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銀の王子と碧の姫1

 

 学園上空の空は青く澄み切り、ご機嫌な風は木々たちを躍らせている。

 

 そんな天気の良い日、教師校舎の廊下を水の精霊ウンディーネの女性たちが、紙の束を抱えて歩いていた。

「聞きました?Dクラスに新しい生徒が加わったらしいですわ」

 今日の空を思わせる髪色をした女性がそう言うと、隣を歩く似た色の髪をした女性がほんわかと笑、相槌を打つ。

「ええ、とてもお美しい殿方だと噂になっていますね」

「一目見てみたいですわ」

「貴方たち、相手は所詮悪魔混じりです。卑しいものに興味など示してはなりませんわ」

 興味津々な彼女等に、一歩手前を歩く女性が硬い口調で窘めた。

「そうですわね。申し訳ありませんわ、イレーネ様」

 ”イレーネ様”と呼ばれる彼女の髪色は、まるで深海を思わせるような深く神秘的な碧。そして、透き通った白い肌に、髪同様深い碧の瞳。三人のウンディーネの中で、彼女だけ別次元の存在であるのは明らかであった。


 優雅な口調で話す彼女たちを突然強風が襲った。長い艶やかな髪を抑えながら、小さく悲鳴を上げるイレーネの手元から紙がすり抜け、窓の向こうへ飛んでいってしまった。

 イレーネは咄嗟にそれを掴もうと、窓から身を乗り出す。紙を掴んだ瞬間、身体を支えていた手が滑り、彼女は外へ放り出されてしまった。

「きゃっ・・・!?」

「イレーネ様っ!!」

 二人のウンディーネは青ざめた顔で腕の中の紙束を放り投げ、イレーネの手を掴もうとした。

 しかし、二本の手は見事に空振り、イレーネは綺麗に整えられた芝生へ吸い込まれるように落ちて行く。


「―――っ・・・・・?」


 恐ろしい衝撃に備えて、固く目を閉じたイレーネだったが、衝撃がいつまでも来ない。それどころか、ふわりと柔らかい感触さえ感じることに疑問を持った彼女に凛とした声が間近から降ってきた。

「大丈夫?」

 優しく訊ねる声に、イレーネはゆっくりと瞼を開いた。すると、ニコリと微笑む銀髪の青年と目が合う。

 唖然としていたイレーネは、銀髪の青年にお姫様抱っこされていることに気付き、目をぱちくりさせる。実はこの時、男性に初めて触れた彼女の内心は大パニックだ。顔にこそ出さなかったが、羞恥心が溢れ出しそうだった彼女は小さな声で青年に話しかけた。

「あ、ありがとうございます。・・・あの、降ろしてくださらないかしら?」

「ああ、失礼」

 言われた通り、銀髪の青年はイレーネをゆっくりと緑の上へ降ろした。

「怪我はない?」

 そう問われ、若干顔に火照りを感じながら、イレーネは軽く手足を動かした。

「ええ、大丈夫です。助けていただき本当にありがとうございました」

 イレーネは深々と頭を下げた。

 銀髪の青年は「無事でなによりでした」と、優しく微笑む。

「ではお嬢様。お気を付けて」

 紳士にそう言って、銀髪の青年は踵を返してイレーネから離れる。

「あのっ!私、イレーネと申します。貴方は・・・」

 咄嗟に訊ねた彼女に、肩ごしに視線だけ向けた青年は微笑んで答える。

「ユリウス・オルセンと言います」

 それだけ言って、ユリウスは去っていった。

「ユリウス様・・・」

 彼の名を呟き立ち止まっている彼女の元に、二人のウンディーネが息を切らして駆け寄った。

「イレーネ様っ!ご無事ですかっ」

 聞き知った声に我に返ったイレーネは二人に視線を向けた。

「ええ、大丈夫です。心配をかけてごめんなさい」

 イレーネの言葉を聞き、彼女等の顔はホッと安心をした。

「いえ、ご無事で本当によかったですわ」

「イレーネ様をお救いになった先程の殿方・・・Dクラスの方でしたわね。見たことのない方でしたけど、もしかして噂の殿方かしら?」

 先程はそんなこと考える余裕が無かったイレーネは、ユリウスの黒い制服をぼんやりと思い出した。

「・・・そのようですわね」

 ぽつりと呟いたイレーネの言葉に、一人のウンディーネが手を胸あたりで合わせ、目を光らせた。

「やっぱりっ!窓から少し拝見しただけですけど、噂通りお美しい方でしたわっ」

「そうですわね・・・」

「・・・?イレーネ様?」

 心ここに在らず。といったイレーネの様子に、二人は首を傾げた。

「い、いえ。何でもありませんわ。それより、早く先生にプリントを提出しなくてはいけません」

「あら、忘れていましたわ」

 イレーネの言葉で、当初の目的を思い出した彼女等は、先程のイレーネが普段と違った様子だったことをすっかり忘れている。そして、彼女等は、今頃床に散らばっているであろうプリントを思い浮かべ、校舎へと戻る。

 二人の後を行くイレーネは一度立ち止まり、ユリウスが去っていったDクラスの校舎の方角を見つめた。

 彼の姿を思い浮かべた彼女の心臓は、トクン、トクン。と鼓動が速くなり、顔に熱を与えた。 

 

 彼女は、この時の胸の高鳴りが、淡い恋のはじまりだとは気付かなかった。




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