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初任務8

 ベアトリスは目の前の光景にひどく狼狽した。

「なッ!?…ちょ、ちょっと!!何かこっちに来るんだけどッ」

 彼女の言うとおり、悪魔たちがこちらへ向かって来ている。レイチェルは眉間にしわを寄せた。

「…狙われましたね。まずいです…こちらに今、戦える者はいません」

 どう見ても絶体絶命な場面だというのに、何故か彼女が言うとイマイチ危機感を感じられない。

「どうするのッ!!」

「とにかく、結界の強度を限界まで上げて凌ぐしかないです」

 レイチェルの提案に、ベアトリスは不安な顔をする。

「限界って、もう限界状態に近いんだけど…」

「――来ます」

 視線を前方へ戻したベアトリスの視界には、紅蓮に燃え盛る大きな火弾が迫っていた。

 火は躊躇なく結界へ体当たりする。結界は火弾に押され、みるみる凹んでいく。

「――ッく…」

 さすがのレイチェルも顔を大きく歪ませる。

「きっつ…」

 ベアトリスの腕はガクガクと震え、額には大粒の汗が滲み出る。彼女の結界魔法がどんどん弱まっていった。

「ベアトリスッ!耐えてくださいッ」

 レイチェルの言葉に、ベアトリスは何とか魔力を絞り出す。

 しかし、火弾の威力は増すばかり。敵の攻撃に耐える二人の後ろには、顔を強張らせて怯える多くの領民がいる。


 二人は全力で耐え続けたが、ついに限界が訪れてしまう。耐えきれなくなった結界はパンッ!とガラスが割れるように飛び散って消えてしまった。


 為す術も無く、誰もが死を悟った。ベアトリスももう駄目だと目をつむる。

 しかし、いつまで経っても彼女の体には何の衝撃も訪れなかった。

「―?…な、なんとも…ない?」

 瞼を開け、自分の体を確認するベアトリスのもとに、息を切らしたバートが駆け寄る。

「危ねえ…何とか間に合った」

「バートッ!!」

 助けに来たバートを見て、驚きと安著の表情をするベアトリスとは違い、レイチェルはどこか腑に落ちない顔をしていた。


――確かに、火弾に水魔法をぶつけ直撃を避けたのはバートだった…でも、それ以前に何かが火弾を弾いたように見えたのは…気のせいだったのでしょうか――?


 疑問を浮かべるレイチェルの足元には、黒猫が何事も無かったかのように耳裏を後ろ足で掻いていた。



 少し息を切らしているベアトリスの傍にレイチェルが駆け寄る。

「貴方はこのまま領民たちを守っていてください。結界の強度は低くても構いません」

 ベアトリスは少し目を見開いた。

「でも――」

 何か言いかけて、彼女は言葉を飲み込んだ。そして、レイチェルの目をしっかりと見つめる。

「…わかったわ」

 ベアトリスの返事にレイチェルは頷き、踵を返してバートのもとへと走った。


 彼女の後姿を見ながら、ベアトリスは眉を下げる。

 ――確かに、今のまま戦闘に加わっても足手纏いになるだけ。それなら二人が戦っている間に私は魔力を回復させつつ領民を守った方が効率がいい。3人の中で結界魔法が得意なのも私なんだし。

 ベアトリスは一度深呼吸をし、再び結界魔法を発動させた。


 

