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ネタがあるのに全部短編は耐えられなかった...



「ほら、さっさと金出しやがれ!」

「今日っつってただろうがボケ!!」

「も、申し訳ありません! ら、来月までには、必ず用意いたしますから...だから...」

「それはもう聞き飽きたんだよ! さっさと返しやがれ!!」


 約十年もの間、毎月のように、こんな光景が続いてた。

 父の苦しむ顔を見るのは、父の涙を流す顔を見るのは、今日で一体何度目だろうか。


 私は、電信柱の影から父の様子をソッと伺う。

 私の名前は、赤城 佐凜アカギ・サリン。所謂キラキラネームという奴だが、特に気にしていない。父と二人暮らしで、母は、私が幼い頃に病気で死んだ。このボロアパートには何年も住んでいるが、普通の人が思う程、悪い生活じゃない。


 私が学校から帰ってくると、時々この人達を見かける。

 刺青を入れていたり、スカーフェイスだったり...巷でいうチンピラとは一味違う。ヤクザの連中だ。

 毎月、必ず一度はやってきて、私の父を殴る、蹴る。

 

 父は、この事を私に内緒にしているつもりらしい。

 だけど、こんなに堂々と暴行されていて、気が付かないわけがないじゃない。借金だけじゃない。

 闇金融からお金を借りている事だって、自営業の小工場が潰れた事だって、新しい仕事場で、リストラにあった事だって...。でも父は、私に心配をかけたくないためか、そんな事を一切教えてくれない。


 父は知らないかもしれないが、私も働いている。

 本当はしてはいけないが...部活に行く振りをして、居酒屋でバイトをしている。店のオーナーは憐れみの気持ちで私を雇ってくれる。とりあえず、バイトで稼いだお金で食費を稼いだり、ちょくちょく家に届く身に覚えのない請求書をさばいたりしている。


 でもね、お父さん、流石に、闇金融から借りたお金は返せないよ。

 子供の私じゃ、いや、例え普通に働いている一般人でも、とても払えるような額じゃない。

 ヤクザの人達の会話を盗み聞いて知った、借金「五億円」の事実。何故こんな事になってしまったんだか...。


 祖父から受け継いだ小工場を維持するために、従業員の人達の生活のために、父は借金をし続けた。けれど、今はこの有様だ。


 お父さん、本当は辛いはずなのに。

 毎月毎月やってくるヤクザの人達に「次は必ず返します」と彼は言う。もう逃げれば良いのに。私が全ての責任を取るのに。

 体で稼ぐ事も考えた。けれど、居酒屋のオーナーにそれだけは絶対に止めなさいと言われてしまったんだ。けど、もう、それくらいしか...。


「そういえば、お前一人娘が居たな」

「あぁ、中々可愛子ちゃんだったぜ」

「殺すか? 娘」

「そ、それだけは...! どうか娘だけは...!」


 震える父を、私は電柱の影から見つめる事しか出来ない。

 父はヤクザからお金を借りている。だからこそ質が悪い。

 調べてみると、「黒川組」という日本で最も権力を持ったヤクザグループから借りているらしい。東京中に蜘蛛のように網を張り、たくさんの悪事を手を染めている組織だ。それを知った時、身震いしてしまった。

 殺人だって厭わない集団だ。このままだと、一体何をされるか目に見えている。


「まぁ、そこら辺の対処は上に任せるかな。何てたって、五億も借金したのはお前が初めてだ」

「今日はこの辺にしておいてやる」

「明日までに、十万くらいは用意しとけよ」


 ゲタゲタと下卑た笑い声を上げて身を引く一同。

 これで、今は大丈夫だ。しかし、一安心するのが早すぎた事を、私は翌日後悔する事になる。


 明朝、父は朝食も取らず、包み隠さず、私に全てを話した。


「サリン、聞いてくれ...俺は、俺の父から受け継いだ工場を守るために、ある組織から借金をしていた。その額は、俺が一生働いた所で、払えるような金額じゃない。今日、奴等が家に来る。お前を殺すかもしれない。逃げろ。今までサリンには、辛い思いをさせてきたな...もう大丈夫だ。事情を話せば、きっと誰かが助けてくれる」


