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懲罰3


「あれ?ジュリアン戻ってたの」

 そう言って、ベアトリスがこちらに近づいてくる。その後ろにはオードリーの姿もあった。ジュリアンは眩しいものを見るように目を細め、満面の笑みで二人を迎えた。

「やあ、子猫ちゃん達。美しい君たちに会うため僕は地獄の牢から舞い戻ってきたよ」

「あ、そう。そんなことはどうでもいいのよ。それよりレヴァンちゃん見なかった?」

 身震いするほど甘ったるいセリフを口にするジュリアンを、ベアトリスは表情一つ変えずに流す。彼女の冷たい・・・いつも通りの反応にジュリアンはガクリと項垂れた。

「黒猫か?見てねえけど・・・あいつがどうかしたのか?」

 いつものことなので、ジュリアンに関しては放置したバートがベアトリスに訊く。彼女は小さく溜息を吐いてポケットからピンクの紐らしきものを取り出した。

「実はね、さっきこのリボン付けてあげようとしたんだけど、どっか行っちゃったのよ」

 心底どうでもいい内容に、バートは呆れた。

「んなことかよ。くだらねえ・・・」

「くだらなくないわよっ!可愛がることの何がいけないわけ?」

 急に逆ギレするベアトリスをバートは面倒臭そうに見る。

「別に可愛がるのは勝手だが、猫は明らかに嫌がってんじゃねえか」

「バート、あんた何を根拠にレヴァンちゃんが嫌がってるって言うのよっ」

「逃げられたんだろ?ってことはそういうことだろうが」

 逃げられたという事実に、ベアトリスは言葉を詰まらせる。

「た、確かに逃げられはしたけど、それを嫌われたと決め付けるのはおかしいわ。ねえ?オードリーもそう思うわよね?」

 ベアトリスは後ろでおどおどしていたオードリーに話しかける。急に話を振られ、彼女は小さな声でもごもごと答えた。

「う、うん・・・。猫ちゃんも、驚いただけかも・・・」

「そうよそうよ。きっとビックリしただけだわ」

 オードリーのフォローにベアトリスは深く頷く。

「はあー、どうでもいいし」

 本当に興味が無いバートは話を打ち切ろうとするが、ラルスがずっと気になっていたとベアトリスにあることを訊ねる。

「何でリボンの色ピンクなわけ?あの猫メスなのか?」

「さあ、知らない。オスでもメスでも関係ないじゃない。ピンクが一番可愛いことに変わりは無いわ」

「・・・気の毒な猫だ」

 バートは黒猫に同情した。その横では、ルイスがぼそりと呟く。

「何となく、オスだと思う。あの猫・・・」

「どこ行ったんだろうな?」

 質問した当の本人はベアトリスの回答がどうでもよかったのか、キョロキョロと首を巡らせ始めた。


 そんな彼らの会話について行けていないジュリアンが「もしもし?」と割り込む。

「あのさ、僕だけ全く話についてけてないんだけど・・・とりあえず、猫って何なの?いつの間に猫なんて飼ってたのさ」

「学園に迷い込んでた黒猫をユリウスが見つけて保護したんです。それ以来、彼に懐いた黒猫、レヴァンは私たちと共に宿舎で暮らしています」

 しばらく周りのやり取りを傍観していたレイチェルが簡潔に説明する。

「あいつ、オルセンでも探してんじゃねえの?」

「あー、いつも一緒にいたし、もしかしたらそうかも」

 バートとラルスの言葉に、ベアトリスは瞳を輝かせた。

「それじゃあ、先生達の校舎をうろついてるかもしれないってことね!」

 バートは目を見開く。

「お前、まさかあそこへ行く気か?」

「だって、一番可能性の高いところでしょ?」

 ベアトリスは当然といった様子で答える。しかし、ジュリアンが苦笑いを浮かべ、彼女を止めた。

「やめておいた方がいいと思うよ?いろんな意味で」

「私も行くべきでは無いかと」

