも、まだまだ時間はたっぷりですね。満点取りたいなぁ...」

「サリンならきっと取れますよ。楽しみにしていますからね」


 黒川さんは、入学手続きを全て済ませた。滑り止めについても一応聞いておいたが、入学は確定事項のようで、入学テストはあまり関係ないとの事だった。しかし、手を抜くわけにはいかない。絶対に満点取る!

 残念ながら、この学園の赤本はなかった。なので、今まで習った事を一から復習しなおさなければならない。それからは私は、黒川さんを適当にあしらいつつ、受験勉強に徹した。

 黒川さんはもう泥酔する事なく、必死な私を尻目にベッドの上でゴロゴロしていた。


「サリンー早く寝ましょうよー」

「今勉強中です。先に寝ておいてください」

「私、サリンがいなくては眠れないんですが...」

「じゃあ寝なくて良いですよ」


 黒川さんの扱いにもようやく慣れてきた。あまり長く注意していると、拳銃を突き出してくるので、今は勉強を止めておこう。そして、黒川さんが寝付いたらまた始めよう。やるからには徹底したい。

 そして、受験当日がやってきてしまった。


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