 溢れそうな涙をこらえて、父は私にそう言った。

 こんな父に、「知っていたよ」なんて言えない。カマトトぶって、如何にも初耳という反応をするのに、どれだけ心苦しかった事か。

 けど...逃げる気なんて、起きないよ。私はそんな薄情じゃない。父を捨てて逃げれるような愛のない人間なら、とっくの昔に逃げ出してるよ。


 一先ず、逃げ出した振りをして、家の周辺で動向を探った。一応護身用に、木刀を隠し持っている。これでも剣道部ですし。

 父は、家の前で堂々と立っている。もう失うものは何もないと思っているのかもしれない。

 すると、黒塗りの車に乗って、再びヤクザ達がやってきた。今度は、昨日の倍は人数が増えている。


「へっへ、良い知らせだぞ。赤城の旦那」

「お上に聞いてみたんだ。お前の対処について。そしたら何ておっしゃったと思う?」

「『あの男の...娘。そいつを寄越すのなら、借金は全て無かった事に。そして、もうこれ以上あの男に関わらないと誓おう』」

「ま、まさか...サリンを?!」

「おうおう、サリンちゃん? 可哀想な名前つけたもんだねー」

「娘は渡さないぞ!!」


 大量に金歯の埋め込まれた歯をニッと見せつけ、見下したように彼等は言葉を続ける。


「組長はこうも言っていた、『もしあの男がそれを拒否するというのなら、殺せ。娘は連れて来い。引き取り手もいないだろうからな。俺が可愛がってやろう』と」

「っ!」

「断るんなら仕方ねーな。ついでに、サリンちゃんの泣き叫ぶ姿も見たいって言ってたし?」

「...無駄だ。佐凜は逃げた」


 ごめんなさいお父さん、私逃げてないや。


 男達は、父に銃やナイフを向ける。誰かいないかと辺りを見回すも、人所か、いつもは騒がしいカラスまで太陽と一緒に雲隠れ。警察でも呼べば良かった...。

 頭が上手く回らなかった。あまり使いたくなかったが...仕方がない。私は、木刀を左腰に携えた。

 

「逃げたとしても、すぐに見つかるさ」

「その前に、お前を始末しないとなぁ...」

「十年間、お疲れさまでしたー」


 ヤクザがナイフを振り下ろした瞬間、私は木刀を抜いて飛び出した。


 気配を感じ、ナイフの矛先を変えたヤクザの腹を思い切りつき、手から離れたナイフを振り払う。キラリと鋭い刃物が宙を舞い、音を立てて地面に落ちた。自分にも銃が突きつけられたのは分かった。けれど、不思議と怖くはない。

