佰肆
少しすると、大広間の準備も終わり、ドレスやタキシードに身を包んだ人達が、続々と入ってきた。
巴ちゃんは「やっぱり、もう一回お化粧直しをしてきますわ!」と笑顔で部屋にすっ飛んで行った。
大広間の飾り付けは豪勢で、まるで王城のパーティに紛れ込んだような気分だ。
五ツ星シェフの作った料理やスイーツ。高級素材がふんだんに使われ、色彩も鮮やか。見ているだけでお腹いっぱいだ。
流石、金持ちなだけある。
「わぁ、凄いね。西園寺家」
「だろ? ...ま、毎年こんなのに金使うなんざ、無駄だと思うがな。豪華にし過ぎだ。友達数人呼んでお茶会でもすりゃ良いのに」
「女の子だもん。仕方ないよ」
聡は誕生日パーティは開かないもんね、とランスが言った。
こういったパーティは、お金持ち同士の社交の場になるのだろうけど、聡はそういった事に興味はないようだしね。
多分、こうやってお姫様のような気分になりたがるのは仕方がない。誰だって、一度は憧れるものだもの。
まぁ私は、ドレスを着たり、たくさんの使用人の人に「お嬢様」呼びされたり...そういう事は別に憧れやしなかったけどね。
元貧乏人からしてみれば、お金をドブに捨てるような真似は絶対にしたくないし。出来る限り節約して生きていきたいんで。
「お金があるって凄いね...」
「お前も十分金持ちだろ」
「”今は”ね」
お金って大事だよ。
*
「ねぇサリンちゃん、サリンちゃんはドレス着ないの?」
「うっ...」
先ほど猿渡さんにも言われた言葉。
ドレスは...うん、使用人の方々が忙しくなくなったら考えようかな!
とは言っても、大広間の準備が終わっても尚、彼等は早足で動き回っている。猿渡さんは皆に指示を出しているし、やはり邪魔するわけにもいかない。
「人に迷惑をかけない生き方をしたいんで」
「それ答えになってないよ」
「何にせよ、私はドレスは着ないからね」
ただでさえ、この服だけでもオートクチュールなのだ。
これ以上の高級品を身につけたら、私はきっと、心臓発作で倒れてしまう。元貧乏人舐めんな。そう簡単に高級素材を肌につけたらね! 死ぬんだよ! 我々は!!
「えー、サリンちゃん絶対に似合うのに」
「良いの。世界が違いすぎるから」
「もうこっちの世界にいるのに...」
ランスは「着てよ着てよ」とせがんでくるが、私は意志の堅い女だ。
そんな上目遣いで見られても、そんな可愛い声で頼まれても、そんな体にしがみつかれても、私は揺るがない。そう、揺るがないのだ。
「おい、ランス、サリンが嫌がってるぞ」
「だって、サリンちゃんのドレス姿見たいんだもん。多分この機会を逃したら、サリンちゃんのドレス姿を見るのは結婚式になるから」
「私、結婚式は白無垢が良い」
って、何でそんな何十年も先の事を言ってんだよ。
結婚か...もし結婚式を挙げるなら、さっき言った通り白無垢が良い。
ドレスってなんか...ね。それに、公衆の面前で口付け、っていうのも抵抗がある。そもそも黒川さんが許してくれまい。
...私の夢、全部「黒川さんが〜〜」で片付いちゃうな。
ま、まぁ! きっと黒川さんも許してくれる人が現れるよね!
「結婚...出来るかな」
私の呟きはどうやら予想以上に大きかったようで、辺りの人がギョッとした目で私を見つめる。そんな目で見ないで欲しい。
すると、聡とランスが余計落ち込むようなフォローを始めた。
「大丈夫、もしもの時は俺が貰ってやるから」
「そうだよ! いや...僕に嫁いでおいで。サリンちゃんなら大歓迎だよ!」
そんな事仰られなくても結構ですよ...まぁ、この二人なら元々親しいし、黒川さんも許してくれるかもしれないな。
とりあえず「その時は宜しく」と返したら、周辺の使用人さん方が嬉しそうな顔で顔を見合わせ始めた。止めろ。
*
数十分も経てば、大広間には百人程の人が入った。
こんな大人数だというのに、大広間がちっとも狭く感じない。寧ろスペースが多いくらいだ。流石金持ち。伊達じゃないよね。
見た事のある大企業の社長さんや、玲海堂の教職員、巴ちゃんのお友達ーー老若男女、様々な人が集っている。
皆さんキラキラと輝いております。色んな意味で。
「私は...果たして此処にいても良いのだろうか...」
「一応、お前も招待客だからな。いて良いぞ」
そういう問題じゃない。
あれ、巴ちゃんまだ来てないんだね。
「あぁ。主役は遅れてくるもの、だってさ」
「サリンちゃん、あのスイーツ美味しそうだよ。一緒に食べに行こうよ」
「一人で行ってこいランス」
「えー」
ランスの扱いが若干雑なのはいつもの事だが、今日はそれ以上のぞんざいさだ。
まぁ、理由は単純明快。
「まぁ、フラット様だわ!」
「フラット様ぁ、私達と一緒にお喋りしませんこと?」
「これからダンスがあるんですけど...踊りませんかぁ?」
「フラット様!」
そう、女子達である。
巴ちゃんの友人の方々は、揃いも揃ってランスに言い寄る。特に今日はいつもよりも女子の数が多い。
故に、私と聡はランスから距離を置く事にしたのだ。女子のランス争奪戦に巻き込まれないように。
「さ、サリンちゃん! ランス! 見捨てないでおくれよ!」
「アデューだよランス。お達者で」
「死ぬな。生きろ。じゃ」
「この裏切り者! このブルータスゥウ!」
大広間の中で一番目立っていたのは、言わずもがな。