精霊
ユリウス達は訓練所に着いた。訓練所では武芸だけでなく魔法の練習もするため周りに被害が及ばないようにバリアが貼られている。そして訓練所自体はとても広いのだが、Dクラス陣地の狭いこと・・・ABCそれぞれ同じ広さなのに比べて俺たちの訓練場はその3分の1程度。ユリウスは溜息をついた。
(みんなよくこの状態に耐えているな。まあこれくらい耐えれなきゃ今まで生きてこれなかっただろうが。この学園に居れば寝床くらいは確保できる。外の世界では寝床すらまともに与えられない。特に外見に悪魔の特徴がある者はね。)
とりあえず自分達の訓練場所に辿り着いたユリウスは悩んだ。訓練といっても何をすればいいんだろうか。
「バート、いつもは皆どんな訓練をしてるんだい?」
バートは「あ~・・・」と言いながら「特に決まってない。何か練習する奴もいれば寝てるやつもいる。」
と答えた。ここはやる気のない者が多いようだ。まあ元々実力はあるだろうが。
そうだなあ、やることもないし寝ようかな。そんなことを思っていた時。突然大きな罵声が聞こえてきた。
「おい!悪魔混じりッ!!お前人間様にぶつかっておきながら無視するんじゃねえッ!!!」
叫んでいるのはBクラスの人間の男だ。そして相手はオードリー・マクレーン。彼女は半泣きでオロオロするばかり。少しは謝るなり反抗するなりすればいいのにその反応は相手をイラつかせるだけだ。ユリウスは気にせず寝ようと木の下に移動した。が、うるさい。これではこっちがイラついて眠れない。いつまでもギャーギャーうるさい男をさっさと黙らせようとユリウスはBクラスの男とオードリーの居るところに向かった。
バートは二人のところに向かうユリウスを見て、驚いた。
(あんなのほかっときゃいいのに。いつものことだし、でもあいつなんだかんだで良く助けるよなあ・・・猫拾ってきたりとか?)あいつ本当は本当に優しいのか?などと思っているバートは何も分かっていない。ユリウスはただ安眠妨害の根源を排除しに行くだけだった。
「ねえ、そこの君。静かにしてくれないかな睡眠の邪魔なんだけど。」
唐突にそんなことを言われたBクラス男子。怒りは未だに収まっていないようだ。
「ああツツ!!ウッセーなお前!悪魔混じりが話しかけんじゃねえ!!!」
「何?じゃあ何で君はその子にわざわざ話しかけているの?無視すればいいだけのことなのに。」
「こいつは違う。今説教してやってんだよ自分の立場をわきまえろってなッ!」
ああ、こいつ嫌いだ。ただの馬鹿としか思えない。自分の怒りぶつけているだけで全然説教になってないしね。こういう馬鹿は力で圧倒するのが一番早い。
「じゃあ君も立場わきまえたら?」
「何で俺がッ!!・・・生意気な奴だな。見た事ねえが新入生か。お前もたっぷり説教してやるからそこで待ってろッ!!まずはこの悪魔女だ」
男がそう言った瞬間ユリウスは男の喉を片手で掴んでいた。
「ホント馬鹿な人だね。説教?笑わせる」ユリウスは微笑んだ。それは、残酷なまでに無慈悲な微笑みであった。
「俺たちは君なんかに説教される必要もない。それより君の方がよっぽど説教が必要だよ。いや、教育かな?感謝してほしいよ。俺が直々に君の体に教え込んであげるんだからね。」
そう言ってユリウスはさらに指に力を入れ、男の喉をメキメキと締め付けた。男は口から唾液を垂らし、もう声も上げられない様子でただもがくばかり。やがてその動作も無くなりつつあった。さすがに殺すつもりはないのでユリウスは息の根を止める寸前で男の喉から手を離した。
手を放された男は倒れ、咳き込みながら、懸命に空気を求めて荒々しく呼吸をしている。ユリウスはそんな無様な男を見降ろし、さらにお追い打ちをかける。