 私の背後で、尻餅をつく父の涙声が聞こえた。


「さ、サリン!! お前、逃げろと言ったろう!」

「言ったっけ? 私この頃、耳が悪くなってきてるの」


 大切にしていた木刀には、無残にもナイフの跡が残る。後で削りなおさないと使えないな。

 呆然とするヤクザになんて目もくれず、私は振り返り、精一杯の笑みでお父さんに話しかける。


「お父さん、無理しないで。元々...全部知ってたんだから」

「ど、どういう事だ?」


 父の言葉の中には、焦りと驚愕が見える。今まで隠し通してきたとつもりだった事が、いつの間にか、娘の耳に入っていたのだから。


「私ね、昔から頑張るお父さんの姿、見てきたよ。私は、ずっと守られてた...」

「さ、佐凜...」

「お父さん、だから、最後くらい私にお父さんを守らせて」


 私は、腹を突かれて倒れたヤクザを真っ直ぐ見つめて、木刀を地面に投げた。


「ごめんね...お父さん」

「さ、サリン...まさか?!」

「組長さんに伝えてください。私は、大人しく貴方のものになりますと。そして、もう二度と父に関わらないでくださいとも」

「了解した。だが組長は、終わったらすぐにお前を連れて来るように言っていた。逃げないようにな」


 父にナイフを突き立てたヤクザが言う。


「逃げたら父は殺されるんです。私はそこまで...愚かじゃない」

「だろうな。おい、赤城」


 ヤクザは、父を蹴って立たせた。父は、泣きそうになるのを堪えて私を見る。


「そんな顔しないでよお父さん。私、お父さんには生きてほしいんだ。全てを忘れて、新しい人生歩んでね。生き延びてね」

「佐凜...!」


 私に抱きつこうとした父を、ヤクザが制した。


「この子はもう組長のものだ。お前は一切触れてはならない」

「さ、佐凜...父さんは...」

「サリン、今すぐに、本当に必要なものだけを持ってこい。衣服などはこちらで用意している」


 随分と準備の良い連中のようだ。

 私は泣き叫ぶ父を無視して家に入った。色んな思い出が詰まったこのアパートにはもう、戻る事はないんだろうか。これから私は、黒川組の組長の慰み者として扱われるのかな。まぁ、お父さんがそれで助かるなら、それでも良いや。


 私はそんな事を考えながら自分の部屋に向かった。中に入ると、中学のカバンの中に教科書や筆記用具を詰め始めた。ふと、ツクエの上の一つの写真が目につく。

 お父さんと私の写真...まだ私が幼い頃、公園にピクニックに行った時の思い出の写真だ。この時はまだ...借金もなく、幸せに満ちていた。いや...今でも幸せは満ちている。


 私は黙って、その写真立てを写真が見えないように倒した。もうこの人とは、全く違う人生を歩むんだ。


「終わったか」

「はい」


 いつの間にか、家の前には黒塗りのリムジンが止まっていた。流石、日本一の財力を誇っているだけある。近くには、絶望の表情の父が座り込んでいた。震える父の肩に、私はしゃがんで優しく手を置く。


「サリン...行かないでくれ...」

「ごめんなさい。でも、お父さんを助けるためにはこうするしかないの。分かって。止めないで」

「サリン...」


 泣いている。

 私だって泣きたかった。大好きなお父さん。男手一つで私を此処まで育ててくれた。母がいない分まで愛情を注いでくれた。何よりも、大切にしてくれた。親孝行出来なくてごめんなさい、こんな別れ方でごめんなさい。


「今まで、ありがとう」


 目に精一杯の涙をため、私は父を見ないようにリムジンに乗り込んだ。私のバッグはヤクザが預かってくれた。存外扱いが良いものだ。てっきり、奴隷のように鞭打たれると思っていたが。

 車に乗り込むと、隣に上物のスーツを着た男が乗り込んできた。目付きが悪く、手が傷だらけ。だが、その微笑みには優しさが垣間見える。


「サリンちゃん、俺の名前は後藤 謙次ゴトウ・ケンジだ。宜しくな」

「宜しく、お願いします...」

「俺は、組長にお前のお目付役を仰せつかっている。だから、くれぐれも下手な事するなよ? 俺だって女の子に手ェ出したくないんだからな」

「...」


 お目付役ね...もう私が組長さんのものになる前提で進められてただろうな。


「あ、サリンちゃん。組長は絶対に怒らせるなよ? 殺されるからな」

「殺される?」

「お、喋ったな。良いか? とりあえず、組長のご機嫌を取る事だけ集中しろよ? じゃないと、俺等までとばっちりくらうからな」


 後藤さんはそう言うとため息をついた。


「あ、でも大丈夫かもな。組長は大層お前の事を気に入っていらっしゃる」

「会った事もないのに...?」

「組長は、その人間の目を見ただけで本性が分かっちまうらしい。たとえそれが、写真でも映像でも関係なくな。組長は、お前の写真を見たんだ」


 や、ヤクザの組長に好かれるような本性...? 私、どんだけ腹黒いんだよ。

 しばらく、後藤さんに質問をされ、それに返答するのを繰り返した。好きな食べ物、趣味、剣道について...これに何の意味があるのかは分からなかったが、後藤さんは些細な事でも熱心に聞いてくれた。案外悪い人でもないのかもしれない。



