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「じょ、上納金ですか...」

「えぇ」


 黒川さんの意味ありげな笑いは、私の背筋に鳥肌を立てた。

 何かを企んでいそうで怖い。


 ホステス達は相変わらず、犬飼さんと黒川さんにどうにか触れようと押し合っているが、何故だかこの空間だけは、私と彼しか存在しないような感覚だった。

 上納金というと、お金等を収める事なのだけど...。


「どんなものかは分かっているようですね。黒川組は沢山の店を持っています。其の中でも、『チェリー』はかなり我々にとって友好的です。ありがたい」

「そ、そうですか...」

「貴女には、私の仕事を知ってもらいたいんです。ねぇサリン」


 黒川さんは、隣に座るホステスが作ったお酒を私に渡した。

 ウイスキーの水割り...いや、私未成年なんですけど。


「飲め...と?」

「いえいえ。しかし、お酒に酔わして私に身を任してもらえれば良いですが...まだそうもいきませんね。サリンはお酒に強そうですし」


 それならその突きつけてくるお酒は何なんですか。

 飲酒ダメ、絶対、ですからね。

 そもそも、私にお酒を飲ませてどうする気だ。お父さんには、未成年がお酒を飲むと脳が溶けるって言われてたけど...うーん、実際の所どうなんだろう。いや、信じてないけどさ。


「どういう判断ですか...」

「まぁ、何方にせよ私は貴女を酔わすつもりですから。安心してください?」


 結局、何がしたかったのだろう。

 ただ単に仕事の一環を教えたかっただけなのかもしれないし、犬飼さんの女好きという本性を見せたかっただけなのかもしれない。

 まぁ、私的には帰りに本を何十冊も買ってもらったから。

 密林みたいな名前のサイトで本をたくさん頼んでもらったから。私は大満足です。



 *



「ふふ〜ん、ん〜」

「随分とご機嫌ですね、サリン」

「はい!」


 私は新しく買ってもらった本を胸に抱きかかえ、ベッドに座っていた。

 よーし、ゆっくり読もう。

 でないとまた暇になってしまう。

 いや...今回は読書感想文でも書いて何処ぞの新聞社のコンテストに応募でもしてみようかな?


「ホント、ありがとうございます」

「いえいえ...サリンの笑顔が見れて、私も満足ですよ。しかし、人の心とは面白いものですねぇ...」

「え?」

「私をこんな気持ちにさせるとは...」


 突然真顔になったかと思えば、そのまま私をベッドに押し倒した。

 強い力で押さえ付けられ、体が軋む感覚がする。本は彼に取られ、床に置かれてしまった。


「あ、の...」

「貴女も随分と悪い子ですよ? こうやって人の気持ちを弄んで...楽しいですか?」

「え...? それは、どういう...」

「どういうもこういうも...」


 彼は仰向けに押し倒された私に馬乗りし、右手で私の首をギュッと締めた。

 片手にも関わらず、徐々に力は強くなっていくーー殺す気、なんですか? 黒川さん...。


「く...ろがわ...さん...やめで...ぁ...」

「私とて可愛い妹を殺したくない」

「ぁ...ぅ...」

「だから、約束してください」


 視界がぼやけてきた。

 酸素が足りない。

 あと少しでも力を入れられたら、私はもしかすると死んでしまうかもしれない。意識が遠のき始め、黒川さんの声が耳に入る程度の感覚しか残ってなどいなかった。


「犬飼 修...いや、それ以外に、私の許可した人間以外とは決して...話さない、目を合わせない、触れないーーと。でないと、私は貴女だけでなく相手もその関係者も殺してしまいそうですから」

「く...ぁ...」

「おや、返事をする所ではないようですね。それでは、Yesなら瞬きを一度。Noなら瞬きを二度してください。後者の場合...私は貴女を殺しますが」


 私は勿論、瞬きを一度。最後の精力を振り絞って。

 しかし、その後全てが黒く溶けていくような感覚がして、私は意識を失った。



 *



 温かい温もりが、私を包み込んでいた。持ち上げられているような感覚だ。

 優しい声と、鼻歌が聞こえる。


「あらサリン、起きたのね...」


 私はゆっくりと目を開けた。

 懐かしい温かさに身体中が覆われて...視界は悪いが、周りを見る事ならば出来た。

 髪の長い女性が、私を抱きかかえている。顔は、天井からぶら下がっている明かりの逆光で見えない。


「ほら...良い子良い子...あなた、新しい毛布を持って来て頂戴な」

「あぁ、良いよ。ほおらサリン、あったかい毛布でちゅよ〜」

「もう、赤ちゃん言葉使わないの。ったく...ねぇサリン、お父ちゃん変よねぇ」

「なっ...うぅ」


 お父さんの声がした。じゃあもう一人は...もしかして、お母さん?


「サリン、貴女にも良い人が見つかると良いわね...」

「零歳にその話をするのか」

「良いでしょ。...ねぇサリン、男の人はね、ちょっと突き放すくらいが丁度良いのよ。でも執着系の人はダメね。色々面倒くさいから」

「と、経験豊富のお母さんは仰っております」


 楽しい会話だ。

 嗚呼、私のお母さん...お父さんからは病死を聞いた。声も顔も、私の記憶には残っていない。だって、本当の小さい時に死んだらしいから。


「サリン、幸せになってね」


 途端に周りが暗くなる。

 全てが溶けた。私を見ていた両親らしき二人の顔も、焼けたように暗く爛れた。


 そして場面が変わる。次は学校の教室のような場所だった。

 私は複数の生徒に囲まれ、嘲笑を浴びせられていた。


「うわ、床に寝てるとかだっさーい」

「貧乏だしブスだし、アンタ本当に取り柄ないわよね」

「遊んであげてるんだから、感謝して欲しいくらいだわ」


 蹴られる感覚がした。でも、痛くない。嗚呼、これはきっと夢なんだ。

 私を蹴っている子達の顔は、真っ黒だった。影のようなもので隠されていた。


「止めて...止めてよ...うぅ...」


 私の口からは、意図せずに言葉が出た。


 また場面が変わる。

 次は真っ白な空間だ。何もない。全てが白。上も横も無限に広がっていた。自分の姿もない。


「此処は、何処...?」

「サリン、サリン、サリン...」



 突然後ろから抱きつかれて耳元で自分の名前を囁かれる。


 私は...夢から覚めた。



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