第36話 招待されるようです
「セリカちゃん!!」
「ぐえ」
・・・今乙女にあるまじき悲鳴が聞こえましたが、聞かなかったことにしましょう。今セリカの家の玄関を潜ろうとしたところで女性が1人こちらに人間ミサイルのようにタックルして来たのです。セリカは咄嗟のことで避けられず腹部にもろにダメージを受けてしまったようです。
「セリカちゃん、セリカちゃん。ああ、良かった無事だったのね?お父様にセリカちゃんが襲われたって聴いて居ても立っても居られなくって、迎えに行こうとしていたのよ?」
「お、お姉様苦しいです。放してください。」
どうやらこの人間ミサイルの人はセリカのお姉さんのようです。今の一幕だけ見ていても分かるのですが、このお姉さんはセリカのことを溺愛しているようです。セリカを抱き締めながら涙を流す姉を見ていると本当に心配をしていることが良くわかります。
「もう2度とこんな危ない真似をしたら駄目ですからね!!」
「・・・ごめんなさいお姉様。」
双方落ち着いたようで互いに抱き締めあっています。
「・・・で、そちらの方は何方ですか?」
お互いの抱擁が終わったところでセリカの姉が私に気づいた様です。感動の再開を見ていたから良かったのですが、蚊帳の外は寂しいですね。
「此方はルナさん。私達が襲われているところを助けてくれた命の恩人です。ルナちゃん此方の女性は私の姉でクリスです。」
膝を折りながらスカートを摘み礼をする姿は正に上流階級のお嬢様と言ったところです。
「始めまして。私はストロイツ公爵が長女クリス=ストロイツと申します。妹を助けてくださり本当にありがとうございました。」
そう言いながらセリカにしていたように私にも抱きついてくるクリスさん。抱きつき癖でもあるのでしょうか?まぁ気持ちがいいので大歓迎なのですが。クリスさんが身を離し再びセリカに向き直ります。
「セリカ、大変だったでしょう。今日はゆっくり休むといいわ。」
「ありがとうございますお姉さま。でもまだ私にはやることが残っています。ルナちゃんがここ最近の騎士が起こしている犯罪人の顔を見ているそうなので、協力してもらわないといけないのです。」
「・・・本当なの?」
「はい。ルナちゃんに確認を取ったら顔もしっかり覚えているそうです。」
「良かった、これで解決の糸口が見つかったのですね。セリカちゃんも良く連れて来てくれました。」
「褒められて良かったですね。」
「はい。」
「ところでルナちゃんはどうしてローブを着て顔を隠しているのかしら?何か事情がおありなのですか?」
やはり気になりますよね。そのことについて聴いてこなかったセリカ達の方が珍しいです。きっと失礼だと思って気を使っていたのですね。
「・・・諸事情で顔を見せることはできないのです。ごめんなさいです。」
「貴様!顔を見せないのはクリス様や、セリカ様に失礼だろう!!早く顔を見せろ!!」
私が顔を見せられないと伝えるとクリスさんの後ろに控えていた騎士達が私に顔を見せろと騒ぎ立てます。そんなことを言われても顔を見せるわけにはいかないので私は無言で拒絶の意志を伝えます。
そんな私に業を煮やした騎士が私に向かって来ます。
「貴様!!」
その剣幕から只では済まなそうだと感じ手を出されたらそれなりの対応をしようとしていたのですが、クリスさんが騎士を諌めます。
「やめなさいトーマ。ルナちゃんはストロイツ公爵への大事なお客人よ。無礼な真似は許しません。」
「しかし、顔を隠している怪しげな者をクリス様に近づけさせるわけには・・・。」
「ありがとう、でも大丈夫。セリカちゃんが連れてきた子に悪い子はいないわ。そうよねセリカちゃん。」
「・・・はい、悪い人でないのは私が断言します。」
「ほらやっぱりそうじゃない。」
嬉しそうに胸の前で手を叩き笑顔を向けるクリスさん。その笑顔はとても心が和みます。
「出すぎた真似をし申し訳ありませんでした。」
「いいのよ、私達のことを心配してくれているのは分かっていましたから。ですが、大事なお客人には失礼の無いようにしてください。いいですね?トーマ。」
「ハッ!!」
自分の主人に最高の敬礼をする騎士を見てセリカが羨ましそうな顔をしています。その心情は簡単に想像がつきます。女性のことしか頭に無いハイアと比べているのでしょう。トーマと呼ばれた男性の姿は騎士の見本のように見えます。その時後ろの方からハイアの声が聞こえてきました。
「うう、お嬢様不意打ちの1撃は手加減して欲しいぜ。」
片手を鳩尾にもう片方を門に手を付いて苦しそうに話すハイアを見てセリカが溜息をついています。その心情も簡単に想像がつきます。どうして私の騎士はこんな奴なの?と思っているに違いないです。
ハイアの姿を見て騎士のトーマが苦言を呈します。
「ハイア貴様が付いていながらセリカお嬢様を危険な目にあわせたのは許しがたいことだ!それに何だその情けない姿は!貴様の1つ1つの行動が我々の品位を著しく下げているのだ!そのことを早く自覚しろ!!」
「うう、すんません。」
「・・・き、貴様。」
ハイアの返答にふざけている、舐められていると感じた騎士の額に青筋が浮かびます。今にも叫びだそうとしている騎士にまたしてもクリスさんが制止の声を掛けます。
「はーい、そこまでよ。トーマ何回言わせる気ですか?お客人の前です控えなさい。ごめんなさいねルナちゃん騒がしいところを見せてしまったわね。」
「いえ私は気にしていないのです。」
「ありがとうね。さぁ遠慮なく入ってください、歓迎させていただくわ。ようこそ、ストロイツ公爵家へ。」