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拾漆

 


 左腕に印がつけられてから、早一ヶ月。

 長く、退屈な一ヶ月だった。

 部屋から一切出られない幽閉生活。黒川さんが新しい本をどんどん購入してくれたので発狂は回避出来たが、この頃黒川さんの様子がおかしい。


 いや、様子がおかしいっていうかね、何か、変態度が上昇してるわけですよ。


「本当に無防備ですね...」

「すみません、あの、止めてくd「は?」

「何でもないです」


 普通に寝ていると思いきや、手や耳、頬、首なんかを舐めてくる。私が起きていると分かっているくせに、色んな場所を触ってきたりもする。

 うん、犬じゃないんだから止めようね。

 私は、イケメンになら何でもされて良い人間ではないんで。別にときめいたりしないんで。


 色々な事があったが、ようやく約束の一ヶ月が終わった。

 これで再び学校に行けるのだ。

 黒川さんは、「嫌だけど...ほんっっとうに嫌だけど...男に二言はありません」と物凄く悔しそうな顔をしながら私を見送ってくれた。


 久しぶりの青空。

 久しぶりの背中の重み。

 久しぶりの清々しい空気。

 

 嗚呼、やっと勉強に落ち着く事が出来る。


『聞いた? 明美、水羽くんの事』

『あ、マッツーに聞いたよ。まだ行方不明なんでしょ?』


 心を弾ませて登校していた所、私の何メートルか前を歩いている女子の話が、耳に飛び込んできた。

 水羽くん...何でまだ行方不明なの?


『あれだよ、黒川 佐凜の所にさぁ、行かせたじゃん先生』

『あぁ、そうだったね』


 前の女子は、よくよく見てみるとクラスメイトだった。

 制服だから、後ろ姿だけだと中々見分けがつかない。尤も、誰かを見分ける必要なんて日常では存在しないのだけれど。


『噂ではさぁ、ヤのつく人達に殺されたって』

『やだ怖い...でも、黒川さんって今学校来ていないでしょ?』

『うん、何でだろ?』


 その”黒川さん”が後ろにいるとも知らず、彼女達は今季のドラマについて話し出した。

 自分の影が薄い事を悲観しながら、私は空を見上げる。

 綺麗な青空だ。きっと今夜は、月が美しく輝くのだろう。もう十一月になった。冬、と言っても良いくらいの寒さだ。セーラー服の隙間から漂ってくる風は、私の肌に鳥肌を立たせていた。

 結局私は、最後まで前の女子二人に気付かれる事なく学校に辿り着いた。あまり話しかけて欲しくはないが、気付かれなかったのもそれはそれで悲しいな。


 階段を上がり、自分のクラスの教室を少し覗いてみる。

 人がたくさん...もし入ったら、驚きと嫌悪の入り交じった視線を向けられるのだろう。学校には行きたかったが、今、この瞬間が嫌だ。

 私は深呼吸をして後ろのドアを開ける。

 クラスメイトの視線は集まらないが、一部の生徒は気づき、小さく悲鳴を上げる。そんな、人を化け物みたいに扱わないでほしいのだけれど。


 一番後ろの自分の席に荷物を置くと、数名の男子がこちらにやってきた。


「おい、黒川」

「お前、水羽を何処やったんだよ」


 水羽くん、か...。

 よく考えてみれば、帰してもらえるわけがない。

 だって、あんな目に遭って帰ったら、父親が刑事だから、確実に黒川さんが捕まる事になるもんね。私のこの左腕の傷はどういうこっちゃ。


「何か言えよ」

「...」

「黙ってねぇで何か喋れよ!!」


 ドンと肩を押されて後ずさりをしたが、私は喋るわけにはいかない。

 決められた人間以外は、喋る事は疎か、目を合わせる事さえ禁じられているんだ。もしそんな事をすればーー殺される。

 嗚呼、何でそんな意地悪をするの? 私は、何もしていないのに...いや、何もしていないからか。黒川さんを止める事が、水羽くんを逃がしてあげる事が出来なかったからか...。


「おい!」


 胸ぐらを掴まれたので、私の体は反射的に動いてしまった。

 私の制服を掴んだ腕を捻り、同級生の腹を膝小僧で蹴ってしまった。後藤さんに教えて貰った護身術が今役に立つとは。

 それにしても、女子の胸ぐらを掴むのは頂けないなぁ。


「っ!」


 クラスメイトの男子はその場で尻餅をついた。

 ごめんなさい、痛かったね。でも仕方がないんだ。ぶっちゃけ、アンタも悪いんだから。


 周りの生徒達も騒動に気づき、こちらに続々と集まってきた。

 これ以上騒ぎを大きくしたくなかったのに...やっと幽閉地獄から解放されたかと思えば、今度はこれか。後戻りはごめんだ。

 私は黙って引き出しに教科書を入れ始めたが、まだ男子達は絡んでくるようだった。


「おい、お前謝れよ!」

「はぁ?!」


 あ、ヤバイ、声に出しちゃった。

 いや、いやいや、まず先に君が謝ってくれよ、正当防衛じゃないか私は。私も悪いよ? だけど、君が手を出さなければ私も蹴らなかったんだからね?


 途端、教室に誰かが入ってきた。

 クラス担任の、石川 恭二イシカワ・キョウジ先生だ。

 彼は細身な見た目とは裏腹に、黒川さんと同じ隠れ筋肉質らしいが、正直興味ない。男らしい爽やかな顔立ちで、女子達の人気が高く、若教師で結婚もしていないので、同僚の人も狙っていたりするらしい。

 担当教科は「数学」。さて、この人の説明は終わりとして...。


「犀川、お前好い加減にそのくらいにしておけ」

「せ、先生...」


 そうだ、この私の胸ぐらを掴んだ生徒は、犀川サイカワくんだ。

 話したりしないので、あまり覚えていない。

 と考えると、水羽くんは結構喋りかけてくれていた。ただ単に私が『黒川 佐凜』だからかもしれないが。


「黒川ー、お前不登校から復帰したのか。先生嬉しいぞ」

「...」

「おや、無視か。先生悲しっ」


 石井先生は、優しい笑みを浮かべてこちらにやってきた。


「犀川、お前もう二年生だろ。好い加減大人になれ。水羽の件は安心しろ。彼奴はちゃーんと生きてるからな。何か入院してるらしいぞ。今度みんなでお見舞い行こうな」


 先生の言葉に私は安堵する。

 良かった...水羽くんはまだ生きているんだね。本当に良かった。


「黒川、ちょっと先生と話そうな」


 私はそう言われ、先生に誘われて教室を出た。

 嫌な予感がする。



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