天使の詩
初投稿になります。
読みにくいかと思いますが、一度書いてみたくて投稿しました。
よろしくお願いします。
ルーメリア王国
リヒナ大陸の東に位置する学問に秀でた王国
穏やかな気候で作物はよく実り漁業も盛んな大国
リヒナ大陸では一般的な創造神信仰。創造神・ガルシアを祭る聖地はルーメリア内の山中にあり、毎年多くの巡礼者が訪れる。
「ハア…」
一般的な教科書に載っている自国の紹介を見て、大きなため息をついた女がいた。歳は26歳。ルーメリア王国アイナス侯爵家長女ラキラ・フィル・アイナス。彼女の目の前には改稿予定のルーメリア建国史。「改正点があれば報告を」と教師全員に渡されたそれを睨み付け、眉間にしわを寄せた。
「専門じゃないよ~…」
つぶやく声にも力が入らない。嫌々ながらも少しでも読もうとページをめくる。
「お休みがつぶれていく…」
冬の合間の小春日和。
背にあたるあったかい日差し。
連日の勤務に疲れ切った頭は考えることを拒否していた。
ただ読み流す程度にぱらぱらと、ページは進み、後半に差し掛かったあるページで彼女の手は止まった。
芸術面の発達
そう記されたページに彼女のよく知る単語が含まれている。
建国以来、王族の次にガルシアの祝福を賜るもの。
身分に関係なく国民すべて。
その中で特別に神に愛された存在「天使」
彼らは生まれながらにして黒髪・黒目を持ち、幼き頃から才能を発揮する。
建国時代の「天使の造詣」建築家フィエル。彼の発想で現存する王宮、神殿など、建築物の土台の知識が作られた。
フィエルの死別後、入れ替わりのように生まれ、発展に寄与したのが「天使の指先」画家ヨウヒ。見るものを虜にした彼女の絵は未だに高値で取引される。
「天使の足音」舞踊家アシラ・リーク。彼女のために書き下ろさせた戯曲はすべてが今も踊りつがれ、それまでなかった、踊るという行為を後世に残した。
「天使の才知」唯一芸術ではなく、学術において才覚を示した宰相ルイス・イーティア。彼の整備した法律で現在の王国制度が確立した。
建国から約400年。同じ世代に存在はせず、死後数年から数十年後に新たに生をうけ、貴族から平民まで、天使はランダムに舞い降りる。貴重な天使は保護されるべき対象であると同時に信仰の中心に立つ。
現在の「天使」は人々に歌を広めた。音楽に詩を乗せて届けることを教えた。現在の音楽を作り上げているのは「天使の歌姫」である。
「そんな、大層な人物じゃないよ」
ラキラは黒曜石と称えられる瞳を閉じ、座っていた長椅子にゆっくり横たわる。白磁の肌を癖のない長い黒髪が滑る。
5年前に改稿した建国史。その時新たに書き加えられたのが現在の部分。
貴族令嬢の立場でありながら、貴族・平民すべての通う学校にて音楽を教える。
たまに無料のチャリティコンサートを開く。
それしかできない現在の天使。
天使の歌姫ラキラ・フィル・アイナス。
「なんにもできないもの…」
建国史を抱きしめるように彼女は長椅子で丸くなった。
神官長の会うたびに不機嫌そうな顔を思い出し、ため息をついた。
今代の天使は酷く自信のなさそうな顔をした娘だったと、当時を振り返って思う。
神官長として誰よりも天使を待っていた自分としては、はっきり言って、期待外れとも思っていた。84歳にして10年前に亡くなられた元宰相閣下・前代の天使の素晴らしさを知っていただけに、当時5歳で楽器を奏でるしか能のない小娘に落胆したのを覚えている。
その感情が伝わってしまったのか、初対面で娘は号泣し神事以外神殿に来なくなってしまった。
現在天使は城下にある平民の学校、貴族方を対象にした学校、その上の騎士学校、文官学校で教鞭をとっている。月一でコンサートを開いている。そのくらいしか情報はない。
この程度と侮っていた娘が、歌で国民の心を開いていく。
その過程を自分は人づてにしか知らない。
本来なら彼女のサポートは神殿総出で行っていこうと決めていたというのに。徹底的に避けられては接触もできない。いや、避けられているというより、家族にがっちりと守られているといっていいだろう。
自分の娘よりも20も小さな娘に対しての対処法がわからず、70歳の神官長はがっくりと項垂れた。
ラキラの兄ミノス・フィル・アイナスは近衛騎士として王太子の背後に従いながら、任務とは全く関係ない妹のことを考えていた。
普段から勤務中無表情を通している彼は一見して真面目に勤務しているように見える。が、幼馴染でもある王太子はミノスを横目で見ると渋面でため息をついた。
そのため息に気づきミノスは王太子アーノルド・フォン・ルーメリアにそっと視線を流す。
太陽の光を集めたような金色の髪と、高い空のような澄んだ空色の瞳。自分を呆れたように見ている空色の瞳をさりげなく無視することに決めて、視線をもとに戻せば無視するなとばかりに目の前に立たれた。
「…楽しみで仕方ないんですよ」
ああ、としたり顔で彼もうなづいた。自分が何のために上の空だったのか、もうわかっていたようだ。
「ラキラが神殿に認められる日は近いか」
空色の瞳が嬉しそうに細められた。
「というか、頭の固い神官長はどう謝っていいか分からんだけだろう。孫みたいな歳の娘を泣かせてしまった罪悪感からな」
それにはミノスも気づいていた。
毎回何か言いたそうに渋面を作っては何も言えず、仏頂面でねぎらうだけで、後で後悔していることを。
多分気づいていないのはラキラだけだ。
愛されているのだとラキラに気づかせるために布石を打ってきた。
国民はラキラを支持している。これは確定。
後は頭の固いじいさんだけ。
「あの子は愛されて当然の子なんだ。あの歌を聴いていると疲れが吹き飛ぶ気がする。天使ってことを抜きにしても優しい、いい子だよ」
「嫁にはやらんぞ」
「えー、小さいころからの許嫁だよ?俺が30になるまでには来てもらう予定だし」
「だれがやるか」
事実、彼女の知らないところでもう事は進んでいる。
あと数年後には確実に王太子妃となる妹を思いため息をついた。
月の裏側 神の夢に還って
王宮にラキラの歌が響く
空に咲く星の光
野に咲く朱里の紅
風はガルシアに届き
ガルシアより賜る
輝く ガルシアの使者
歌っている途中、ふと何かに気づいたらしい歌姫は驚きで目を見開きその後歌を途切れさせることなく涙をこぼした。
彼女の視線の先には照れたように頬を掻きながら微笑んでいる神官長の姿。
その両隣に兄と王子の姿。
今まで自分の歌は聴かず、すぐ自室に引き返していた神官長が歌を聴いてくれた。
それだけで胸がいっぱいになってしまった。
歌い終えた歌姫は泣き笑いで、嬉しそうに笑いながら歓声を全身で受け止めた。