「さーて、ついたぞ」


 リムジンは、大きな豪邸の前に止まった。ドラマや架空の絵でしか見た事がないような、西洋風の屋敷だ。

 ...正直信じられない。暴力者やチンピラの集まりである「黒川組」の組長が、こんな所に住んでいるなんて。まぁ、色々と違法な事をやって稼いでるんだろうな。


「言っておくがなサリン。俺等はもちろん警察共にマークされてる。勿論、お前もこれから刑事がピッタリくっ付く事になるだろう。そして、もし質問とかされたとしても、あいつら任意だから。無視ってOKだから。あ、出るぞ」


 後藤さんの話から察するに、私は決して、自由を束縛されるような立場ではないらしい。


 そうそう、豪邸の中に入って、幾つか気がついた事がある。

 まず、ヤクザっぽい人が多すぎる。

 そりゃあ組長の自宅だから当たり前だろうけど、さすがにアロハシャツ着てモヒカンにしてサングラスかけてる人は怖い。チャラそうな人も多数見かけたが、時にはボディガードのような筋肉隆々の男性も見かけた。


 次に、ヤクザって意外と儲かるらしい。

 まぁ不合法な事ーー麻薬や密輸入や銃取引とかーーやってる事は確かだから当たり前なんだけど、この中だけ、なんか中世ヨーロッパのお城のような感じだ。金持ちって凄い。


「こっちだ」


 謙次さんに案内され、私は豪邸の中を進んだ。しばらく進むと、彼は一つのドアの前で止まった。

 その両端には、スーツ着てサングラスかけた見張りっぽい男が居た。


「此処が組長の部屋。あ、ノックしろよ。荷物は部屋に運んどくな」

「はい」


 後藤さんはそう言うと、一歩後ろに下がった。両隣の見張り番は微動だにしていない。

 仕方がない。腹を括ろう。


 私は覚悟を決め、マホガニー製のドアを叩く。すると、返事はすぐに返ってきた。


『どうぞ』


 中から聞こえたのは、酷く綺麗な声。

 後藤さんをチラッと見ると、口パクで「は い れ」と言っていた。一体どんな人なんだろう...少し緊張した面持ちで、私は「失礼します」と中に入った。


 部屋はあまり物のない、質素なもの。豪邸の中からしてみればシンプルで広すぎない部屋だった。

 中に入って一番最初に目に入ったのが黒い革のソファだ。絶対高級素材だよね、これ...。

 天井にはシャンデリア、少し奥には巨大なベッド。大きなデスクとパソコンもある。そして、そのデスクに座っていたのは、


「やっと来ましたね。いつかいつかと楽しみにしていましたよ」


 何と、若く、爽やかな容姿のイケメンなスーツ野郎だった。てっきり白ひげを蓄えたおじいちゃんのような人かと思ったが...この人が本当に、組長なのだろうか。


「あの...」

「聞きたい事はたくさんありますよね、どうぞ座って」


 男は、私をソファへ促した。言う通り座ると、彼は満足げな顔をして立ち上がる。


「君の父上の事は、それはそれは残念と思っていました。彼なら完璧に返せると思っていたのに。ま、五億ですけど」

「...」

「今まで私が送った偽の請求書も、全てキチンと払ってくれていた」

「え、偽...?」


 偽の...請求書? 

 ...もしかして私がバイトしてまで払っていたお金は、ほとんど無駄だったって事? まぁ確かに、あんな金額の買い物なんてしてないし、妙に怪しかったけど、まさかあれが、偽物だったなんて...。


「フッ、知ってますよ? 貴女のお金でしょう? せめて請求書だけでもって頑張って働いて、僅かなお金でも喜ぶ貴女を見るのは痛快でした」

「...」

「父親のため、ですか?」

「...」

「しかし、あんな落ちこぼれ、気にするだけ無駄ですね。貴女はあんな人間放っておいて、施設にでも行っていれば幸せになれたのかもしれないのに」

「...」


 落ちこぼれ...?

