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ヤクザの組長に身売り的な事をしたが、どうやら立場は妹らしい【連載版】  作者: カドナ・リリィ
Bad Ending 〜暗闇から逃れる術を、もう彼女は知らない〜
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 ーー西園寺 聡視点ーー



 夏休みが明けると、サリンの様子がいつもと違う事に俺は気がついた。

 イタリアで相当精神的にキツイ事でもあったのか、始終思いつめたような顔をしている。心配だ。


 腕に巻かれた包帯の下にある傷も、かなり酷い。

 ナイフで貫通する程強く刺すなんて...下手すりゃ二度と指も動かなくなるってのに。ったく、黒川 真人には怒りしか湧いてこない。

 いくら妹が大切だからって、それは横暴すぎる。自分の好き勝手にしたいだけだろうに。



 そんなある日の事。

 俺は、黒川 真人に呼び出された。


 そう、あの闇の帝王と名高い、黒川 真人にだ。

 アンダーグラウンドな世界の人間からしてみれば、彼からの呼び出しは嬉しいものなのかもしれない。


 ただ、俺は元より表世界の善良な人間だ。

 ちょっと生まれた家が特殊だっただけで、俺は至って平和を渇望する一般市民だ。

 黒川 真人なんて...ただの恐怖の対象じゃないか。



 呼び出されたのは、黒川邸。

 敷地に足を踏み入れた瞬間から、俺は殺気に包まれた。もう逃げも隠れも出来ない。四方八方がヤクザだらけだ。

 ぶっちゃけ、超怖い。


 案内されたのは客間だった。

 流石に突然刺されたりするような事はないようで、扱いも悪いものではなかった。


 客間に入ってまず最初に目に入ったのは、黒川 真人だ。

 高尚な雰囲気を醸し出しながらも、ソファに深くもたれかかり、足を組んで不機嫌そうな顔をしている。嗚呼、嫌だ。


 とりあえず、自己紹介だ。機嫌を損ねないようにしないとな。


「西園寺 聡です」

「あぁ、お前が西園寺 聡か。へぇ...」


 まるで品定めでもするように、俺の爪先から頭のてっぺんまで見回す組長。

 その綺麗な顔に笑みさえも浮かべず、今度は俺から視線を逸らしてため息をついた。


「まぁ、座れ」


 そう言って、彼は自分の向かいのソファに俺を促す。

 とりあえず礼を言って座らせてもらったが、依然とその気味の悪い空気は変わらない。


「今回お前を呼んだのは、他でもない」

「はい...」


 もうサリンと関わるな、そう言われると思った。


 だが黒川 真人の言葉は、俺の想像の斜め上を行ったのだ。




「次の休日、お前の屋敷にサリンを連れて行き、適当な部屋で、死なない程度に幾つか傷を負わせろ」




 ーーは?


 俺の頭は、どうやらそれ程高性能というわけではなかったようだ。

 この男の言葉が、一言すら理解出来なかったのだから。


「そ、それは...どういう...」

「放し飼いはもう飽きた。なに、少し籠の外で甚振らせて、怖がった所を籠に戻すだけだ。簡単な事だろう」

「それって...サリンをk」

「お前があの子を下の名前で呼ぶな。吐き気がする」


 冷たい視線が俺の全身に突き刺さる。

 嗚呼、この視線だけでも分かる。

 この男に、関わってはいけないという事が。


 それでも俺は、もう逃げる事が出来ない。


 すると、今度は一枚の写真を懐から出して俺に渡してきた。


「これは...?」

「よく見てみろ」

「...っ!」


 驚きのあまり、声すらも出なかった。

 写真の中には、目隠しをされ・・・・・・縄で縛られた家族・・・・・・・・が写っていたのだから。


「お前に拒否権があると思うな。既にお前の家族は、俺の手中にある」


 卑怯者め。


 罵倒と本音を押し殺し、俺は写真を虚ろな目で見つめ続けた。

 何で、何で家族にまでーー


「自分の家族を助けたければ、精々良い芝居をするんだな。銃で撃つなり、ナイフで刺すなり、好きな事をして構わない。特別に、許可してやる。だが、決して殺すなよ。...まぁ、お前には無理か。詳細は、後で後藤に聞け」



