彼らの推測
雲一つない、どこまでも広がる青い空のもと、ユリウスは訓練場にいた。今はバートと組み手をしている。二人は凄まじい速さで攻防を繰り返していた。隣で訓練をしているCクラスの生徒は、自分の訓練も忘れて二人の組み手に見入っている。
バートはユリウスの放ってきた拳を左手で受け止め、右手でストレートを撃つ。ユリウスはバートの攻撃をかわしながら、ぐんッと一気にしゃがみ込み右足でバートの足を払った。バランスを崩したバートは仰向けで倒れながらも下から蹴り上げる。ユリウスは顎にヒットする筈の蹴りをすんでの処で後ろに飛びのいてかわした。
「はは。強いね、バート」ユリウスはにこにこ笑いながら言う。彼は全く息を乱していない。
「世辞はやめろ。全然思ってもねえこと言われると気持ちわり―んだよ」バートは少々呼吸を乱しながら言う。
「そんな事ないよ?俺にここまでついて来る相手は久しぶりだ。君は下手な悪魔より全然強い」ユリウスは思ったままを言った。
「・・・・誉めてるつもりか?貶してるだけだろ。悪魔混じりの俺が悪魔より強いわけがねえ」
ユリウスは肩をすくめながら、「悪魔にも色々居るんだよ。全ての悪魔が戦えるわけじゃないからね」と言う。
・・・・・それは非戦闘員の悪魔と変わらないということか?バートは顔を引きつらせ溜息をつく。
そんなバートを見て楽しんでいるユリウスのもとに教師のアンドリュー・バーンズがやって来た。彼はあまり訓練を見に来ない。教える立場のくせに、ユリウスはここへ来てまだ一度も彼が生徒に教えている姿を見ていない。この教師は何の為に居るんだろうか。確かにDクラスの生徒は元々戦闘能力は高い。だが、しっかり指導しなければ、これでは宝の持ち腐れだ。今バートと手合わせしたが、動きにかなりの隙と無駄がある。きっと自己流の練習をしてきたのだろう。彼はもっと強くなる。が、環境の問題だ。他の生徒もきっと専門の者に教われば、武術も魔術も格段にレベルアップする筈だ。ユリウスとしてもこの学園生徒全員が強くなってもらわないと困る。生半可な戦力で奴は殺せない。
「ユリウス君。少し話したいことがあるんだ。宿舎まで一緒に来てくれないかな」アンドリューは唐突にそう言ってきた。
(いきなりだな。しかも、ここでは話せないような内容・・・・俺、何かしたかな?――あまり考えたくないけど、もしかして正体がバレたとか・・・・)とりあえず、一緒に行くしかないようだ。
「分かりました」
アンドリューは頷き、他のDクラスメンバーには訓練を続けるように言い残した。
ユリウスとアンドリューが宿舎の方に行ってしまった。
「なんだ?アンドリューの奴、練習の邪魔しやがって。しかもちゃっかり練習相手奪っていきやがった」不満そうにバートが言う。
「練習って・・・全然相手にされてなかったけどね~ ただ遊ばれてただけでしょ」くすくす笑いながらバートに話しかけたのはラルスだった。
「だめだよ・・・そんなこと言っちゃ。バートも頑張ったんだよ。相手にされてなくても・・・」控えめな声でラルスの言葉を否定しながらもラルスの言葉を繰り返し言ったルイス。
彼らは双子の兄弟だ。兄のラルスに弟のルイス。二人とも髪は明るい栗色、瞳は青色をしている。今の外見だと悪魔には見えないが、彼らはしっかり隠しているのだ。帽子やフードで頭に生えているふさふさの三角形の耳を。二人は亜人族の血を引いている。彼らのように亜人族や獣族の血を引く者の扱いは魔族の血を引く者より悲惨なものだ。人間は異なる者を受け入れられない。魔族より獣族や亜人族の方が人間との姿、形の違いが大きい。最悪の場合、この双子のような存在は生まれた瞬間殺されてしまう。では、彼ら人間はなぜ姿かたちの異なる精霊を受け入れるのか。理由はよく分からないが人間は精霊を神の使者とでも思っているのではないだろうか。彼らは神々しい者に弱い。
バートはこの双子が今までどれ程の苦痛を味わってきたのだろうかと考えた。が、簡単に想像できてしまった為、思考を止める。
この学園に居れば、まず簡単に命を狙われることはない。蔑まれることはあっても・・・。だが、この双子は運が良かったのだ。運がなければ、そもそも生まれた瞬間に殺されていた。そんな彼らは今この学園に居る。ここには同じような仲間もいる。個性はそれぞれ強いが、それなりに仲良くやっているとも思う。
バートはラルスの頭の左右をグーでぐりぐりした。
