弐拾壱
念のため言っておくが、私は女の子だ。
だが、普通の女の子とは違う。
ヤクザの組長の妹になったという事で、護身用としてたくさんの武術を後藤さんに仕込まれた。もし護衛の後藤さんがいない時に事件に巻き込まれたりしたら、自分の身を自分で守るためだ。
いや、ちょっと待てよ...後藤さん! 後藤さん、貴方何処ですか! 仕事しろ!
だが、この鉄の塊は冷たく、私に現実を突きつけていた。
今、私は一人なのだ。
優しく抱きしめてくれる黒川さんも、とても強い後藤さんも、素敵な笑顔の桜桃さんもいないこの場所でーー私は大丈夫だろうか。
誰かに支えられて生きるというのも、案外悪くないものだとは感じている。
人に依存する生活は、今まで父を支えてきた私にとって物凄く新鮮だったし、温かいものだったから。あの人も、こんな気持ちだったのかもしれない。
今父が、何処で何をしているのかは知らない。
けれど、きっと元気でやっているはずだ。そうでなかったら、私は黒川さんを心から恨む事になる。
さて、子供達を残すのが心残りだが、今は此処から逃げ出す事を考えないと。もし私が連れ去られた事が黒川さんに知れたら、一生監禁になってします。それだけは絶対に避けたい。
だから、すぐにこの場所から逃げ出して、シレッとした顔で家に戻らなければ。
そして後藤さんにこの事を伝えて、子供達を助けてもらわなければ
「でも、此処、何処だろう...」
人身売買用の牢屋なのだろうが、見張りもいないし、私のいた場所以外の牢も見当たらない。
あの子達は「売られるの」と言っていたから、一応自分の状態は把握しているのだろう。
幾度か分かれ道があるが、とりあえず真っ直ぐに進んでみる。
途端、前の方から話し声が聞こえてきたので、咄嗟に角に隠れた。
声が近づいてくる。男二人のようだ。
「なぁ、あの箱ってなんだったんだ?」
「分からない。石井様が大事そうに抱えていたからな。相当なお宝か?」
「それなら何であのガキ達のところに置いたんだ?」
あの人...私の入った箱を抱えていたの? 凄いね先生。
さて、このまま角に隠れても良いが、確実にバレる。
ハァ...仕方がない。選択の余地がない。だから、許してほしい。
私は男が横に来たのを見計らい、棒を大きく振り上げて、一人の男の脳天に打ち付けた。
途端に血が飛び散るが、死んではいないだろう。
もう一人は驚いた顔をしながらも、私と距離を取った。
素人なら殴りかかってくるだろうが、彼はそんな事はしない。流石プロ。相手の力量は瞬時に理解出来るようだ。
まぁ...来ないなら、こちらから攻めるまでだけどね!
私は素早く棒を振り上げ、男の足元を狙った。だがーー実戦経験の多いのだろうーー彼は怯まず棒を掴む。衝撃が体に走った。何て力だろう。
彼は棒を持った手をひねって奪おうとしたが、私も同時にそれを振り上げ、無防備な男の腹を蹴った。そして喉元を棒で強く突き、床に押し倒す。剣道って意外と役に立つね。
私は男の腹に足を置き、棒の先を首に突きつけた。
「此処は何処ですか、答えてください」
「っ...『戦嶽組』の高級奴隷用牢だ」
「場所は?」
「と、東京湾付近の倉庫地下...」
「これから先は、誰がいるんですか?」
「組の幹部、組織の人間、客...」
「...ごめんなさい、ありがとう」
棒で衝撃を与え、私は彼の意識を奪った。
今分かった事、此処はやはり『戦嶽組』の所有地。しかも地下。先には...厄介な人がたくさん。後、此処の人間はすぐに情報を吐いてくれる程に薄情。
さて、このままこの棒だけでは物足りないし心細いので、少し彼らの服を漁った。するとどうだろうか、警棒、ハンドガン数丁があった。
全て拝借して、自分の取り出しやすい場所に入れる。
「...進むか」
銃は使った事がない。しかし、使い方なら知っている。今まで黒川さんやら後藤さんやらが使っていたのを、見た事があるからだ。
冷たい黒い鉄の塊は、できれば使いたくない。人を傷つけるためだけに生み出された武器は、私は嫌いだ。