 *



 土曜日に、俺は、親友を傷つけなければならない。


 黒川 真人の命令で。


 きっと組長の中では、俺から傷つけられる事で、サリンの他への信頼と繋がりを断ち切るシナリオが出来上がっているのだろう。

 証拠に、ランスは突然国に帰り、音沙汰がない。

 あいつに手は出されていないだろうが、繋がりを残さないためだろう。


 そして、全てを断ち切ったらサリンは、黒川 真人に縋るしかなくなる。


 ”放し飼いはもう飽きた”


 黒川真人は、もう、あいつに自由を与えないつもりだ。


 家族を取るか、親友の人生を取るか。

 嗚呼、俺はサリンに何と言えば良いのだろう。


 俺はーー家族を取った・・・・・・



 細かい設定は、後藤という人が教えてくれた。

 どうやら「戦嶽組」の名前なら出しても良いらしい。まぁ、北条とも知り合いだし、違和感はないだろう。



 そして、土曜日がやってきた。

 俺は後藤という人から、銃をナイフ、そしてトランシーバーを渡された。


「これは、組長からの指示を受けるためのものだ。一応、会話やら映像やらは全て組長に届いてるから」

「はい...」


 俺は今から、親友を殺す。



 *



「え、私巴ちゃん目当てに来たのに」


「そういえば、今日、人が少ないね」


「さーて、折角だから色々と喋りましょうよ聡君」




 ーー止めてくれ。


 それ以上俺に、笑顔を向けないでくれ。



 気がつけば俺は、ナイフでサリンの腹を刺していた。

 両手が真っ赤に染まったのが見えた時は、もう遅かった。サリンは、血を流しながらその場に倒れたのだ。



「嗚呼...なん、で...?」



 やっと絞り出したような、蚊の鳴くような小さな声。

 サリンの目には、大粒の涙が溜まっていた。


 ...それは、苦痛の涙か? それとも、俺に裏切られたからか?


「なぁ、サリン」

「さ、聡...」

「死んでくれよ。嗚呼...やっと、お前を殺せる」


 俺はなんて事を言っているんだ。

 何処かでこの光景を見ている黒川 真人の口元が、嫌味に吊り上がったのを感じる。


「聡...何で? 何でこんな事! 大事な友達だって、親友だって、ずっと一緒だって言ってくれたじゃない!


 嗚呼、なんて俺は罪深いのだろう。

 俺だって親友だと思っていたさ、ずっと一緒にいたいと思っていたさ。

 それでももう...無理なんだよ。もう元には戻れないんだ。


 何故だか分からない。

 だが、魔法をかけられたかのように勝手に口が動き、心にもない言葉を吐き続けやがる。


「友達? あれ、俺そんな事言ったっけ?」

「え...?」

「元々、お前みたいな奴とつるむ気なかったし。ランスはどうかは分かんないけど」

「どういう、意味?」


 銃を突きつけられながらも、サリンの口調は変わらない。


「黒川 真人の妹、黒川 佐凜に近づいて、殺せと俺は命令された」


 そうして俺は、組長のでっち上げた架空の設定を口にし始めた。

 そう、俺は裏切り者なんだ。


 最初からサリンを殺すために近づいて、今やっと、正体を現したんだ。


 それで良いんだ・・・・・・・


「もし、聡が私を殺すために近づいてきたとしても...私は、私は聡を親友だって思ってたよ。短い間だったけど、普通の女の子みたいに学校生活を楽しめて...私、聡に感謝してるから。だから...」