 3人の悪魔の前に立ちはだかるバートの隣にレイチェルがやって来た。二人はお互い視線を合わせずに話す。

「ベアトリスはかなり魔力を消費しました。この意味がわかりますね?」

 バートはニヤリと口角を上げて答える。

「奴らを一匹も通すなってことだろ?」

「そうです」

 そう言って、レイチェルは腰にさげている細身の長剣をすらりと抜く。

「行きますよ」

「おうよ」

 二人は同時に悪魔たちに向かって駆けた。


  ◇◇ ◇◇


 ユリウスはちらりと領民たちが集まる方を見る。

 ――レヴァンは間に合ったみたいだね。バレてもいなさそうだ。


 とりあえず一安心したユリウスの頭上には凍てつく氷の矢が降り注いだ。ユリウスは涼しい顔で頭上に手をかざし、結界魔法を発動させる。矢は見事に全て弾き飛ばされた。


「てめえの相手は俺だろ。よそ見してんじゃねえよ」

 悪魔の言葉に、ユリウスは微笑する。

「これは失礼。あまりにも退屈だったもので、つい…ね」


 魔族の黄金の瞳が鈍く光る。

「…減らず口もここまでだ」


 言葉と同時に、雷魔法でつくられた2体の獅子が魔族の手前に出現した。獅子達は咆哮を街中に轟かせた後、鋭い爪と牙をむき出しにしてユリウスに襲いかかる。

「―獅子か、かっこいいね。でも、悪者には似合わないかな?」

 そう言って、ユリウスは片手を前方へかざす。そこから2体の氷龍が螺旋を描くように絡み合い、猛スピードで獅子に突進していった。

 氷龍は2体の獅子を食い千切りさらにその奥にいる魔族を飲み込む。魔族を飲み込んだまま氷龍は主のもとへと帰還した。

 ガラスのように透き通る龍の腹から見える魔族には、まだ辛うじて意識があった。


 か細い声色で、魔族は言葉を振り絞る。

「…お前は、何故それだけの力を持っておきながら…人間なんかの言いなりになってるんだ…」

 ユリウスは瀕死の魔族を見つめ、口角を上げる。

「別に言いなりになってなんかいないよ?なるつもりもないし。今は…そうだな、下準備とでも言っておこうか」


 魔族は理解できないと言う顔をした。それを見てユリウスは薄く笑って続ける。


「俺はね、人間にも妖精にも、悪魔にも興味が無い。目の前の存在が気に入れば助けるし、気に入らなければ見捨てるか、殺す。ただそれだけ」

 ユリウスはにこりと笑い、魔族へ手をかざした。

「残念だ。君のことは嫌いじゃないけど、これは任務だからね」

 そう言って、ユリウスはパチンと指を鳴らす。その合図とともに、氷龍の体は中の魔族ごとバラバラに砕け散った。


「さてと…」

 領民たちの方に視線を向けると、まだ戦闘の最中だった。下っ端たちはどうやらリーダーが殺られたことに気づいてないらしい。面倒だが、後片付けはしておかないといけないよね。

 ユリウスは片手をかざした。


  ◇◇ ◇◇ 


「くそっ…-」

 ぜいぜいと荒い息を吐きながら、バートは重い腕を振る。まだ敵を一人も倒せていない。今は奴らをベアトリス達の方へ通さないのがやっとという状態だ。

 バートはちらりとレイチェルを見る。彼女もかなり堪えていた。当然だ。さっきまで結界魔法を使い、休む暇も無く戦っているんだ。彼女は無理をし過ぎる。


 体力の限界を迎える二人に悪魔は構うことなく襲いかかる。避けようとしたレイチェルの体がぐらりと傾く。疲労で足が思うように動かず、バランスを崩してしまったのだ。


「レイチェルっ!?」


 助けようにも己の体も言うことを聞かない。バートは叫ぶことしかできなかった。

 そんな彼らと悪魔の間に、突如巨大な結界が出現する。悪魔は鈍い音を立てて透明のそれに弾き飛ばされる。驚いた悪魔たちは振り向く間もなく、光の凝縮された高密度の線に体を真っ二つに焼き切られていた。


