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弐拾

 



 真っ暗な世界だった。

 目の周りと、手首辺りに何かを巻かれている。

 冷たい空気...そして、窮屈なこの場所。

 私は、何か箱のようなものに詰め込まれていた。両手両足を曲げ、右向きに横たわる。ずっと圧迫されて、右耳が痛い。


 ーー此処は、何処なのだろうか。


 目の周りの布は、適当に巻かれたのか緩かった。

 やはり何か箱の中のようで、隙間から白い光が差し込んでいた。よく耳を澄まし、辺りの音に集中するーー何も聞こえない。此処にいるのは私だけかもな。

 

 次は手の縄を解かないと。

 

 先生は予想以上に適当な性格らしく、手首の縄も緩い。少し強めに左右に引っ張ってみたら、すぐに解けてしまった。こちらとしてはありがたいけど...誘拐犯の自覚、ないんじゃないかな。

 自由となった手を使って、ゆっくりと、音を立てないように、足首の縄も解いた。

 こちらは何故か、かなり強く縛られていたが、解くのに大して時間はかからない。

 

 さて、もう一度耳を澄ます。

 すると、微かに歩くような音が聞こえた。

 息を殺し、高鳴る鼓動に静まれと叫び、強く目を瞑ってしまった。これは不味いーー


 箱の蓋が開く。

 明るい光が差し込んだせいで、眩しくて周りが見えなくなった。すると、甲高い男の子の声が聞こえた。


「人だよ! 女の子だ!」


 徐々に目の痛みが収まり、周りがよく見えるようになった所で私は起き上がった。

 何やら地下の牢獄のようだ。檻があり、壁と床は冷たいアスファルト、天井には何故か近代的なLEDライトがあった。

 牢屋の隅には、数名の少年少女がうずくまっていた。どれも日本人で、私の方に興味深気に顔を向けている。小学中学年程の子供達だ。


「お姉ちゃんも...連れてこられたの?」

「え...?」


 子供達からは、怯えた様子は感じない。彼等には傷も怪我もない。酷い扱いは受けていないようだ。

 とりあえず箱から立ち上がろうとするも、足が痺れて動けなかった。


「ねぇ、此処は何処なの?」

「...私たち、売られるの」

「売られる?」


 先生は、自分の事を「戦嶽組」の幹部だと言っていた。

 つまり、この場所はヤクザ関係の何かという事になる。「売られる」という事は、人身売買系統の一時施設かもしれない。

 しかし、この箱は一体何だろう。

 普通に縄で縛っておけば良かったのに。

 私は箱の淵に手を置き、身を乗り出そうとしたは良いものの、大きく動く度に体が痺れて、動くのが難しくなる。


「大丈夫? お姉ちゃん」


 子供達は心配はしてくれるものの、近づいてはこない。

 まだ私の事を警戒しているのかもしれない。


「ねぇ...此処は何?」


 早く痺れを解こうと、私は痛む部位をマッサージしながら返事を待つ。

 だが子供達は、「分からない、分からない」という言葉を繰り返し、それ以外は答えてくれない。まぁ、彼等も誘拐されたなら、分からなくて当たり前かもしれない。

 戦嶽組の施設とは言っても、窓もないし、格子の外の景色も単調で、こちら側とも何ら変わらないように見える。全く情報がない。どうしよう...。


 痺れが治ったので、ようやく立ち上がる事が出来た。

 薬でも飲まされたのか、まだ体の一部分は鈍って動かし辛い。


「とりあえず、此処から出るか」


 私は箱から体を出して、立ち並ぶ冷たい格子の棒を掴んだ。

 今の所、子供達と私以外の気配は感じない。黒川さんの影響か、神経は常人以上に敏感になった。だから、黒川さんまではいかなくても、ある程度の人の気配は感じられる。そういう事も踏まえると...黒川さんは、人間じゃないかもしれない。

 他には誰もいないし、若干檻も緩い。

 何ですかこの「逃げてください」と言わんばかりのガバガバさは。

 これは...頑張れば一本だけ抜けそうだ。私は平均よりも細身なので、一本抜いたら何とか通れそう。

 

 強く棒を揺らしていると、段々、コンクリートの床に割れ目が入ってきた。

 途端、スッと棒が抜ける。案外簡単に抜けた事と、設計の甘さに首を傾げるしかない。恐らく、子供しか入っていないから、檻の棒を抜く程の腕力はないと考えていたのだろう。


 一応、この棒は持っていくか。武器に出来るかもしれないし。

 正直、この子達を置いて先に進むのは罪悪感が募る。だが、今は仕方がない。許してほしい。

 地味に飛び出た胸が、私が檻から出る事を邪魔したが、何とか檻から抜け出す事に成功した。

 そして、一応子供達に呼びかける。


「皆も、早く逃げるんだ」

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