「僕も、あまり行かない方がいいと思う」

「俺はセンコウ共が嫌いだから絶対行こうなんて思わねえ」

「ベアト、私も・・・やめた方がいいと思う。レヴァンちゃんが戻ってくるの待とう?」

 ジュリアンに続いて、レイチェル、ルイス、ラルス、オードリーと皆否定的な意見であった。

「もー、何よ。みんなして・・・」

 ベアトリスはムッとして口を尖らせた。そこに、バートが溜息混じりに言う。

「どうせ、オルセンが戻ってくりゃナントカの糞みてぇに付いてくるだろ」

「金魚の糞、ね」

 ジュリアンが呆れた口調で訂正する。

 ベアトリスは「分かったわよ」と言い、諦めたと思われたが、すぐにこう叫びだした。

「戻ってきたら、絶ーーー対このリボン着けて可愛くしてあげるんだからっ!!」

 


  ◇◇ ◇◇



 じめじめした薄暗い牢の中、黒猫は突然悪寒を感じ全身の毛を逆立てた。ベッドに仰向けに寝転ぶユリウスは枕元から殺気にも似た気配を感じ、黒猫に視線を向ける。

「レヴァン、お前本当はここに逃げ込んで来たんだろう?」

 ユリウスの言葉に、レヴァンはわざとらしく耳裏をかしかしと掻いた。

「何のことだ。俺はただいつも通りユーリの後に付いてきただけだ」

「嘘はいけないな。そうだ、今度ベアトリスに遊んでもらうといいよ。お前も毎日することが無くて退屈だろうし、丁度いいじゃないか」

 ユリウスの目は明らかにからかいの色を含んでいた。黒猫は恨めしそうに低く唸る。

「ユーリ、常々思うが・・・性悪だな」

「お褒めに預かり光栄だよ。そんな気の利いたことを言う君に、俺は是非ともベアトリスとの友好関係を築いて欲しいと願ってる。協力は惜しまないから、そのつもりで」

 ユリウスは黒猫に満面の笑みを向けた。

「・・・勘弁してくれ」

 観念した黒猫が耳と尻尾をしょんぼり垂らす姿にユリウスは可笑しくなってクスクスと笑った。


「それにしても、学園ここは平和だね。・・・平和過ぎて居心地が悪いくらいだ」

「まあ、ユーリがここに慣れるのはある意味一番大変なことかもな」

「全く警戒せずに夜を過ごせるなんて、何年ぶりだろう」

 ユリウスにとって、気を抜く時など、一時も無いのが普通で、朝昼夜いつ、どこから、誰に襲われるか分からない、常に死と隣り合わせの世界で生きてきたのだ。そんな環境に身を置いてもう十年くらいか。

「本当、ここでの生活は大変だよ。この環境に慣れるわけにはいかないからね」

 ユリウスは笑んで言う。黒猫は「そうだな」と、現実に帰ったように返す。


 そう、学園には今後の駒として活用出来るか判断するため立ち寄ったに過ぎない。ここでの生活は仮初だ。もちろん、情報を収集するためにある程度の友好関係は必要であるから、最低限の付き合いはするつもりだ。しかし、馴れ合う気は毛頭ない。それは同じ悪魔混じりでも同様だ。自分は愛想はいい方だと思っているし、実際、今まで誰とでも付かず離れずの関係を保ってきた。人をうまく使うのには自信がある。

 今回も、今まで通りの方法で接するつもりだが、Dクラス(かれら)は少々厄介だ。全員ではないが、一部は妙に仲間意識が強い。どうしてそこまで繋がりを作りたいのか理解出来ないが、俺にとって仲間は足で纏でしかない。必要なのは友ではなく、良き協力者だ。

 正直、今のクラスは上辺だけの付き合いが通用しない点があって、面倒だ。この学園に来て三週間。任務もまだ一度しか行っていない。学園のすべてを把握するのには当分時間がかかりそうだ。

 深く溜息をついて、ユリウスは気怠げにベッドへ体を沈めた。

「・・・ああ、ホント居心地が悪い」

 再度そう呟いて、彼は静かに眠りについた。




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