初任務7
ユリウスとバートは戦闘に入ってしまった。レイチェルとベアトリスは、領民を結界魔法で守っているため、戦うことはできない。領民の数もそれなりであるから、結界の範囲も広くなってしまう。今は全ての魔力を結界に費やしている。このままのペースで魔力を消費すれば、二人の魔力が最後まで続くかも怪しい。
「全く、やってくれましたね…彼」
レイチェルは結界の外に転がっているものを見て、溜息を吐く。
「…どうするの?依頼人殺しちゃったけど、いいわけ?」
隣で同じく結界を発動させているベアトリスは、目の前のものが既に死んだものと考えている。
「まだ死んではいません。そして、全く良くないです。これでは任務になりません。できれば彼には生きたままでいてほしいのですが……」
「あれはもう、私たちじゃ治せないでしょ?ユリウス君、急所は外したみたいだけど、それでもかなりの重症だわ」
「…末恐ろしいですね。あそこまでギリギリの命に仕上げるなど、神業に等しいです」
「……経験の違い、かな?」
「あのような技は必要としませんが…」
それもそうだ。と、ベアトリスは苦笑する。一瞬、結界が波打つように揺らいだ。
「ベアトリス、集中力が薄れてますよ。しっかり結界に集中して下さい」
「あ、ごめん」
レイチェルの注意を受け、ベアトリスは結界だけに意識を集中させる。レイチェルも前に向き直り、戦闘中の二人に視線を向けた。
私達の魔力は、もって後十五分程度。それまでに決着がつかなければ、領民に死者が出る可能性が高くなる。そうならない為には、二人に頑張ってもらうしかない。
レイチェルは瞳を閉じて、さらに結界へ意識を集中させた。
◆◆◆ ◆◆◆
「――おらぁッ!」
バートの鋭い槍が、獣族の腹を突き破る。しかし、ゴリラの姿をしたその獣族は、腹に風穴が空いても立ち上がった。
「何てタフな野郎だよ…普通、腹に穴空いたら死ぬだろ」
苦笑いで言うバートを見て、ユリウスはくすくすと笑う。
「タフさじゃ、バートも変わらないよ」
バートは隣で戦うユリウスをジロリと睨む。
「…オルセン、無駄口叩く暇があるとは余裕じゃねぇか」
「うん、余裕だからね」
そう言って、ユリウスは悪魔の額に短剣を投げて突き刺す。
「はっ!そうか、よッ」
バートも負けじと相槌を打ちながら槍を横に振り、襲いかかる悪魔を豪快に薙ぎ払う。跳ね返された悪魔の一人が、ユリウスの方へこぼれてきた。
「おっと…何だい?バート。あんなに吠えてたくせに、獲物を譲ってくれるの?」
「馬鹿野郎、んなわけねぇだろッ!偶々だッ」
バートはユリウスの方へ飛ばされた悪魔の心臓を突き刺す。
「そう」
ユリウスは素っ気なく答え、悪魔の胸元から槍を引き抜こうとするバートに向かって、ナイフを二・三本投げた。
「!?おわッ――」
予想外の出来事に、驚き声を上げたバートの頬擦れ擦れをそれは通過していった。直後、耳元から絶叫が響く。
バートはビックリして振り向くと、自分に襲いかかろうとしていたであろう魔族が、顔面ナイフだらけで倒れていた。
「背中が隙だらけだよ。そんなんで俺に吠えるとは随分な背伸びだね」
ユリウスは鼻で笑った。
散々な言われように、等々バートの怒りは頂点へ達した。
「――だあああああっ!!一々イラつく奴だな、少し黙ってろ!絶ってぇーお前より多く敵倒してやるッ!!」
「言ったね…」
ユリウスはニヤリと笑う。
「…ムカついたから礼は言わねえぞッ」
バートはフンっと鼻息を荒くし、ユリウスを見ずに言った。
「どうぞご自由に」
ユリウスは何が可笑しいのか、くすくすと笑い続けている。背後の笑い声にイライラし、バートは軽く舌打ちをする。そんな彼らに、悪魔は構うことなく一斉に攻撃を仕掛けてきた。