 ――辺りは一斉に静まり返り、聞こえたのは悪魔たちの上半身が地面へ落ちる気持ち悪い音だけだった。


「うん、無事だね」

 笑顔でこちらへ歩いてくるユリウスを皆ぽかんと見つめた。


 静寂を破って、始めに口を開いたのはレイチェルだ。

「助かりました。礼を言います」

「どういたしまして。ところで任務はこれで終わり、ということでいいのかな?」

 ユリウスの問いに、レイチェルは微妙な顔をする。

「…どうなのでしょう。見ての通り、依頼人は死にましたし…」

 地面にうつ伏せに倒れている領主をちらりと見てレイチェルは答える。

「依頼内容は悪魔退治でしょ?悪魔は全部排除したんだから任務完了じゃないかな?」

 そう返すユリウスは地面に視線すら向けなかった。

「…それもそうですね」

「よし、じゃさっさと帰ろうぜ…疲れた」

 レイチェルが納得したと分かった瞬間、バートは帰還を催促する。しかし、思わぬ者にそれは阻止されてしまった。


「おいっ!!お前らこんだけ暴れといて用が済んだら帰るのかよっ!」

 彼らを止めたのは領民たちだった。助けたはずの領民たちから発せられた、あんまりな言葉にバートはぶち切れる寸前だ。

「は?何だてめぇ等。命救われといて何様だよ」

「何様はこっちのセリフだ。領主を殺し、街も荒らし…俺たちの生活ぶち壊しやがって…一体どうしてくれるんだよっ!!」

 全てバート達の所為にし出した彼らに、バートだけでなくベアトリスも苛立ちを感じずにはいられなかった。

「そんなこと知らねえよ。だいたい、てめぇ等こそ領主のこと死んでほしいって思ってただろうが」

「……」

 バートの言葉に、図星の領民たちは返す言葉が見つからなかった。

「ほらみろ。結局領主が生きていようが死んでいようがてめぇ等は同じことをほざくんだよ」

「バート、もうやめ…」

 レイチェルがバートを止めようとすると、ユリウスがそれを制した。そして、彼はバートの肩を掴み、後ろに退かせる。惚れ惚れするような笑みを讃えてユリウスは領民たちに向き合った。

「ねえ、そんなに今の状況が嫌なの?」

 彼の問いに、領民はさらに勢いを増した。

「いいわけがないだろっ!納める者もいないこの街でどうやって生活していくんだっ!!」

「そう、なら死ぬ?」

 ユリウスの唐突な言葉に、領民は時間が止まったように静まる。反応の無い彼らに、ユリウスはもう一度分かりやすくはっきりと口にした。

「そんなに嫌なら殺してあげるって言ってるんだよ。そうすればこれから何にも苦労しなくて済むだろう?」

 無茶苦茶だとも言える彼の提案に、領民たちはもちろん反論する。

「ば、馬鹿なこと言ってんじゃねえっ。ふざけるなっ!!」

「ふざけていないし、至って真面目だよ。君たちがいつまでもうるさいから、一番手っ取り早い解決法を言っただけ」

「何が解決法だっ」

 ユリウスは小さくため息を吐く。

「…そんなに死ぬのが嫌だったら、君たちで何とかしなよ。それに、もともとこの厄介事を招いたのは俺たちを裏切った君らの領主だろう?」

 事実を言うユリウスに、領民たちは何も言い返せない。そんな彼らに、ユリウスはさらに続ける。

「…それに、君たちは分かっていない。自分たちの命が俺たちによって生かされていることにね。だって、そうだろう?俺たちがこの街に依頼で来なかったらどうせ殺されていたんだ。それを理解していて、まだ現状に不満を抱くなら…」

 ユリウスは一旦言葉を切り、静かに領民たちを見据える。

「救ったその命、返してもらうことになるよ?」

 彼の瞳は凍えるほど冷めきっていた。本気で言っていることを本能的に理解した領民たちは、ただ頷くしかなかった。それを見て、ユリウスは一度薄笑いしそのまま踵を返して仲間へ視線を向けた。

「さ、行こうか」

 彼の言葉にレイチェルは頷いてすたすたと歩き出す。ベアトリスも疲れ気味にゆっくりと足を進めた。バートはユリウスの隣を歩き、ぼそりと呟く。

「お前、本物のサディストだな」

「何を言うんだい、バート。世の中等価交換だよ」

「……」

 沈黙するバートをユリウスの肩の上から見ていたレヴァンは思った。

 ――ユーリはサディストなんてもんじゃなく、本物の魔王だな。


 こうして、ユリウスの学園へ入って初の任務は幕を閉じた。




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