「俺、言ったよね?立場をわきまえろって。弱者は強者に逆らってはダメなんだよ?そして君はあまりに弱い。そんな君が説教なんて馬鹿なことしている暇があるの?その無駄な時間をもっと有効に使うことをお勧めするよ。・・・俺の言ってる意味分かるかな?」
男は何も言わない。ただ怒りと憎悪、たぶん羞恥心も混ざっているだろう瞳でユリウスを睨み続けている。
「もっと真面目に訓練に励み出直してこいという意味だ」
答えたのは、もちろんBクラスの男ではない。ユリウスは声のした方を見た。そこには精霊の男が優雅に佇んでいる。その精霊はシルフだった。シルフとは風の精霊のことだ。真っ白な肌に色素の薄い髪、尖った耳、そして天使のような翼が特徴である。精霊はシルフ以外にもいる。水の精霊ウンディーネ、火の精霊サラマンダー、地の精霊ノームの4種が精霊である。ちなみに悪魔の中にも種族があり、魔族、獣族、亜人族がいる。魔族は悪魔の中で一番数が多く、外見は目や髪の色以外は人間と全く変わらない。悪魔の中で一番魔力も知能も高い。獣族は外見は獣そのものだが、ちゃんと言葉を話す。悪魔の中では最も力に長けているが魔力と知能は最下位である。そして、亜人族は魔族と獣族のハーフである。
精霊の男はこちらに近づいてきた。精霊は薄い黄色の髪に、緑色の切れ長の目、尖った耳に白い翼が背にある。彼はまだ地面にへばり付いている男を一瞥すると、「いつまでそこに居るつもりだ。目障りだ、さっさと消えろ」と、かなりキツイ口調と冷徹な眼差しで男に言い放った。男は怯えながら、よろよろと人ごみの中へと消えていった。
(このシルフ男、俺より言うことキツイな。俺はここまで直球には言わないように気をつけているけどネ)
ユリウスは思っていることをそのまま言ったりしないが、心の中は精霊の男と同じかそれより酷い事を言っている。彼の腹の中は真黒なのだ。
精霊はユリウスに向き直った。「俺の名はエリアス。お前は?」
ユリウスは少し驚いた。彼だけではなく、そばにいたオードリーや周りにいた悪魔混じり、野次馬の人間たち皆が驚いた。本来、精霊は悪魔を嫌う。それは人間がこの世界アルメトロに誕生するよりも前からのことらしく、現在でも彼らは本能的に相手に嫌悪感を感じるらしい。
だから精霊エリアスが悪魔混じりであるユリウスに己の名を名乗りさらに名を聞いてくるなどかなり珍しい事なのだ。ユリウスは相手の真意は分からないが、相手が名乗っているのに自分が名乗らないのは失礼だと思い答えた。
「俺はユリウス・オルセン」
「オルセンか、お前は強いな。今感じる魔力もかなりの物だがおそらく、それはほんの一部に過ぎないのだろう?お前が何者なのかは別に追求するつもりは無いが、その強さは気に入った。是非戦ってみたいものだ。」
エリアスはただ純粋にユリウスの強さを感じ戦ってみたいと思っただけのようだ。
だが、まさか今の魔力が実力の全てではないことが見破れるとは思わず、ユリウスは驚いた。と同時に少し嬉しくもあった。ユリウスの本当の魔力の存在が分かるということは、このエリアスという男も相当の実力の持ち主ということだ。さらにユリウスの正体も別に追及しないという。ユリウスもそんな彼を気に入った。
「じゃあ、今から試してみる?」冗談で言ってみた。
「嬉しい誘いだが、今は遠慮しておこう。ここで戦ったら周りの者に被害が及ぶ。それにこの学園では生徒同士の戦いは訓練のレベルでしか行ってはいけないことになっているからな。破ったら罰せられるぞ。」
そうなのか。それは知らなかった。まあ、さっきの男とのいざこざくらいは許される範囲だろう。別に戦ってたワケじゃないし。これからは気をつけよう。
「残念だなー。久しぶりに骨のある相手と戦えたかもしれないのに」