魔族の放った炎魔法が、二人を取り囲む。
「あっちッ…」
バートは飛んでくる火の粉から袖で顔を庇う。
後ろにいたユリウスは、いつの間にかバートの隣へ並んでいた。彼は片手で、首元を仰ぐようにひらひらと動かしている。
「敵さんも気が利かないね。頭がヒートアップしてる人をさらに熱するなんて――」
「…ほう、それは一体誰のことを言ってるんだろうな?」
からかわれっ放しのバートは、何とかユリウスを打ち負かそうと爽やかに、笑顔で言い返してみた。
「さあ、誰のことかな?」
ユリウスも笑顔で答える。
実はこの時、バートの爽やかとは全く言い切れない、不自然に引きつった笑顔を見て、内心大爆笑だったことは内緒である。ここで爆笑してしまったら、頑張ったバート君が可哀想だからね。
「――うおッ!?」
突然、隣にいるバートが素っ頓狂な声を挙げる。ユリウスはバートに視線を向けようとしたが、その動作よりも先に、背後に迫るものがあった。ユリウスは頭を傾けるだけという最小限の動きでそれを避ける。チリっと毛先が燃えた。
二人を襲うのは、無造作に飛び交う火の玉。どうやら、火柱の外から攻撃しているようだ。
ユリウスはまるで、ダンスを踊っているかのように華麗なステップで飛び交う炎をかわす。対するバートは、豪快に撃ち落としていた。
「――蒸されるか、焼かれるかのどっちかだって…どうする?」
何処までも余裕を見せるユリウスは、こんな状況でも微笑んでいた。そんな彼に呆れ半分イラつき半分のバートが一括入れる。
「ふざけてる場合かッ」
「ふざけてなんかないよ。ただ、どうしたいか訊いただけ」
――屁理屈言いやがってッ…
バートは小さく舌打ちをする。
「どっちも御免だッ!!こんなとこさっさと抜け出す」
「そうだね。暑いの飽きたし、そろそろ涼しくなりたいな」
ユリウスの微妙にズレた発言の直後、彼の足元からはもやもやと冷気が漂い始めた。やがて、それはみるみる範囲を広げ、燃え盛る炎の渦を急激な速度で氷柱へと変えた。
「わッ!?何だこれッ……って、寒っ―――!!」
バートは歯をガチガチと鳴らしながら腕を摩る。
「良かった。これで君の頭もカチカチに冷えたね」
「…カチカチに冷えたら死ぬし」
バートの突っ込みにユリウスは、ははッと声を出して笑った。
「まあ、冗談はこれくらいにして、仕事しようか」
…毎回くだらないこと吹っかけてくんのはテメェだろ。
心の中でユリウスに悪態を吐いて、バートは自らの炎魔法で氷壁を溶かす。
「さっさと行くぞ」
二人は氷壁を抜け、再び戦場へと帰還した。
彼らが氷から抜け出したその先には、当然の如く悪魔たちが待ち伏せていた。彼らは素早い動きで二人を取り囲む。
「ま、当たり前だよね」
「はッ!!上等だ。返り討ちにしてやる」
バートは槍を、ユリウスはナイフをそれぞれ構える。真っ先に攻撃を仕掛けてきたのは大剣を持った魔族だった。彼は大きな刃を人間ではありえない腕力で振りかざす。ユリウスは大剣を豪快に振り回す魔族に向かってナイフを何本か飛ばした。しかし、魔族は大剣を盾にしてナイフを弾く。弾かれたナイフは、魔族の周りに散らばって落ちた。
「ナイフなどで太刀打ち出来るとでも思ったか」
魔族はニヤリと勝ち誇った顔をする。そんな彼に、ユリウスは軽く肩をすくめ、憐れむような眼差しを向けた。
「君はナイフの便利さを知らないね。それと、ナイフを甘く見ると…痛い目見るよ?」
「何を――」
ユリウスの満面の笑みに気を取られていた魔族は気付かなかった。自分が、既にナイフで囲まれていたことに。