 嗚呼、きっと、人生がバラ色のようなこの人には分からないんだ。父の優しさが、素晴らしさが。

 まぁ良い。こんな組の真っ只中にいられるんだ、必ず犯罪の証拠くらいは出てくる。そうしたら、警察に突き出してーー

 

「おや、すみません。ちょっと癪に触る言い方になってしまいましたね。失礼」


 男は楽しそうに笑うと、懐から銃器を取り出し、私の眉間に押し付ける。

 冷ややかな鉄の管を突きつけられたら、流石に怯んでしまう。見惚れてしまうそうな程に秀麗な顔さえも、恐ろしく感じてしまうのだ。


「さっき、警察に行くとか考えてました? 無駄ですよ。いくら証拠をつんでも、警察は私を逮捕出来ない」

「っ...」

「ですが、もし貴女がそういった事を誰かに言ったり、警察に駆け込んだりしたらその時は...」


 男は撃鉄を起こした。カチャッという無慈悲なその音に、思わず身震いした。


「貴女を殺します」

「私は、私は死んでも構いません。殺すなら、今すぐ殺してください」

「...なるほどね。じゃあ、こういうのはどうでしょう? 四肢を切り落とし、目を潰し、耳を削ぎ落とし、死なない程度に拷問し、私がいないと何も出来ない人間にしてしまう、なーんてのは」

「...」

「そうだ。貴女の父親を殺しましょう。ビデオにも撮って、死体もズタズタに引き裂きましょう。安心してください。貴女にも見せてあげますから」


 目の前の男には、狂気しか感じなかった。笑いながら、そんな恐ろしい事を言うなんて...。

 銃を突きつけられた以上の恐怖が私を襲う。


「...あ、貴方は何がしたいんですか? あー...」

「私は黒川 真人クロカワ・マコト。祖父から『黒川組』を受け継ぎ、今に至ります。あ、私の事は、好きに読んでも良いですよ?」


 ヤクザの組長の癖に名前が”真人”。両親は一体何を考えていたのだろうか。


「じゃ、じゃあ...黒川さん。何故、借金の代わりに私を? 借金は...確か『五億』だったはずじゃあ...」

「...五億なんて、端た金です。私個人としては、貴女の方がずっと価値があります」


 気味の悪い笑みを浮かべる黒川さん。


「私をどうするつもり何ですか?」

「そんな警戒しないでください。私は、貴女に危害を加えるつもりはありませんよ?」


 嘘をつけ。

 そんな邪悪に笑っておいて、危害を加えるつもりはないなんて...。


「やだなー、大丈夫ですって。ただ、私の睡眠の際に”抱き枕”なっていただけないかなーと」

「だ、抱き枕?!」


 抱き枕というと、よく雑貨屋に売っているウサギやクマの抱き枕なら分かる。

 けれども、私が...抱き枕とはどういう事だ。


「最近私は不眠で。それに、楽しみが全くないんです。別に、やましい事をするつもりはありません。ギュッと抱きしめるだけです」


 十分やましい...。抱きしめるだけでも十分だと思います。


「そして、戸籍を少々いじらせてもらいました。私のコネなども少なからず使いました。どうなったと思います?」

「...」

「貴女は、私の可愛い妹という事になりました」

「...は?」


 何だこの人、さっきから色々と規格外だぞ。

 黒川さんの妹、という事は当然名前も変わるわけだ。私は、下は変えたくなかった。黒川さんはそれを分かっていたのか、私の名前は「黒川佐凜クロカワ・サリン」。前よりも語呂が良いのが癪だ。



 中学校も、転校という形になった。しかし、友達が出来ない。


「あの子、『黒川組』の組長の妹らしいよ」

「えー、怖ーい」


「あいつの恨み買ったら、殺されるぜ」

「うわ、近づかない方がよくね?」


 誰も話しかけてくれない。勿論友達も出来ない。教師でさえ私にあまり近づこうとしなかった。いやまぁ、元々ボッチ属性ですが何か?

