佰睦
先に言っておくが、別に私は、大層な身分じゃない。
生まれが特別に金持ちだったり、実は何処かの国の王族だったり、はたまた親が偉人だったりーーそんな事を夢見た時期もあったけれど、それはあくまでも、遠い遠い幻想世界。
私の手の届く場所ではなかった。
そう、数年前までは。
ヤクザ、というと思い浮かべるのは、社会の暗部である。
現代のヤクザは昔と比べて困窮し、数も減ってきているというが、一部は違う。
裏の裏で行き、自らの手を汚す事なく闇を歩く。
そんな”一部”であり、「闇の支配者」なんて厨二臭いコードネームのようなもので呼ばれている男が一人、今、私に跪いている。
「ーー私と踊ってくださいますか? お嬢さん」
おい、何が”お嬢さん”だ。
あ、これも言っておく。
別に私は、イケメンを傅かせて喜ぶ性癖は持っていない。寧ろお断りしたい。
いくら兄と言えど、周りの視線が痛いのだ。辛いのだ。冷たいのだ。
巴ちゃんの誕生日パーティ。
そんな名目はあくまでも建前。
今日の客人の目的は、巴ちゃんを祝う事も勿論であるが、現代版舞踏会に参加する事である。
金持ち共の社交の場ーーそれが舞踏会。
豪奢な服で身を包み、友人関係を広げ、稀に婚約者さえもそこで見つける。
まだ舞踏会なんてものが残っていたなんて......と小さく私はため息をついた。
舞踏会は、その名の通り、舞踏の会である。
そう、踊るのだ。
そこで、冒頭の台詞に戻る。
「ダメですか? サリン」
「いや、私踊れませんし」
黒川さんの笑顔が眩しい。
何だこの美貌は。
殴りたい、この笑顔。
「踊ってこいよ......頼むから」
聡は私から数メートル距離を置き、明後日の方向を向いていた。
どうやら黒川さんの威圧感に耐えられないようだ。
そもそも、黒川さんは先ほどまではあっちにいる金持ち達に、しつこく話しかけられていたわけで。
それに飽きたのか疲れたのか、愛想を尽かしたのかは知らないが、すぐさま戻ってきた。おい、お嬢さん方、もう少し黒川さんを引き止める苦労を負ってください。
「あぁ、オーケストラまで。随分と本格的ですね」
「そーですね......」
すると、続々と大広間に楽器が運び込まれ、”如何にも音楽家です”といった格好をした老若男女が入ってきた。
おお、生オーケストラは初めてだ。
しかし何故だろう、純粋に喜べない。今目の前のいる眉目秀麗男が原因か? あまりの美しさに私の心が拒否反応でも起こしているのか?
「サリン、どうしましたか?」
「いや......やっぱり、踊るのは無理かなって」
よくよく大広間を見てみれは、男性はスーツ。女性は舞踏会でよく着ていそうな、プリンセス風のドレスばかり。
対して私はーーそんな事を全く意識していなかったフォーマルな衣装。
こんな格好で踊れば逆に目立つぞ。私は視線を集めたくないってのに......。
「ほーら、だからドレスに着替えろって言ったのに」
「うぅ......うるさい」
「今からでも着替えてくるか? 猿渡も今は忙しくないと思うぞ」
「そうですよ。絶対ドレス似合いますって。露出控え目のドレスで頼む」
「畏まりました、っと。んじゃ、猿渡呼ぶからな」
か、勝手に話を進めないでくださいよ......ハァ、仕方ないな。
着替えるか。
***
「メイドに準備をさせましょう。栗山」
「はい!」
大広間を出ると、猿渡さんがいた。
何故だか事情を知っている猿渡さんは、ドレスを用意させるためか、すぐにメイドさんを呼んでくれた。
黒川さんも、私のドレスチェンジには意外と乗り気で、若干嬉しそうだった。まぁ、機嫌を直してくれたようで何よりだ。
猿渡さんが呼んだのは、少しそばかすのある可愛らしい少女のメイド。
前髪をパッツンにして長い髪を後ろでくくっており、その色は茶色い。どうやらハーフ系の子のようで、目の色も黄色に近い茶色だった。
私と同い年か、少し下くらいに見える。
「彼女は下働きなのですが、とても服のセンスが良いのです。栗山、黒川様を奥様に部屋にご案内しなさい。既に何十着か用意してあります」
「はい! この栗山、全身全霊をかけて黒川様を可愛くしちゃいます!」
あら可愛い。
一体この人幾つだ? 女性に年齢を聞くのは失礼だというが、二十歳以下なら問題ないものなのだろうか?
いやぁ、本当に幾つだろう。
猿渡さんと別れ、私達は雅さんの部屋に向かう事になった。
その道すがら、栗山さんはこんな事を言い出した。
「黒川様って、本当にお綺麗ですよね」
「あ、え、そう? ありがとう」
「いや、私、お兄さんの事を言ってるんです。誰も貴女の事なんて言ってませんよ」
あ、すみません。
勘違いですか恥ずかしい。
ーーって、普通この流れだったら自分の事だって思うよね?
.....思うよ、ね?
えっ、思わないんだったら大分恥ずかしいんだけど。
ナルシスト乙、とか思われてんのかな? 栗山さんの表情が怖くて見れないよ。
「というか貴女、調子乗りすぎですよ? 聡様とフラット様と親しいからって、自分が可愛いとでも思ってるんですか? とんだ勘違い女ですね」
......あぁ、色々とまずい人に捕まっちゃったな。
猿渡さん、チェンジ出来ますか......?
「【番外編】後藤 謙次の往古」を投稿しました。
こちらは後藤さんの過去編ですね。良かったら見ていってください。