「ぎゃああああああああッ―――!?」
魔族は悲鳴を上げ、膝から崩れ落ちる。彼は、何が起こったのかさえ分からず、絶命した。
地面に横たわる彼の体には、無数のナイフが食い込んでいる。ユリウスは先ほど弾かれたナイフを風魔法で操り、360度から魔族を狙い撃ちしたのだ。
「だから言ったでしょ。甘く見ちゃいけないって」
ユリウスはそう言って、再び風魔法を使い、死体からナイフを抜きとる。
「さあ、次は誰かな?」
ユリウスの言葉に悪魔たちは後ずさりし、何やら目配せをし合っている。
数秒後、彼らは突然走りだした。向かう先には結界を張っているレイチェルとベアトリス。そして二人に守られている領民たちがいた。
「――なっ!?あいつ等まさか…」
バートは舌打ちをし、直ぐに悪魔たちの後を追う。そう、この状況、考えられるのは一つだけだろう。力のない者から消す。
弱者から襲うのは作戦的に当然のことだが、ユリウスはそういう姑息なやり方が嫌いだった。弱者から消さなければ、勝ち残れない程度の実力しか持ち合わせていないのなら、始めから諦めればいい。往生際の悪い奴は嫌いなんだよ。
ユリウスも悪魔とバートの後を追って体の向きを変えたその時、まるで彼の行く手を塞ぐかのように一本の剣が足元へ投げつけられた。
ゆっくりと、足元の剣からそれを投げつけてきた人物へと視線を移す。
視線の先には一人の魔族が立っていた。彼からは他の悪魔より少し強い魔力を感じる。きっと彼がこの盗賊団を仕切っているのだろう。その彼が自ら向かってきたのだ。俺のやることは只一つ。
彼を殺す。
彼が死ねば、悪魔どもの士気も下がるだろう。それどころか、逃げ出す奴もいるかもしれない。どちらにしても、こっちには大勢の領民という足手纏いがいる…今は一刻も早く頭を潰す必要があるな。
ユリウスは、今だ肩の上に乗っかっている黒猫へと視線を移した。
「レヴァン。お前はあっちの手伝いに行って」
主人の指示に、黒猫は不満だと言わんばかりの目を向ける。
「アホ。俺が手を出したら怪しまれるだろうが」
「怪しまれない程度に支援して来て」
――なんて無茶な…。俺は何でも屋じゃないんだぞ。
「簡単に言うな。それに、俺にはあいつ等がどうなろうと関係ない」
そう、俺には全く関係ないことだ。誰が死のうと、俺はユーリさえ無事ならばそれでいい。
……のに。
「レヴァン」
ああ。分かりましたよ。行けばいいんだろ、行けば。もう分かったから、あからさまに笑顔を向けるな。ちゃんと理解してるさ。これは命令なんだろ…。
レヴァンは音もたてず地面へと着地した。彼は一度振り返りこう尋ねる。
「大丈夫か?」
レヴァンの言葉にユリウスは肩をすくめる。
「愚問だね」
――いや、別にユーリが殺られるなんてこれっぽっちも思っちゃいない。俺が心配なのは、やり過ぎないかという点だけだ。
「…ほどほどにな」
黒猫はそれだけ言って、バートの後を追った。
黒猫を見送ったユリウスはゆったりと、歩を進めた。そして、満面の笑みで悪魔のリーダーに話しかける。
「リーダー自らお相手してくれるなんて、光栄だよ」
彼を見る魔族の目は、何やら胡散臭いものでも見るような、そんな目をしていた。
「…ほざけ。口だけ野郎が…目が全然そう言ってねんだよ」
「あ、分かってくれてるんだ?」
ユリウスのからかうような態度に、男の殺気が増した。
「…お前は生かしておかねえ。確実に殺す」
「ははっ、その言葉、そのままお返しするよ」
そう言って、ユリウスは風で浮かせたナイフの刃を一斉に標的へと向ける。
「あまり時間がないんだ。早く終わらせよう」
ユリウスの目は笑っているのに、笑っていなかった。