 一体俺は、どんな酷い顔をしているだろう。


 なんなんだよ...こいつ。本当に。


「フッ...自分を殺そうとしてる相手に言う言葉じゃねーよ。礼を言われる義理なんてない。俺は元々、お前を殺すために近づいたんだから」

「それでも...それでも私は、聡が好きだよ」

「俺は、お前のそういう所が嫌いだ。俺より頭が良い所も、無駄にお人好しな所もな」

「そう...でも聡は、私の事が嫌いでも、ずっと一緒にいてくれたでしょ?」

「...なんだよ」


 そんな事言われたら、


 もうお前を傷つけられないじゃないか。



 何でお前は、殺そうとしている相手にそんな事が言えるんだよ。

 何でお前は、自分を裏切った相手にも笑いかけられるんだよ。


 何でお前は、いつもそんなに優しいんだよ。


「俺の家族の心配より、自分の身を案じた方が良い。いや、もう死ぬか」



 ーー嫌だ。


 ーー嫌だ。


 ーー殺したくない。


 何でこいつが、こんな目に遭わなきゃならねーんだよ。

 何でこいつだけ...こんな、全てに否定されるような...クソだ。嗚呼、本当にはクソだ。


 今更、家族のためなんて、言い訳がましい事を言うつもりはない。


 でも、


 ーー俺はこいつを撃たなければならない。



「お友達ごっこも、まぁまぁ楽しかったよ。ランスにも宜しく伝えておく」

「聡...」


 そんな目で俺を見ないでくれ。


 途端、トランシーバーから声が聞こえた。



『そのまま、踏み付けるなり殴るなりして、地面にひれ伏せさせろ。その後で、撃て』


「え? そんな...」


 なんて男だ。

 だが、俺はーー逆らえない。


 俺は唇を噛み、そのままサリンの血だらけの腹を蹴った。

 むせ返り、喘ぎ、苦痛に震える親友。


 ーー今すぐにでも抱きしめたくて。

 ーー自分も同じ目に遭わせたくて。

 ーー苦しみから解放してあげたくて。



 もう・・良いだろ・・・・



 俺はサリンの腹に刺さったナイフを抜き取り、再び銃を構えた。

 殺すなと言われたから、撃つのは腕辺りで良いだろう。


「さ...と、し...」


 もう意識もほとんどないというのに、サリンは最後まで俺の名前を口にする。



 俺は一体、どんな酷い顔をしている事だろう。

 きっと、涙とグチャグチャになっているはずだ。


 もう、サリンの顔が見えない。



「頼む、死んでくれ」



 そうして、俺は、サリンの中の西園寺 聡を殺した。

 銃声の残響が、いつまでもいつまでも、耳に残って離れない。


 ただ目の前にあるのは、親友の血まみれの体だけで。


「サリン...サリン...」


 嗚呼、泣きながら人を殺す裏切り者があるか。


 俺は銃を放り投げ、すぐさまサリンに駆け寄った。

 もう意識はない。

 だが、まだ脈ならばある。


 今病院にかつぎ込めば、命を落とす事はないかもしれない。


「サリン...悪かった」


 こんな言葉じゃ、俺の罪は償われない。


 だが俺はそれだけを残して、部屋を出た。



 裏切り者()には、もうあいつサリンを想う資格はない。






 *






 あれから、七年の月日が流れた。

 俺がサリンに向かって引き金を引いたあの日から、七年だ。


 サリンはいつの間にか後藤って人か誰かに回収されて、もう音沙汰はない。

 黒川邸もいつの間にか取り壊され、「黒川組」という組織自体は存在すれど、黒川 真人の名前を聞く事はほとんどなくなっていた。


 あんな事があったというのに、両親も、巴も、まるで何事もなかったかのように接してくる。

 時々、あれはただの嫌な悪夢だったのでは...と思ったりもするが、現実は残酷だ。完膚なきまでに俺の業を突きつけくる。



 ランスは一ヶ月程すると、国から戻ってきた。

 そして俺の話を聞くと、罵りも泣きもせずに、


「そうか...サリンちゃんはもう、いないんだね」


 と、何かを察したかのように、そう言っていた。

 それ以降、ランスはサリンの事に触れてはこなかった。クラスの奴等もそうだ。

 まるで、黒川・・ 佐凜なんて始めからい・・・・・・・・・・なかった・・・・みたいだ。


 だが、あいつは確かにそこにいたし、確かに俺の記憶の中に残っている。



 そして、七年が経った。

 玲海堂も卒業し、大学も出て、俺は晴れて西園寺家の当主の座を受け継いだ。


 だが俺は、この七年の中で、一度たりとも笑顔を見せなかった。

 見せなかったんじゃない...見せられなかったんだ。


 サリンの最後の表情が、声が、姿が頭から離れなくてーー気がつけば、人と付き合う事さえ止めていた。