ユリウスはウソっぽい口調で言った。正直、あまり戦いたくはない。相手が弱いなら問題ないが、この精霊のように今、表に出している魔力だけでは少々キツイ相手だと本気を出し兼ねない。本気を出したら俺の正体がバレてしまうからネ・・・。
とりあえず、今はまだ正体を明かすわけにはいかないので、避けれる争いは徹底的に避けなければ。と思っていたユリウスだが、そう簡単にはいかない世の中だった。
「2ヶ月後の試合を楽しみにしている」
そう言って、エリアスは「ではな」と踵を返して歩き去ってしまった。
・・・は?2ヶ月後の試合?何のことだ・・・?ユリウスはすぐ後ろにいたオードリーに尋ねた。
「2ヶ月後の試合って何のことかな?」
オードリーはおどおどしながら「こ、この学園では・・・2か月ごとにクラス対抗の試合が行われるんです・・・・その試合で良い成績が出せれば、クラスを上がることもできる・・・・そうです。」
何てことだ。そんな落とし穴があったとは。いや、しかし・・・
「ねえ、クラスが上がるってことは、俺たち悪魔混じりさん達は何をしたってDクラスなんだから関係ないよね?」ユリウスはニッコリほほ笑んで尋ねた。
「あ・・・いえ、その・・・全員強制参加・・・・です・・」
俺は「関係ないです」って言葉が聞きたかったんだけどなぁ。ユリウスは溜息をついた。
「別に面倒臭いなら負ければいいだけだぜ?俺らは大抵そうしてる。勝ち続けたって何の得にもなりゃしねえし。体力の無駄だ。」と、近づいて来たバートが言った。
そうか、その通りだ。わざわざ悪魔混じりたちに勝たせたって何もない。本気を出さなくたって何も言われない。逆に人間にとってはその方が好都合のはず。
ユリウスは安心した。当分は正体はバレなくて済む。いつかは明かさなければいけないが。
「それよりお前、あいつに気に入られるなんてどんなけすげーんだ・・・」
「あいつって、エリアスの事かい?知ってる人?」
「ああ。まあ、お前も制服で分かっていただろうが奴はAクラスだ」
「それは分かってたけどね」
そもそもユリウスの力に気づいたんだAクラスでないとおかしい。
「奴はAクラスの中でも上位のレベルだ。だから奴のことを知らないのは新入生くらいってこと」
「そうなの」
「そんな奴にお前が気に入られたことが物凄く気になるが・・・聞かないのが身のためか?」
「その通りだね。あまり聞かないことをお勧めするよ」
バートは分かっている。悪魔混じりは皆事情が複雑なのだ。だから彼らはお互いの事を深く聞かない。
試合の事は誤算だったが、とりあえずこの学園も雑魚ばかりではないことが分かりユリウスは少し安心した。バートはエリアスの事をAクラスの上位と言った。ということは、彼以外にも強い人材は存在するということだ。
(利用できるものは多いに越したことは無いからネ)ユリウスはほくそ笑んだ。
そしてユリウスはその後、訓練をせず木の陰で寝ていた。それはユリウスだけでなくDクラスのほとんどが、であったが。だが、二人だけ寝ていなかった。ベアトリスとオードリーだ。彼女らはただべっちゃくっていただけ。ついでに訓練にすら来ていない者もいた。本当にまとまりのない集団だ。まあ、彼らは集団行動は苦手だろう。今まできっと孤独の中で生きてきたのだ。それは多分今も変わらない。
そして俺自身もこの雰囲気の方が落ち着く。人間みたいに群がるのは嫌いだ。あいつらの上辺だけの仲良しごっこが気持ち悪くてしょうがない。俺の外見は悪魔混じりには見えにくく、よく人間に人間と間違われる。だが、彼らはどんなに向こうから仲良く近づいてこようと、こっちが少しでも悪魔混じりの素振りを見せると人が変ったように攻撃してくる。あの扱いの変わりようには吐き気がする。ほんと、人間はくだらない生き物だ。と思いながらユリウスは眠りに就いた。