 前の中学校でもね、友達百人所か一人も出来なかったよ!


 それを後藤さんに話すと、


「うん、頑張れ。俺もずっと友達出来なかったからさ」


 後藤さん、強面ですからね。無理ないです。

 黒川さんに話すと、


「良いじゃないですか。これで、サリンには私以外触れもしなくなったんですから」


 黒川さん、酷いですよ。私別に貴方だけのものじゃないですし。

 良い事もあったと言えばあるのか、新しい学校にも「剣道部」はあり、全国大会に出場するくらい強い所だ。当然、私は剣道部に入った。今まではバイトだったりでマトモに練習に参加出来なかったが、もう違う。


 だが、思った以上に手応えがない。これが日本一の実力なのかというほどだ。

 まぁ、剣道五段・柔道六段の後藤さんに毎日教えてもらってるからだけども。



 新生活も、楽しいは楽しい。

 しかし、そんな中で私が一番嫌な時間がある。


「サリン、おいで」


 就寝の時間だ。何故か、黒川さんと私は同室の部屋だ。

 本人曰く、普通の兄妹なら当然らしいが、普通の兄妹なら部屋は分けるし一緒に寝たりしない。思春期というものもありましてね。


 寝間着に着替えた私を、フカフカのベッドで待つ黒川さんを見るのは何回目だろうか。

 ダブルベッドではあるが、距離がかなり近い。彼はそれが嬉しいようで、嬉々として私を抱きしめる。いつもながら痛い。どんな馬鹿力だ。

 それに、人が寝たのを見計らって、頬にキスしたり胸触ったりするの止めてほしい。本当嫌なんです変態行為は。


 もしかしたら、「怒れば良いじゃん」って言う人もいるかもしれないけど、怒ったよ? 私一回。そしたらさ...


「ねぇ、死にたくありませんよね?」


「死にたくないなら、大人しく私の言いなりになっておいた方が良いですよ?」


 って冷たい目で言われました。本当に怖かったです。


「サリン、お前が来てくれて本当に良かった。おかげで組長が少し穏やかになったぜ」


 心優しい後藤さんは、この前そんな事を言って来た。どうやら、今までの黒川さんは随分と機嫌が悪く、皆怖かったそうだ。

 というかこの人、強面なだけでヤクザなんてしないで良いって、絶対。



「じゃあ、行って来ますね、サリン」

「...はい」


 彼は、毎日のように出掛ける。何処へ行くのか、私には全く教えてくれない。基本、事務仕事なんかは家でしているが、午後になると出かけてしまう。

 何処に行くのか聞いてみると、


「内緒ですよ」


 と悪戯っぽく返された。後藤さんに聞くと、


「詮索するな」


 とマジメな目で見られた。まぁ詮索はしないつもりだ。よく考えたらこの人達ヤクザだし。ヤクザのやる事なんて、危ない危ない。下手にクビを突っ込んだら私が殺される。




「可愛いですね〜サリンは」

「あー...そうですか」

「はい。もうこの世のものとは思えませんねぇ」

「あー...そうですか」


 今宿題中です黒川さん。髪撫でないでください頬ずりしないでください抱きつかないでくださいーー。


「あの、黒川さん」

「ん、何ですか? キスしてほしいですか? 口ですか? 手ですか? 胸ですか?」


 おい、今何つったこいつ。


「違います。一つ聞いても良いですか?」

「う〜ん、私の答えられる範囲であれば良いですよ? あ、仕事については駄目ですよ?」

「分かってます」


 私は黒川さんを見据えた。目の前には、ヤクザなんかじゃ勿体ないとさえ思えてくる、綺麗な男。


「あの、どうして私が”抱き枕”なんですか? 他にも女性はいっぱいいるでしょうに」

「それはですね...」


 黒川さんはニヤリと笑った。


「貴女の心が...歪んでいるから」



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