 恋愛感情も、この七年の中で少しだって生まれなかった。




 ある日俺は、「世界遊覧豪華客船」なるものに招待され、ランスに半ば強制的に船に乗せられた。

 曰く、


「ずっと疲れた顔をしてるよ! 元気になる良い機会だって! いってら!」


 嗚呼、ランスは相変わらずだ。


 何日かかけて、日本からシンガポールへと向かうらしい豪華客船。

 それからも世界各地を延々と巡り続けるらしいが、俺はシンガポールで降りよう。適当に観光に託けよう。


「西園寺様、お荷物はお部屋へとお運びいたしました。ごゆっくりとお楽しみください」


 深々とお辞儀をするボーイに、俺は話しかける。


「少し酒を飲みたい気分なんだが...ルームサービスを頼めるか?」

「勿論でございます。そうだ、お酒でしたら、すぐ近くにバーでございますよ。あまり人も入りませんので、ゆっくりとお飲みいただけますが、如何でしょう?」

「じゃあ、そのバーに行くとしようか」


 ほろ酔いでもして、そのまま客船内のカジノにでも行くか。


 *


 俺はボーイに言われたバーへとやってきた。

 どうやら穴場のようで、人の少ない場所にあり、客は女一人しかいなかった。


 露出の少ない黒い服を着た女は、バーテンダーの男とは一切話す事もなく、ただ一人で酒を飲んでいるだけのようだ。


 長い黒髪の女。

 その背中からだけでも、サリンの姿を思い出してしまう。


「いらっしゃいお客さん。何飲む?」

「適当にオススメので良い...」


 俺は女から二席程離れた場所に座り、すぐさま作業に移るちょび髭バーテンダーに目を向ける。

 すると何かを思いついたかのように、バーテンダーはこう言った。


「お嬢さん、このお兄さん、中々の二枚目だよ。こんな別嬪を置いてどっかにいっちまう男より、このお兄さんにでも乗り換えたらどうだい?」


 随分と勝手な事を言いやがって...。


「いえ...あの人はですので。...お気遣い、どうもありがとう」


 クスクスと笑いながら答える女の声には、どうも聞き覚えがあった。

 チラリと女を見ると、目が合ってしまった。


 ーー似ている。あいつに。


「あ、あの...お名前、お聞きしても良いですか?」


 すると、女は驚いた顔をしてこう答えた。


「先に、貴方のお名前をお伺いしても?」

「あ...失礼。俺は、西園寺 聡と言います」

「西園寺さん、ですか」


 何処かでお会いした事があるような。


 と続けてそう呟く女。

 でも、俺の事を知らない、か...あいつじゃないかもな。それにしても、本当に似ている。


 声、顔立ち、髪型ーーもしあいつが七年経っていたら、きっとこんな姿になっているんだろうなとも思えてしまう。


「あ、私の名前はーー」

「すみません、ようやく仕事の話が終わりました」


 女の言葉を遮った声に、鳥肌が立った。



 若い、男の声だ。


 俺のすぐ後ろから聞こえて来る。


「もう、いつまで待たせるつもりだったんですか? 一時間くらいずっと飲んでましたよ」

「すみません。貴女を退屈がらせるつもりはなかったんですが」


 振り返る勇気が起きない。


 この声は、忘れもしないーー


 背中に何かが突きつけられる感覚がした。筒状の何かーー銃だろう。

 だが女はそれに気づく様子もなく、笑顔で俺の後ろの人物に語りかける。


「良いですよ。西園寺さんとお話をしたんで」

「へぇ...礼を言っておきます、西園寺・・・ さん」


 体が、動かない。

 えもいわれぬ恐怖が全身を包み込んだ。


「では、失礼しますね、西園寺さん。また機会があれば」


 女は立ち上がり、足早に俺の後ろにいる男の元へと行ってしまった。



 振り返った頃にはもう、誰の姿もなかった。


「いやぁ、お兄さん惜しい事をしたねぇ。名前を聞きそびれるなんて」


 そう言って赤いカクテルを出してくるバーテンダー。

 俺はそのカクテルを一気に飲み干す。

 どうにも、追いかける気にはなれなかった。



 名前を聞く事は出来なかった。


 だが、俺はこの目でしかと見たんだ。



 女の左手に巻かれた、包帯・・を。



一応、これで「Bad end」は完結という形になります。


女の正体やら(もう分かってるでしょうが)、どうして聡の事を覚えていないのか等は、後日譚という事で書かせていただきます。

後日譚の次話からは、「Another end」のルートとなります。

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