佰捌
「サリン、この大広間にいてください。私はこのロリコンと話があります」
「人の事言えへんで、自分」
黒川さんはマッツーをつれて、大広間を出て行ってしまった。
ハァ......とりあえず、一触即発な状態は終わりましたね。漸く。
ううむ......幼馴染か。
まぁ、雰囲気は違えど、同じ世界の人間だしね。「戦嶽組」にはあまり良い思い出がないから、関わりたくなかったし......丁度良いか。
あ、聡、その手に持っているのはどうした。
「いや、喉乾いてるだろうと思って持ってきたんだよ。やっとあいつ等行ったし、これで漸く、お前も楽しめるな。はい、これ」
そう言って、聡は私に飲み物を差し出してくる。良い子だ。愛してる。
......と、口を滑らせないようにしないと。殺される。この会場にいる全員が。
「まさか、黒川さんとマッツーが幼馴染だと思わなかったよ」
「そうだな。というかその呼び方......いいや」
すると、聡は険しかった表情を一変させ、優しく微笑んできた。
「ドレス、似合ってる」
「え、何それ。珍しい」
まぁお礼は言っておく。
黒川さんはな......マッツーに気を取られて、ドレスの感想言ってくれなかったからな......ハァ、これでも女の子だからさ、褒め言葉の一つは欲しいもんなのよ。これでも。
「へぇ、お前が宝石つけてくるとは思わなかった」
「不可抗力である。お宅の栗山さんがつけろって言うから......」
「成る程な。あのメイドか」
早く外したいわ。
いや、綺麗だと思うよ。炭素の塊だけど。
けどね、こんな鉱物なんて、人間みたいなものが容易く手にしてはいけない代物だと思うのです。私は尚更。だからさ、代わりに君がつけてくれないかね聡よ。
と、言えたら良いんだけど......あれ、そういえばランスは?
「あぁ、あっちで飲まれてんぞ。女子に」
「あー」
会場の端の方で、女子に囲まれているランスの姿が見える。
黒川さんとマッツーが出て行った事で大広間のピリピリとした雰囲気が消え、あっという間に元の落ち着いた空気に戻って行った。何とメンタルの強い方々だろう。私だったら即帰るぞ。
「じゃ、組長もいなくなった事だし......踊るか」
「え? 誰が?」
「俺とお前に決まってるだろ。ほら、来いよ。今の内に踊っとこうぜ」
「えー......見つかったら怒られるよ」
まぁ、良いか。
私はそう思い、聡の手を取った。
今日だけ私は自由。何をしても良いと、黒川さんにお墨付きも頂いている。というわけで、今日だけでも満喫します。
大体ね、何故私と踊る必要があるんだ。
今日の主役、巴ちゃんと踊れば良いじゃないか。兄妹なんだし。
「俺は、お前と踊りたいの。......ったく、言わなきゃ分かんないかねぇ」
「......ん? え」
「だから、踊れっつってんの。別に、お前が嫌なら良いけどさ......」
「いやいや。寧ろ喜んで」
「だったら何で拒否態勢だったんだよ......」
だって、ちょっと意外だなって思ったんだもん。
あの聡が、私をダンスに誘ってくるなんてなぁ.......ビックリだわ。
まぁ、黒川さんもランスもいないし、折角だから一曲くらい良いかな。さっきの黒川さんとのダンスで、大分ヒールにも慣れてきたしね。
オーケストラが、再び曲を演奏し始めた。
ゆったりとした、落ち着いた曲だ。
聡は私の手を取り、もう片方の手で腰に触れた。
「聡、一曲だけ。一曲だけね」
「あ、あぁ......」
この格好は流石にまずいかな!
いやぁ、中々ダンスってのは接近しますね。皆さんもそうですけど......普通はこれ、配偶者とか恋人とかでやるもんなんで。
しっかしまぁ、きになるなぁ......辺りの視線が。
って、おい!
他の方々!
何端の方に行ってるんですか! 私達を二人きりにしないで!
と心の中で叫んでいる内に、何かを感じ取ったダンスフロアの人々は、私と聡だけを残して端の方に避けてしまった。
というわけで、聡と真ん中で二人きり。
非常に気まずい雰囲気だ。
ふと視線をランスの方へ向けると、巴ちゃんと一緒にニヤニヤ笑っていた。おのれ謀ったな。
「さ、聡......どうする?」
「どうするっつったって......踊るか。折角広くなったことだし」
「随分と楽観的ですね貴方。黒川さんに見つかる可能性を考えてくださいな貴方」
「”貴方”って呼び方......何か良いな」
「うわ」
とりあえず......どうしようかな。
皆さん期待と羨望の眼差しでこっちを見てるから、逃げようにも逃げられないんですけど。
すると、オーケストラがダンスを急かすかのように、音量とスピードを上げてきた。
途端に聡がダンスを始める。
突然始まった踊りに戸惑いを感じたが、すぐに平静を取り戻した。勝手に始めんなや。
それに、黒川さんともまだ踊ってないのに......本気で怒られそうだぞ。帰宅後に。私が。
まぁ良いや。
流石聡、リードが上手い。
舞踏会の経験がゼロの私でも、何とかついていけている。女の勘で。
「サリン......結構上手いんだな」
「そう? 聡のリードが上手いんだよ」
「そ、そうか......」
少し嬉しそうに聡が微笑んだ所で、曲が終わった。
数分経っているはずなのに、体感数十秒。あっという間だったな......けど、これ以上は怒られそうだから。
「ありがとね、聡。楽しかった」
「おう。また踊りたくなったら言えよ。いつでも相手してやる」
「うん。じゃ、巴ちゃんと踊っておいで」
「何でそうなるんだ......」