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弐拾漆

 



 黒川さんが何故あんなにも上機嫌だったのか分からない。

 私は、「父は生きているのか?」と質問し続けた。

 腕一本切り落とされる事は承知していたというのに、あのご機嫌っぷりはどういう事だろう。勿論、残念など一切思っていない。逆に安心だ。それと同時に、不穏も感じる。


 私が今気にかかっている事は、もう一つある。

 それは、私が石井に撃たれた後の事だ。

 確かあの後気絶して、気がつけば後藤さんの車の中で横たわっていた。後で彼に聞けば良い話だろうが、生憎そんな時間も技術も持っていなかった。というか、後藤さん自体私の事警護していないんじゃないかとも思う。黒川さんがかなり信用している人物でもあるから、きっといる分にはいるのだろうがーー何だか可哀想に思えた。


 黒川さんはかなり酔っているようだった。顔を真っ赤にして、目がうつろになっている。

 今部屋の床には、お酒の空き瓶が散らかっていた。たくさんの種類の世界の高級ブランド品がーー


 一応水で薄めているとは言え、何本飲んでるんだこの人...!! お酒の匂いが部屋に充満して、私まで酔ってきた。急いで窓を全開にして、外の空気の中に迎え入れる。

 すると、黒川さんは酔った様子で、私に言葉を投げかけてきた。


「サリン...どうしたんですか?」

「いえ、空気の入れ替えです。...もうお酒は飲まないでください。寝た方が良いです」

「うーん...サリンの注ぐお酒は何杯でも飲めますよ...」

「でもダメです。明日のお仕事に支障をきたします」


 私は急いで黒川さんに駆け寄り、酔ってフラフラになった彼の肩に手を回し、ベッドまで連れて行った。

 真っ白なシーツの上に横たわるtp、真っ黒な髪が乱れる。数秒もたたないうちに、黒川さんは小さく寝息を立ててしまった。


 私は床に転がった酒の空き瓶を片付け始めた。朝起きた時もこんな散らかっていたら、きっと不快だろう。瓶の数を数えると、何と十八本。

 明日起きられないのではないかと、切実に感じる。洗面所に行き、私は瓶の中身を洗った。この瓶はリサイクルに出させよう、後藤さんに。


 肩はもうあまり痛まないが、何かに触れたり無理に動かしたりすれば激痛が走る。寝る時は気を付けないと。黒川さんにバレる恐れがある。怖い、それだけは避けたい。まぁ、少なくとも今日は大丈夫だろう。後藤さんに感謝だ。



 瓶を袋の中に入れ、私はシャワーを浴びた。短いようで長かった一日が、全て洗い流されるようだ。

 バスルームの中の鏡を見ると、肩に傷らしきものは一切なかった。触ると痛いが、縫い目も傷跡もなく、他の皮膚と同じようになっている。

 彼の技術は相当なものなのだなと感じつつ、私はタオルで体を拭いた。



 寝巻きに着替え部屋に戻ると、お酒の匂いはさほど残っていなかった。

 濡れた髪をタオルで拭き、私は黒川さんの様子を伺った。寝ている。


 私も眠くなってきたので、洗面所に戻ってドライヤーで髪を乾かす。渇いた空気が髪に拭きかかり、不器用に揺らしていた。自分みたいだ。

 五感が異常に良い黒川さんの事を考え、ドライヤーは一番弱い風で使った。何だかんだ言って、私も黒川さんの事を気にかけているんだなと感じる。

 もしかして、洗脳でもされているのか? あの人の事だから全然否定出来ない。あー怖い。


 しかし、スヤスヤで気持ち良さそうに眠っている黒川さんからは、そんな邪気一切感じられなかった。何だか、久しぶりに笑みがこぼれてきた。私はベッドに潜り込み、目を閉じた。お酒の匂いが鼻を鋭く突いたが、何故だか温かみがあった。


「サーリーンー...?」


 途端に、こちらを向く黒川さんの両目がゆっくりと開いた。まだ酔っている事は確かなようだったが、何故まだ寝ていない組長よ。


「こ、こんばんは...」

「何て心無いセリフを吐くんですかサリンは...」


 ムスッとした表情をして、黒川さんは私を抱きしめた。いつもより優しかった。お酒のおかげだろう。いつもジャンジャン飲ませれば私の扱いもとりあえず良くなるのでは...という考えも頭に浮かぶが、黒川さんが体調を崩してしまってはいけない。

 黒川さんの腕は、ギリギリ私の撃たれた場所には当たっていなかった。


「寝てるかと思っていました」

「私も、寝てしまうと思っていましたが...やっぱりサリンがいないと、私の快眠は得られませんね...もしサリンがいなくなったら、私は不安で不安で、二度と眠れなくなってしまうかもしれません」

「そこまで...」

「抱きしめ心地が良いんですよサリンは。まぁ...麻薬のようなモノですがね」


 嬉しくなどなかった。逆に、「モノ」扱いされた事に違和感を覚えた。怒りまでは湧いてこないが、悲しい気持ちなら若干あった。そんな私の心情を悟ったのか、黒川さんは少し強く抱きしめてきた。


「そんなに私が愛おしいのですね」

「...」

「嬉しいですよ。妹に愛されるというのは、中々良いですね。この上ない安心感というか...」

「そう、ですか...? ...私も黒川さんがいると、安心しますよ...?」


 それは嘘ではなかった。黒川さんがいると落ち着く。居心地が良い。それは事実だった。


「おや、それは心が弾みますね...」

「うーん...おやすみなさい、黒川さん...」


 彼とのお喋りよりも、睡眠欲の方が勝っていた。黒川さんは顔を赤くしながらも笑っていたが、私は眠気に打ち負かされてしまった。

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