「いっだだだだだだッッーーーーー!!!止めろッ!! いきなり何すんだよッ」ラルスは半泣き状態でバートの腕を振り払う。
「舐めた口きくからだ。俺だって奴との力の差くらい分かってる。おそらく俺たちが束になって掛っても奴は飄々としてるだろうよ」
「まあ、確かにな。マジであいつ何者何だ?」首を傾けながらラルスは言う。
「実は本物の悪魔だとか・・・・?」ルイスがラルスの疑問になんとなく答える。
「・・・・・・・それだッッ!!!」ラルスは突然叫びだした。ルイスは「・・・・え?」と呆ける。
「そうだよ。きっとそれだ!実は悪魔でしたってやつなんだよッ」
「アホか。外見が悪魔と全然違うじゃねえか」興奮するラルスにバートが言い放つ。
「そんなん俺たちみたいに隠せば済む話じゃん。ユリウスなら、髪の毛染めたりとかさ」
・・・・その通りだ。隠してしまえばいいだけだ。だが、本当に悪魔だとしてもそれだけでは解決しないほど奴は強すぎる。今までの任務で戦ってきた悪魔とは全く違う。奴には何かある・・・・・
「あッ!きっと隠密行動とかいうやつなんじゃないッ!!魔王に命じられて中から攻める的なさッ」
「ラルスッ!そんな事大きな声で言っちゃダメだよ!周りに聞こえたらマズいよ!」
興奮するラルスをルイスが止めようとする。
バートはラルスの言葉を聞き、(そう、普通ならそう考えた方が当たりだろう。魔王の手先。だが・・・・)
「奴、オルセンはこの学園に来る前旅をしていたそうだ。そして魔王の手先を殺してたらしい」
「えッ!ユリウス魔王の敵なの!じゃあ、隠密ではない?」ラルスは分からないといった感じに唸る。
「・・・・・一応だけど、この学園の敵は最終的に魔王・・・・だよね?」ルイスのなんとなくのこの言葉。
バートはハッとした。・・・・・・それだ。なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだ。
(まあ、俺たちにとっては別に悪魔が敵だとかそういう感情は無かったせいだろう。俺は生きるためにこの学園に居るだけであって悪魔との戦争なんてほとんど気にしたことがなかったな。)
ただ生活のために任務を遂行する。それだけだった。
「この学園に入れば敵に近づける可能性も高く、かつ仲間もいる。いくら強いからといって敵の本拠地にたった一人で行けたとしても無事に済むとは思えない。ましてや相手は魔王だ・・・」
ユリウスがこの学園に来た理由は考えられるとしたらこれだろう。だが魔王を狙う理由・・・・
「きっと復讐だね。というか、その理由しか殺すことってないでしょ。戦争で対峙しない限りね」
ラルスはバートの考えていることなどお見通しというような顔で満足げに言った。その顔を見てちょっとムカついてしまったバート。
「ん~・・・でも誰の復讐だろうね?こればっかりは本人に聞くしかないね」とラルスは言う。
確かに、本人に聞くしかない。だが、俺はそれを絶対にしない。過去を聞くことは相手を傷つけるだけだ。特に俺らやオルセンの過去は簡単に話せるような内容ではないだろう。
「ラルス・・・本人に聞くことだけは止めて」ルイスが悲しそうな顔で言う。
「何でだよ。本人に聞いた方が手っ取り早いじゃん」ラルスは不満そうに言った。
ラルスは何も分かっていない。
「馬鹿野郎。お前、自分の過去聞かれて話そうと思うか?」バートは真剣な表情でラルスに言った。
そしてラルスはハッとした表情になる。
「・・・・思わない。だって、嫌な思い出しかないし・・・・・・」ラルスはシュンとした様子で答える。
「オルセンも多分お前と同じだ。過去は聞かれたくないだろう。それに、そんなこと聞く必要ねえだろ?俺たちにはここに寝床がある。んで、同じ境遇の仲間もいる。それだけで十分だろ?」バートはラルスの頭にポンと手を置いて言う。
ラルスはうんと頷いた。ルイスも満足したように微笑む。
そう。俺たちはたったこれだけの事で満足なんだ。寝床があり、仲間がいる。俺には復讐する相手すら分からない。人間を憎むべきなのか、精霊を憎むべきなのか、それとも悪魔を憎むべきなのか・・・・
ただはっきりしていることは、悪魔混じりは皆仲間だということだけだ。だから俺は仲間を大切にしたい。Dクラスの仲間は家族みたいなもんだ。オルセンももうDクラスの一員、仲良くやっていきたいとは思う。彼がそれを望めばの話だが。
その後、彼らは再び訓練開始していた。
ちなみに、彼らが色々と想像していたことの半分位は当たっていたのである。